日経俳句会恒例のビッグイベント「逆回り奥の細道吟行」も4回目となり、晩秋の陽射しを浴びながら奥の細道最北端出羽路を巡る旅を挙行した。
公式行事は10月23(土)、24(日)一泊二日で秋田県にかほ市象潟から山形県酒田市、鶴岡市(宿泊)、羽黒山を回り、鶴岡市内の芭蕉旧跡を見るコースだったが、前日22日午後象潟入りした「前泊組」、22日夜上野発の寝台特急で23日早暁現地入りの「寝台列車組」、23日朝飛行機で庄内空港に飛び酒田経由で象潟入りした「飛行機組」の3班に分かれるユニークな方式を試みた。各種交通機関のダイヤ調べ、参加者との連絡・調整などで堤てる夫統括幹事の苦労は大変なものだったが、長距離吟行だけに、各人が時間的制約を勘案してコースが選べるこの方式は大成功だった。
「前泊組」(井上庄一郎、大澤水牛、加藤明男の3名。山口詩朗も前泊だったが、別行動で翌朝合流)は22日午後に象潟着、日本海に沈む夕陽風景を堪能、翌早朝にはホテルの露天風呂から日本海に没する満月に眺め入った。
「寝台列車組」(田中頼子、堤てる夫、徳永正裕、野田冷峰、星川佳子)は23日早暁、遊佐駅で普通電車を待つ間に日本海に沈む月を眺めた。小砂川駅で前泊組と合流し、近くの三崎峠を目指し、まだ薄暗い小砂川集落を歩く。突然視界が開けるとそこは岬の突端三崎山公園。朝日に輝く日本海と背後に聳える鳥海山。絶景を心ゆくまで眺め、旧道をくぐり抜ける。これは芭蕉と曾良が歩いた三崎山旧街道で、羽州浜街道最大の難所と言われただけあって鬱蒼と茂る森林の中をごろた石の細道がうねり、歩くには大変だったがなかなかの風情を味わえた。公園入口からバスで象潟駅へ行き、午前10時半、飛行機組(今泉恂之介、澤井二堂、鈴木好夫、鈴木玲子、須藤光迷、高瀬大虫、広上正市、吉野光久)と落ち合った。
これで17名勢揃い。いよいよ正式な吟行を開始。駅前でマイクロバスをチャーターし、「芭蕉が歩いた散歩道」を巡る。稲刈り後の田んぼの中にぽつんぽつんと浮かぶ九十九島を眺め、蚶満寺などを回り、道の駅ねむの丘で西施像越しに日本海を眺め入った。
象潟駅から羽越線ローカル電車で30分ほど、酒田駅に到着。まずは日和山公園に行く。「暑き日を海に入たりもがミ川」「温海山や吹うらかけてゆふ涼み」などの句碑を眺め、旅姿の芭蕉像を仰ぎ、高台から酒田港を見下ろす。公園の入口には大ヒット映画「おくりびと」の葬儀社として使われた古びた洋館が早くも観光名所になっていた。その向かいの海向寺で二体の即身仏を拝観。一体は宝暦5年(1755年)入寂の忠海上人、もう一つは文政5年(1822年)入寂の円明海上人。いずれも生きながら穴の中に籠もって経を唱えながら成仏したという。「生き仏」の顔は飴色にてらてら光り白い歯をのぞかせていた。
この後は三々五々、芭蕉が滞在した不玉(医師伊藤玄順)宅跡、酒田三十六人衆の筆頭鐙屋、「本間様には及びもないがせめてなりたや殿様に」の日本一の大地主本間家本邸、北前船に積み込む庄内米や海産物を格納した山居倉庫などを回った。夕方、酒田駅からまた電車に乗って鶴岡に行き、駅前の東京第一ホテル鶴岡へ。
24日(日)もよく晴れた。ホテル裏から午前7時50分発の羽黒山頂上行きで小一時間田園地帯と樹林を上る。山伏の法螺貝が朗々と響き、ひんやりとした空気の中を出羽三山神社に参拝、2400段の段々坂を下る。途中、芭蕉が宿った南谷別院跡を散策、平将門建立という国宝五重塔や樹齢千年の爺杉、須賀の滝を巡って随神門へ。通常の参拝客はここから延々と石段を登るのだが、我々は逆コースで下りだけ。手抜きもいいところだが、これぞ「逆回り奥の細道」と、皆涼しい顔。
バスで元来た道を戻り、鶴岡公園近くで下車、まずは藤沢周平記念館に行く。鶴岡城内の庄内神社に向かい合い、今年四月に開館したばかり。藤澤周平の足跡、復元した書斎、作品の舞台紹介などがきめ細かく展示されている。日経俳句会にも藤澤フアンが多く、皆々熱心に展示物を見つめた。ここで流れ解散、後は三、四人ずつばらばらになって目指す所に行く。藩校致道館も良かったが、致道博物館がとても見応えがあった。三の丸跡にあった藩主酒井氏の隠居屋敷を中心に明治の洋風建築「旧西田川郡役所」「旧鶴岡警察署」や藁葺きの二階立て民家が移築され、それぞれ中には武家の調度品、明治時代の写真をはじめ家具、農具、漁具などがびっしり展示されていた。古民家の脇や隣接の酒井氏庭園に名残の萩がこぼれるように咲いていたのが印象的だった。
夕闇迫る中を、芭蕉が酒田へ行くために船に乗り込んだ内川乗船場、芭蕉の弟子で庄内藩士の長山重行邸跡などを回り、有志数人、鶴岡駅そばの「庄内酒場三鷹」でだだちゃ豆などつまみながら、出羽路吟行の恙なき完了を祝した。
帰京後、堤幹事が取りまとめ役となり「吟行メール句会」(投句選句とも5句)を行った。人気を集めた句は以下の通り。
満月を呑みて無言の日本海 大澤 水牛
鳥海は視野にあふれて秋の空 今泉恂之介
茶店守る親子三代菊膾 加藤 明男
船絵馬にしのぶ栄華や薄紅葉 須藤 光迷
礎に野菊色添ふ南谷 高瀬 大虫
秋深み即身仏の歯の光り 大澤 水牛
冬近し鎖一頭銹びてをり 田中 頼子
鐙屋の土間も竈も吊るし柿 広上 正市
峠道手を差し伸べる薄かな 星川 佳子
門前の婆ちゃ手向けの秋茄子 吉野 光久