日経俳句会・番町喜楽会合同「金沢吟行」

 

総勢19人で金沢中心に芭蕉の足跡を訪ねる

ビッグイベント「逆回り奥の細道」がようやく完結

 

日経俳句会と番町喜楽会は11月26、27両日、北陸の加賀路のスポット、金沢を中心に芭蕉の足跡を辿った。「逆回り奥の細道」吟行は平成26年1月、足掛け6年かけて終着の深川・採茶庵跡に着いて一応締め括った。ただ毎回一泊二日の旅を9回重ねるうちに金沢の地をスキップしていたのが心残り。「補習編」として今回の金沢吟行挙行となった。

参加者は大澤水牛、今泉而云両氏はじめ総勢19人。初日の夕刻、激しい時雨に遭遇したほかは晩秋の行楽日和。芭蕉金沢入りを記念する「巡錫地」碑の小坂神社を皮切りに、金沢城北側の卯辰山山麓寺院群を訪ねた。蕉門十哲のひとり立花北枝の墓がある心蓮社、金沢三大仏「丈六の釈迦如来立像」がある蓮昌寺、浅野川越しに金沢市街の景観をうかがう宝泉寺などを巡って、「ひがし茶屋街」をぶらぶら歩き。浅野川大橋傍の「禁煙室」という名の珈琲館(実は灰皿完備)で、大休止した。お昼に北陸新幹線金沢駅に集合し、バスを乗り継いだ他は歩きづめ。コーヒー一杯でつい長居している内に本降りの雨となった。

夕刻の時雨とあって道路は渋滞、バスもタクシーもままならない。バス停で小半時も立ちつくす中、なんとかタクシーを捕まえ宿の「由屋るる犀々」に。犀川大橋の上手、川沿いの道路に面した六階建ての宿は、団体客よりは家族旅行に向いた作り。しかし大広間は至極広い空間が用意されていた。

加賀料理の極め付きはのどぞぐろの姿焼き。一同しばらく声も立てずに箸を動かした。のどぐろを「季語」にと衆議一決、吟行句会には「のどぐろ」の句とやはり晩餐に出された治部煮の句が目立った。呑み放題の「手取川」を詠んだ句もあった。

二日目の金沢は朝9時出発。初日に引き続き金沢観光協会のボランティア・ガイド「まいどさん」の穴田克美さん、福岡澄子さんのお二人が迎えに来て下さった。前日来、馴染みとなった黄色いジャンパーが頼もしい。早朝の小雨がすっかり上がって、宿から犀川沿いの道をくだり、桜橋傍の左手「W坂」を上る。斜行を繰り返して急斜面を上がって行く階段は、下から見上げるとWの字に見える。ハイカラな名付けは金沢文人か。

坂を登った寺町の寺院群には、長久寺の「秋涼し手毎にむけや瓜茄子」、成学寺の「あかあかと日はつれなくも秋の風」など芭蕉の句碑がある。願念寺は小杉一笑の菩提寺。芭蕉の来訪を心待ちにしながら逢えぬまま亡くなった一笑に、芭蕉は「塚も動けわが泣く声は秋の風」の句を手向けた。

犀川大橋に戻って金沢きっての繁華街、香林坊方面に向かう。その手前、片町の大通りに、今はゲームセンターなどが入る巨大なアミューズメント・ビルが建っている。「ここが芭蕉が金沢滞在の10日間のほとんどを過ごした宿屋の跡です」と「まいどさん」が説明して下さる。説明されなければ到底分からない、町の変貌ぶりである。ここで穴田さん、福岡さんのお二人と別れの挨拶を交わした。金沢吟行団もここで解散、三々五々昼食兼ねての自由行動に。市内の金沢城址公園や兼六園見学に回った人たち、小松市で芭蕉碑巡りを続けた人、逆方向の高岡市に向かった人たち、様々な展開をみせた。

金沢で「逆回り奥の細道」吟行の幕引きをした一行の顔ぶれは、大澤水牛、今泉而云両氏のほか、嵐田双歩、大下綾子、大平睦子、岡田臣弘、澤井二堂、塩田命水、高瀬大虫、高井百子、田中白山、谷川水馬、玉田春陽子、徳永正裕、中村哲、野田冷峰、廣田可升、星川水兎各氏と、幹事の堤てる夫。(吟行報告者;堤てる夫)

 

 

This entry was posted in 句会報告. Bookmark the permalink.

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>