番町喜楽会年間優秀作品三句を発表

堤てる夫、星川水兎、谷川水馬三氏が受賞

番町喜楽会は令和4年の全作品1274句から優秀作品3句を選定、2月4日に開催された第202回例会に先立って授賞式を行い、受賞者3名に賞品を贈った。この日は句会出席者が17名と最近にない盛況で、受賞者に対し参加者全員から、惜しみない拍手が送られた。優秀作品賞は令和元年に創設されたもので、今回で4回目となるが、星川水兎さんは最初の複数回受賞者となった。

《令和4年度番町喜楽会最優秀作品》

秋涼のどっと入り込む朝の窓    堤 てる夫

母の日にまるまる母を洗ひたり   星川 水兎

草の芽やちび怪獣に歯が生えた   谷川 水馬

≪選考経過≫

令和4年12月例会終了後、番町喜楽会の一年間の作品集を作成し、この中から今泉而云・大澤水牛両氏に年間代表作品137句を選んでいただきました。さらにこの中から、規定により前年受賞者の句を除いて、3句(3名)を優秀作品賞句として選定していただきました。また、受賞句に準ずる句として、両氏それぞれ次点句3句を選んでいただきました。以下に受賞句と選評、受賞者の言葉、次点句及び選評を掲載いたします。

(報告;番町喜楽会会長廣田可升)

《優秀作品賞の選評と受章者の言葉》

秋涼のどっと入り込む朝の窓    堤 てる夫

【選評】 一読、この場所は東京ではない、と気づき、学生時代、蓼科にあった大学関係の施設での合宿を思い出した。起床時間が来ると、グループのリーダーが各部屋の窓を、次々に開けていくのだ。風がそれこそ「どっと」窓から吹き込み、布団にもぐり込んでいた者どもを叩き起こす。句を眺め、思い出に浸っているうちに、「作者はあの人かな」と気づく。やがてその通りであることが判明した。(今泉而云)

【選評】 「秋が来たぞ」という思いを、これほど勢い良く、印象深く詠んだ句はありません。作者は私と違って早起きなんでしょう。朝早く目覚めるとすぐに雨戸を開け、窓を開ける。途端に明らかに昨日までとは違う空気を感じたというのです。「どっと」という擬音語(副詞)を存分に働かせています。実に爽やかで気持の良い句です。(大澤水牛)

≪受賞の言葉:堤てる夫≫

まさに驚天動地の出来事であります。どれくらいびっくりしたかと言うと、受賞の言葉を思いつかないくらいびっくりしたということです。有難うございました。

母の日にまるまる母を洗ひたり   星川 水兎

【選評】 母の日に母をまるまる洗うとは・・・、何と素晴らしい俳句作品だろうか。私が購読している日経や東京新聞の俳句欄の選者などが「この句をどう評価するか」と考えた。日に何百句、日によっては千句に余るという投句の最上位に選ばなければ、「選者は失格だ」と私は思った。「母をまるまる」という短い言葉の中に満ちる母への思いとその状況。絶賛せずにいられない。(今泉而云)

【選評】 老いた母親をいとおしむ様子がまざまざと描かれて、思わず涙が出て来てしまいました。悲しいからではない、感動からです。この句は「まるまる母を洗ひたり」と、まるで幼児や、あるいは愛犬を入浴させている感じで、むしろ無造作な詠みっぷりに可笑しみを覚え、やがてしみじみとして来るのです。而云さんも言ってましたが、この句は番喜会令和四年の最高傑作ではないかなと思いました。(大澤水牛)

≪受賞の言葉:星川水兎≫

この句で賞をいただくのは、なによりも長生きしてくれた母に感謝しないといけないなと思っています。有難うございました。

 

草の芽やちび怪獣に歯が生えた   谷川 水馬

【選評】 我が家の“ちび怪獣たち”が中年になったいま、実に懐かしく、「ウチの子もそうだった」と思い返さざるを得ない。乳児の歯はまず、下の歯茎が固くなり始め、間もなく白い歯が伸び出して行く。ウチの怪獣たちも活発な方で、日毎の変化の一つ一つが親や祖父母の楽しみになっていた。草の芽との取り合わせは、誰もが素直に受け取ることが出来るだろう。(今泉而云)

【選評】 明らかに「孫俳句」だが、孫とは一言も言っていない。そこが成功の所以でもありましょう。孫俳句にありがちなベタベタな感じが全く無い、読んでいて気分のいい句です。作者にとっては何ものにも代え難い宝物。それを「ちび怪獣」と呼んでいる。ちょうど歯が生え初める頃は活発になり、手当たりしだいに物を掴んではかじったり投げたり・・、オジイチャンは扱いかねることもしばしば。まさに勢い良い草の芽そのまま。取り合わせた季語がとても良かった。(大澤水牛)

≪受賞の言葉:谷川水馬≫

思ったことをそのまま詠んだら句になったというようなことで、次点の方の句を拝見しますと、ほんとうにこの句でいいのかという気がします。とても面映ゆい気持ちですが、有難くいただきます。

《次点三句》

今泉而云選

全山の音閉じ込めて滝凍る     中村 迷哲

【選評】凍て滝が「全山の音をとじ込める」という表現に「全くその通り」と頷いた。長野県や山梨県で、凍て滝を三つほど眺めた記憶があるが、滝の大小に関わらず、その周辺は森閑を極めていた。句をしばらく眺めて気が付けば、我が身も凍て滝に閉じ込められた心地になっていたのであった。

笹舟の疎水に早し夏来たる     廣田 可升

【選評】琵琶湖疎水を流れて行く笹船の様子を、作者から聞いたことがある。石材で築かれた南禅寺の疎水を行く笹舟を思い描き、夏来たる頃の南禅寺周辺の興趣を思わずに居られない。笹船を流すオジサンの様子や表情なども、あたかも我が目で見たように頭の中に浮かんできた。

夜店の灯紅く寂しく灯りけり    塩田 命水

【選評】夜店の灯が「紅く寂しく」とは。状況をしばらく思い描いた末に、ああそうか、と気づいた。コロナ禍の中、とりあえず夏祭りの夜店が開かれたが、「紅く寂しく」は神社へのお参りの人が少なく、夜店のオジサンの表情は冴えないのだ。

大澤水牛選

田水入る一番乗りはあめんぼう   高井 百子

【選評】あめんぼうという奴は水の匂いを嗅ぎつけるのか、水が溜まると真っ先に現れます。子供の頃それが不思議でたまらず、どこから湧いてくるのだろうかと水たまりを見張って居たものです。その頃はアメンボウには羽根があって飛んで来るとは知らなかったのです。この句も田植えで水が引き入れられた田んぼに「あら、もうアメンボが」とびっくりしている様子を詠み止めています。「代掻きの後澄む水に雲の影 悌二郎」という田植え用意の整った静かな一瞬を捉えた佳句がありますが、掲句は雲の影ではなくアメンボが飛んで来たと動きのある景色で、一層面白くしています。

川底の澄みて立夏の神田川     向井 愉里

【選評】本格派の俳句と言ったらいいでしょうか。すっと詠んでいながら風格があります。五月五日の都電荒川線吟行でまず最初に訪れた関口芭蕉庵の道すがらのぞいた神田川の様子です。私もしげしげ見つめたのですが、こんな名句は生まれませんでした。この句は「別にどうと言うことも無いんだが、いい句だなあと思ってしまう」といった句です。立夏の清々しい感じがします。こういう句を詠もうと心がけなさいという教科書かも知れません。

さあ九月怠惰蹴散らし婆の立つ   山口斗詩子

【選評】年寄りの住まいは知らず知らず汚くなっていきます。私ども老夫婦の家がまさにそれです。ちらかすつもりは無いし、昔ほど活発に家事労働をするわけではないのだから、さほど汚れないはずなのに、ふと気がつくと部屋のあちこちに空き箱やら、衣類・洗濯物の類が重なっていたりします。何の気なしに置いたものがいつの間にか溜まっていくのでしょう。それを作者は一念発起、「さあ九月だ」と立ち上がったのです。残暑の八月を越えて、タイミングとしてはちょうど良い時と言えましょう。なんと言っても、この意気軒昂たるところに打たれました。

 

 

 

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