8人が参加、名水の里を巡る
4月13日(日)、久留里線吟行の出発点、JR内房線木更津駅に集合したのは次の7人。嵐田双歩、岩田千虎、大澤水牛、須藤光迷、廣田可升、中村迷哲、杉山三薬(幹事)。水牛さん、光迷さんは横浜から高速バス。千虎さんは武蔵野線、京葉線を乗り継いで、とメンバーそれぞれ工夫をしての到着。午前11時11分、1両だけの久留里線ディーゼルの音軽やかに出発。乗客は我らの他には、鉄ちゃんと見られる父子連れなど10人ほど。
生憎の雨降りだが幸い小降り。木更津の住宅街を抜けた車両は、散り残る桜、水の張られた田んぼ、山桜の咲く山などの風景の中を行く。40分ほどで沿線唯一の有人駅、久留里に到着。ここで地元出身の向井愉里さんが迎えてくれた。一同駅を出て、酒ミユージアムをチラリと覗いたあと、町の中心部に向かい古民家カフエに入り、イタリアンランチはボリュームたっぷりのパスタの昼食。
食後、タクシーと愉里さん運転の車に分乗し、久留里城主土屋氏三代を弔う円覚寺で県内最大という五輪塔を見学。続いて花の寺の案内板のある円如寺へ。まだ花を残しているソメイヨシノ、枝垂れ桜、花桃、ミツバツツジと咲き誇り、山里にはもったいないほど。この二つの寺、鎌倉や京都にあったら、けっこうな拝観料を求められそうだが、ここ久留里はタダ。その後、本日のハイライト、久留里城に向かう。山頂近くの久留里城資料館で下車。まず高台に設けられた展望広場へ。小雨に烟ってはいたものの、眼下に広がる上総の田園風景が素晴らしい。資料館の脇に置かれた、上総掘りの実物大模型も見ものだ。今でもアフリカ、アジアの一部で井戸掘りに使われている技術らしい。この資料館、武具や特産品がコンパクトに展示されている優れものだが、入場無料。久留里いいぞ。
天守閣は昭和53年にコンクリート造り三階建で再建されたもの。ただ、令和5年5月に房総一帯を襲った地震で屋根などが破壊された。いまだに立ち入り制限が続いている。
雨も街中に戻る頃には、すっかりあがっていた。愉里さんの案内で、町内の湧水所をいくつか回る。皆さん備え付けのカップで飲んだり、持参のボトルに詰めたり、年寄りの冷や水を実践。久留里の締めは、呑兵衛たちお待ちかねの酒蔵巡り。藤平酒造店、吉崎酒造を回る。酒蔵の白壁、高い煙突、大きな樽などが目を引いた。最近、都会では見かけなくなったツバメも飛び廻り、酒と水の城下町の静かな夕暮れが迫っていた。
日帰り組3人と別れた泊まり組5人は久留里から終点の上総亀山まで乗り、亀山湖畔に建つ亀山温泉ホテルに投宿。亀山湖は千葉県内最大の多目的ダム。農場用水、工業用水確保のため、小櫃川と笹川を堰き止めて昭和55年に完成した。井戸を掘ったら茶色の鉱泉が湧き出し、湖畔には観光客をあてこんで亀山温泉ホテルをはじめ数軒の旅館が建っている。ホテルの売り物は湖の景観とチョコレート色の温泉。風呂から上がって食事処に5人が揃い、千葉県産の食材をふんだんに使った会席料理を頂く。幹事愉里さんお勧めの「地酒八種飲み比べセット」を試す。久留里五蔵の福祝、吉寿、天の原、飛鶴、峯の精に、近隣の東魁季、聖泉、鹿野山を加えた8種。それぞれ100CC入りのグラスで供され、5人で注ぎ分けて飲み比べた。
翌日は快晴。爽やかな若葉風が吹き、日帰りで雨の久留里を後にした3人には申し訳ないほどの上天気に恵まれた。ホテルの社員がネーチャーガイドの資格を持っており、客の求めに応じて周辺観光をアレンジしてくれる。大型ワゴンでまずは三石山(みついしやま)をめざす。三石山は房総半島の背骨にあたる山塊のひとつ。半島の中央部に位置し、清澄山、三石山、鹿野山と連なる山並みは、雲が集まりやすく雨が多いので千葉県の水源地となっている。三石山の山頂部には室町時代の開基と伝わる観音寺がある。岩山の参道を10分ほど歩くと観音寺の境内。入口にシドニー五輪の女子マラソンで金メダルを取った高橋尚子が奉納した石柱があり、ミーハーの一行はそれを囲んで記念撮影。三石山の由来は境内にそびえる三つの巨岩にある。真ん中の岩に本尊の観音様が宿っているとされ、本堂に岩がのしかかっているように見える。梯子が掛けられており、岩の途中まで登ることができる。双歩さんに続き、千虎さん、愉里さんが登り、高所恐怖症の水牛さんまで登頂したのには驚いた。
次の目的地は濃溝(のうみぞ)の滝と亀岩の洞窟だ。急坂を下り亀山湖に注ぐ笹川の谷をめざす。濃溝の滝は、昔水車の溝を掘ったことからこの名があり、階段状の岩から滝が流れ落ちている。前日の雨で水量が増し、滝の水に新緑が映えて美しい。すぐそばに人力で掘られたという亀岩の洞窟がある。笹川の蛇行部の根元をトンネルでつなぎ、蛇行部分を水田に変えるために江戸時代に作られたという。いくら柔らかい水成岩とはいえ、手でこれだけ大きな洞窟を掘った上総人の努力に恐れ入る。半円形の洞窟が水に映ると、ハート形に見えることから、近年はインスタ映えする聖地として有名だ。あいにく増水していたので撮影スポットまで行けず、嵐田カメラマンも手を拱くしかなかったのは残念。昔の水田跡には木道が整備され、格好の散策コースになっている。
木道をたどり駐車場まで戻って甘味処でひと休み。ソフトクリームとプリンが売り物だが、何とこのプリン、愉里さんの実家の養鶏場の卵で作られたものという。当然全員がプリンを注文し賞味した。ラベルには「梅原さんちのきみつプリン」と記され、卵の味がしっかり感じられる濃密な味だった。
思い出に残る二時間のワゴン車観光を終えてホテルに戻り、愉里さんの車で久留里へ。駅前でお昼を食べて帰京の段取りだ。店は地元の有名店「喜楽飯店」。日帰りの可升さんが心を残しつつ行けなかった店だ、古びた路地の奥にある昭和レトロ感あふれる中華食堂である。煤けた壁には所狭しとメニューの短冊が貼られている。チャーハン七百二十円など、どれも安くてうまそうだ。ビールに餃子、焼きそばなど、それぞれ好みのものを注文し、眼福と口福の二日間の旅を締めくくった。
〈参加者の代表句〉
亀鳴くや水美しき城下町 嵐田 双歩
一両のディーゼル車窓田水張る 中村 迷哲
燕飛ぶむかし旅籠のイタリアン 須藤 光迷
花の雨曲輪はるかに古戦場 廣田 可升
春雨に久留里酒蔵めぐりかな 大澤 水牛
酒蔵の高き煙突初燕 杉山 三薬
三石山天衝く岩に壺すみれ 岩田 千虎
故郷に句友招きて山笑ふ 向井 愉里
(報告 杉山三薬・中村迷哲)