句集中、各句俳号の下にある〔自〕は「俳諧自在」(穂積永機編)から、〔近〕は「近代俳句のあけぼの」(市川一男著)から、〔井〕は井上井月編の句集(三部集)及び「井月全集」から、を表している)。以下の※は「参考」を意味している。文中には入れない。
【新年】 | ||
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元日の人ひとり行く堤かな | 萬吉〔自〕 | |
元日や反故も机も去年の儘 | 松尾〔自〕 | |
※「反故」=手紙、原稿などを書き損じた紙 | ||
元日やすくり立ちたる人ごころ | やな女〔井〕 | |
※すくり=すっくり=すっくと | ||
元日の足音すなり垣の外 | 中川葱玉〔近〕※小森卓郎門 | |
※葱玉は建築、土木関係の人。住居を江戸から函館に移し、五稜郭の土木工事に携わった。 | ||
元日や悠々としてすぐ暮るる | 林 江左〔近〕※幕臣。維新後に代議士。 | |
※三森幹雄の弟子。子規とも交遊があり、新旧両派の融和を図っている。 | ||
元日やしづまりきりて黄昏るる | 千布〔自〕 | |
元日の夜は静かなり日本橋 | 坂上浪兄〔近〕※名は直吉 | |
行(き)違ふ毛槍に明(け)て江戸の春 | 禾交〔自〕 | |
※大江戸名物「元旦登城」の景。大名行列が各藩邸を出て江戸の街中を練り歩き、城内に集まって行く。二百余藩同士の意地の張り合いもあり、江戸町民は夜明け前から見物に出かけたという。 | ||
紐を解く大日本史や明の春 | 井上井月〔近〕※伊那の放浪俳人 | |
※「大日本史」は徳川光圀の命で編纂された歴史書。神武天皇以来の歴史を述べ、幕末の勤皇思想に影響を与えたとされる。この句から井月の思想傾向を覗うことも出来よう。 | ||
月の夜になる嬉しさよ花の春 | 集鳥〔井〕 | |
※花の春=新年の美称 | ||
初空や桜の弥生菊の秋 | 如泉〔自〕 | |
※初空、桜、弥生、菊、秋と一句に季語を五つも並べた。作者は初空を見上げ、巡り来る一年を思い描いているのだ。 | ||
初空やはや旅人のこゆる山 | 文種〔近〕 | |
初空の真中にあり野の清水 | 小林淡叟〔近〕※八千坊四世。鳥越等栽の師 | |
我はわが初そらもてり草の庵 | 淵亀〔自〕 | |
初そらや常にはにくき鴉まで | 霞桜〔自〕 | |
初そらや船にも人の立(ち)て居る | 如樵〔自〕 | |
初空や海と山との西ひがし | 告豊〔自〕 | |
初空となるや屏風のすき間より | 改平〔自〕 | |
はつそらや井のふた取れば立つ烟り | 三九〔自〕 | |
※井戸水は外気より温度が高い。若水を汲もうと井戸のふたをとると、湯気が立ち昇ってくる。 | ||
井を汲みてまつ間ほどなく初日かな | 甫山〔自〕 | |
まだ星も十ばかりある初日かな | 其則〔自〕 | |
封切(っ)た扇にうける初日かな | 菊露〔自〕 | |
※元旦は扇も新品。まず扇の封を切り、かざして初日を拝む。 | ||
髪結うた海女も見ゆるや初日の出 | 沼尻可昇〔近〕※常陸太田の人 | |
竹の雪おとしてむかふ初日かな | 鶴朋〔自〕 | |
芦原に静か尽くして初日の出 | 静夫〔自〕 | |
野にもまだ影をこぼさぬ初日かな | 念々〔近〕※雲水 | |
※「影」は「光」を意味する。 | ||
をだやかなとしのにほひや初日影 | 知泰〔自〕 | |
※「匂い(にほひ)」は「おもむき」「気品」なども意味する。初日影は元旦の朝日、またはその光。 | ||
四五本の竹や机の初日影 | 江口弧月〔近〕※幕臣。太白堂五世 | |
夜のうちに雲片付けて初日影 | 空羅〔自〕 | |
星はまだ去年のままなり四方拝 | 吹毛〔自〕 | |
いつとなく晴れわたりけり四方拝 | 孤山〔自〕 | |
履きそむる草履恵方へ直しけり | 梅左〔自〕 | |
※「恵方」は神の来臨する方角。新年の季語。 | ||
富士見ゆる窓を恵方や庵の朝 | 招月〔井〕 | |
※恵方は年ごとに変わるが、作者は毎年、富士山を恵方としている。 | ||
夜は夜とて人の来にけり松の内 | 五百里〔自〕 | |
御降のひかりをふくむ梢かな | 他山〔自〕 | |
※御降=三が日に降る雨や雪。木々の梢には御降りの雨粒が残っている。 | ||
初鶏や浦は千鳥の闇ながら | 可錬〔自〕 | |
はつ鶏や足踏みかへて夜のしらむ | 志燕〔自〕 | |
※初鶏(元旦一番の鶏の鳴き声)を待つ夜明け。寒さに足踏みしているのは句の作者。 | ||
初鶏やゆふべの酔のさめぬ内 | 眉寿〔自〕 | |
はつ鶏のならんで居るや浅草寺 | 扶山〔自〕 | |
初とりや庵の障子は雪明り | 鶯眠〔自〕 | |
神の燈のほのかに見えて初鴉 | 大塩無外〔自〕※小森卓郎門 | |
※無外は江戸末期、奥の細道を旅した末に北海道へ。函館に居を定め、俳句の宗匠になった。維新最後の戦、五稜郭の決戦の近づく頃、無外は旧幕側の中島三郎助(俳号・木鶏)、土方歳三(俳号・豊玉)らを自宅に招き、句会を開いている。 | ||
二羽行くやどちらか鳴いて初からす | 号歩〔自〕 | |
空よりも海の明るし初からす | 一竹〔自〕 | |
開き見る暦やものの忘れ初め | 小林椿年〔近〕※山梨・谷村の人 | |
※季語は「初暦」なのだろう。「忘れ初め」も季語風だが…… | ||
念入れて見るのもあるや年賀状 | 金 月静〔近〕※秋田藩藩士 | |
芽出度さやまず末広に筆始め | 桃月〔井〕 | |
※末広は「扇」の美称。元旦、白扇に一筆したため、書初めとする。 | ||
弾き初めやワグネルの像掲げたる | 鵜沢四丁〔近〕※本名は芳松、上総安食町の出 | |
※絵画、音楽の修行で欧州へ。ワグネルは作曲家のリヒアルト・ワグナー。 | ||
風筋の間遠くなりぬ羽根の音 | 盤居〔自〕 | |
※風の方向によって、羽根つきの音が聞こえたり、聞こえなくなったり。 | ||
羽子つくや二日の月のみゆるまで | 椿嶺〔井〕 | |
※「二日月」は新月(朔)の翌日に出る細い月。日没間もなくの夕空に上る。 | ||
正月や遊びなれたる半過 | 秋茄〔井〕 | |
去年の雪はらひのけるや門の松 | 淀女〔自〕 | |
遠浅や日の出る前のはつ霞 | 大乃〔自〕 | |
かざす手の下に富士見ゆはつ霞 | 喜交〔自〕 | |
松並や濃きも薄きも初かすみ | 巨扇〔自〕 | |
畑まで不二見に出たり初かすみ | きく稲〔自〕 | |
※不二=富士 | ||
山ひとつこちらに立つや初かすみ | 青暁〔自〕 | |
わか水や硯にいはふひと雫 | 田池〔自〕 | |
※わか水=若水。いはふ=祝う | ||
わか水に神の灯火うつりけり | 一和〔自〕 | |
山里や若水くみの遠歩き | 蚊山〔井〕 | |
若水や袖を粧ふ雪の花 | 一清〔井〕※名古屋在、通称・銭屋喜兵衛 60 | |
若水に汲込んであり去年の星 | 少々〔自〕 | |
※除夜の鐘が鳴る頃に若水を汲む。その時、井戸に星が映っていたのだろう。 | ||
まつた(待った)程遊ぶ日のなし松の内 | 巣雅〔自〕 | |
鬢の霜ふえてめでたし年男 | 南枝〔自〕 | |
※鬢の霜=頭の左右側面に生えてきた白髪。 | ||
屠蘇(とそ)に酔ふた子の送られて戻りけり | 鶯巣〔自〕 | |
雑煮から直るや孫のひだり箸 | 山圍〔井〕 | |
蔵立(つ)る日を定めけり初暦 | 陽谷〔井〕 | |
鹿島立する日ゑらむや初こよみ | 松応〔自〕 | |
※鹿島立=旅立ち。ゑらむ=選ぶ | ||
初風呂の溢るるままに浸りけり | 石倉翠葉〔近〕※常陸飯岡の生まれ | |
書初や筆の走りも虎の年 | 坪井梥雄〔近〕※三森幹雄の弟子 | |
※虎は一日に千里往って千里還るという。勢いの盛んな様子の譬え。 | ||
袴着て武士ぶりや筆はじめ | 一柳〔井〕 | |
※一柳は木曽の人。句は「井月三部集」の一つ「余波の水くき」にあり、井月の書初めの様子を詠んだのかも知れない。 | ||
乙吉も来て何か書け筆はじめ | 少年 松太郎〔井〕 | |
※松太郎少年が年下の乙吉に「こちらへ来て書初めをしなさい」と声を掛けた場面。松太郎に近い諏訪の宗匠・岩波其残が「句になっている」と思い、親交のある井月にこの話を伝えたと考えられる。井月編「越後獅子」及び「家づと集」の「スハ(諏訪)」の項に載る。 | ||
戸も明けぬうちに来て居る初荷哉 | 柏樹〔自〕 | |
※明けぬ=開けぬ | ||
ひと歳を手にのせて見む初暦 | 其国〔自〕 | |
初こよみ見ながら花の噂かな | 東雲〔自〕 | |
萬歳のかついで戻る袂かな | 仁里〔自〕 | |
※新年に訪れる萬歳の衣装は袖が長い。仕事が終れば袂を肩に放り投げ、担いで宿に戻る。 | ||
萬歳も泊まりて見れば唯のひと | 八溝〔自〕 | |
※萬歳の一行を家(宿)に泊めた人の句だろう。 | ||
萬歳と今朝までしらぬ泊り哉 | 星丈〔自〕 | |
※萬歳と相宿の人の作か。 | ||
万歳や只居てさへも別なかほ | 竹城〔井〕 | |
萬歳のもの買ひに出る日暮かな | 林外〔自〕 | |
萬歳や真顔となりていとま乞い | 二鳳〔井〕 | |
※数日、家(宿)に泊まっていた萬歳が真顔で主人らにいとま乞い。 | ||
鞭先を見ては舞出す小猿哉 | 露草〔自〕 | |
※新年にやって来る猿回し(季語)。小猿が猿回しの鞭の先を見て、踊り始める。 | ||
寝積や梅ある窓をまくらもと | 龍湖〔井〕 | |
※寝積は元旦に寝付くこと(季語)。忌詞のため「稲積」とも書く。 | ||
年寄に預ける夜の手まりかな | 半湖〔井〕 | |
※子供らは夜になっても手鞠を止めない。親に注意され、優しい祖父母に毬を預けている。 | ||
振袖を口にくはへて手まり哉 | 得蕪〔自〕 | |
着重ねし袂もかるき手毬かな | 素定〔井〕 | |
褒めたればどこかへ行きぬ鞠上手 | 岡部文礼〔近〕※芙蓉庵三世 | |
背なの子のついに眠らぬ手鞠歌 | 松蝶〔自〕 | |
はつ夢のさめて嬉しき夜明けかな | 吐月〔井〕 | |
左義長の明りとどくや森の鷺 | 清耳尼〔自〕 | |
※左義長=どんど焼き、とんど。その光が森の木々に集まる白鷺を照らしている。 | ||
小殿原引ていにけり嫁が君 | 小鍛冶市猿〔井〕※越後村松の人 | |
※小殿原は若い殿様のことで、正月の「ごまめ」も意味する、嫁が君は「鼠」のこと。両語はともに正月三日の忌言葉。いにけり=去にけり。 | ||
膝少し進んで見るや福寿草 | 吉原酔雨〔近〕※尾張藩士。竹意庵二世 | |
咲競ふ友草もなし福寿草 | 古棠〔井〕 | |
拵へたやうに咲きけりふく寿草 | 可亭〔自〕 | |
買ふたほどこぼしてゆきぬ若菜売 | 車友〔井〕 | |
船からも出て摘歩行若菜摘 | 香雨〔井〕 | |
水かけて雪ふり落すなづな哉 | 草巴〔自〕 | |
見て置(い)て摘む日となりし薺かな | 米関〔自〕 | |
芹なづな雪をふるへば塵もなし | 草舟〔自〕 | |
芹摘に通してもろふ渡し哉 | 二案〔自〕 | |
※もろふ=もらう | ||
七種やつみ揃ふてもひとつまみ | 為宝〔自〕 | |
※七種を全て摘んだが、全体の量はひとつまみほど。 | ||
七くさの余りや鶴の餌に刻む | 鳳山〔自〕 | |
国栖(くず)笛に散りおさまりぬ星明り | 小島又々〔近〕※幕臣。御金蔵奉行を務めたという。 | |
※国栖舞、国栖奏=陰暦一月十四日に行われる奈良・吉野の神事 | ||
藪入りと知れて通るや朝のうち | 佐藤採花女〔近〕 | |
※藪入り=奉公人が正月十六日前後に休暇をもらい、親元に戻ること。句は、家の外を通る足音だけで藪入りと分かる、と詠む。新年の季語。 | ||
※作者・採花女は男性的で気が強かったという。喧嘩早さで知られる俳人・池永大虫と同棲。 | ||
甥が家へ藪入りするや寺男 | 梅笠〔自〕 | |
※寺男の身の上がさまざまに想像されよう。 | ||
【春】 | ||
水田から夜明けを急ぐ二月かな | 南谿〔自〕 | |
如月や土にうつせし鉢の梅 | 緑苔〔自〕 | |
※如月は陰暦の二月。 | ||
如月や山を離れし風の音 | 由婦女〔自〕 | |
如月やどこまで寒き旅の空 | まほき〔自〕 | |
土の香のしきりにのぼる弥生かな | 如白〔近〕 | |
弥生三月蘭亭の記を写すべく | 佐藤飯人〔近〕※尾崎紅葉の弟子。 | |
※「蘭亭の記」は王義之が中国浙江省・蘭亭で記した。「蘭亭の序」「蘭亭帖」とも。書道の手本。 | ||
長生きの揃ふて通る彼岸かな | 而楽〔自〕 | |
冴返る音なり朝の投げつるべ | 有岳〔自〕 | |
※「冴え返る」は早春の暖かい日の後に寒さの戻る状態(初春の季語)。「投げ釣瓶」は桶に綱をつけ、井戸水を汲み上げる一手法。 | ||
鳥に餌をほどこす門の余寒かな | 雫山〔自〕 | |
※「余寒」は寒明け後に残る寒さのこと。早春の季語。なお「夜寒」(よさむ)は秋の季語。 | ||
紙を漉くおとや余寒の壁隣 | 秀月〔自〕 | |
水引の箔のこぼれし余寒かな | 機蝶〔自〕 | |
花筒に凛と椿の余寒かな | 清水松隣〔近〕 | |
春寒し掘りかけてある山の芋 | 帰山〔自〕 | |
※山芋は木の根や石などを避け、地中へ地中へと伸びていく。句は掘り出す作業を中断した状態。 | ||
竹切りし足あと見えて残る雪 | 不染〔近〕※浅草吉祥院住職 | |
鶏の遠歩きする雪解かな | 孝月〔井〕 | |
大鳥のこぼれ羽ひろふ雪解かな | 木鵞〔自〕 | |
海までは百里雪解の信濃川 | 藤巻楽二〔近〕 | |
※信州下高井桜沢の人、田川鳳朗に学ぶ。 | ||
淡雪やふるまにつとふ軒雫 | 雲石〔井〕 | |
※「ふるまにつとふ」は「降る間に伝う」。 | ||
雪汁や澄まんとすれば牛車 | 梅通〔井〕 | |
春の日や暮るるまで啼宮の鳥 | 城恋〔井〕 | |
春の日や先行く人も奈良泊まり | 川村碩布〔近〕※加舎白雄の弟子。春秋庵四世 | |
植木屋の庭見てまはる(回る)ひがん哉 | 清風〔自〕 | |
長閑さのはてなきものか海のうへ | 一秀〔自〕 | |
自転車の稽古もすなる日永かな | 松田竹嶼〔近〕※都新聞記者 | |
日の長う見ゆるや鶴の歩行まで | 千紫〔自〕 | |
春の日の光に暗き座敷かな | 久保守朴〔近〕 | |
腰かけて夢見て春の旅路かな | 泉柳〔自〕 | |
※旅人は歩き疲れて腰を下ろし、しばしまどろんだのだろう。 | ||
松山はみどり尽くして春の暮 | 柳雨〔自〕 | |
※「春の暮」は春の夕暮れ。春の終わりを言う季語は「暮の春」。 | ||
夜に入りて雨となりけり弥生尽やよいじん | 補曲〔井〕 | |
※弥生尽は旧暦三月の晦日。晩春の季語。「三月尽」とも。 | ||
旅人も草も夜明けの四月かな | 田川鳳朗〔近〕※花の本五世 | |
※鳳朗の名乗る「花の本(花の下)」は室町~江戸時代、朝廷から俳諧師へ与えられる最高の称号。一時代に一人とされたが、江戸後期には京都の有力宗匠が一年ごとに輪番で花の本を襲名したという。 | ||
門口に綱や碇や春の月 | 桜井梅室〔近〕※花の本七世 | |
※梅室は江戸後期・幕末期に実力を最も高く評価された宗匠。正岡子規も梅室の句を集めている。 | ||
くわ提てもどる戸口や春の月 | 三和〔井〕 | |
牛洗う流れの上や春の月 | 永井秀奇〔近〕 | |
畑中に素立の家や春の月 | 露白〔井〕 | |
※素立は建築途中、骨組みだけの家、建築物。 | ||
たふたふと畔越す水や春の月 | 青坡〔井〕 | |
※畔は「くろ」とも読む。 | ||
西山や太秦までは花曇 | 辻嵐外〔近〕※高桑闌更の弟子。 | |
※西山は京都西部の山地、嵐山、愛宕山などを含む。太秦は京都・右京区の一部、広隆寺がある。 | ||
誰が塚と知らでなつかし花曇 | 石田雪潮〔近〕※越後蒲原郡の人。 | |
※「塚」=墓。 | ||
春の夜の足音に名を呼ばれけり | 梅窓〔自〕 | |
日の入りた後の眺めや弥生山 | 山子〔井〕 | |
※弥生山=春の山 | ||
のどかさや浪に追るる磯歩足袋脱げばき | 下田圭斎〔近〕※維新後、信州飯田に住む。 | |
長閑さや鶴の踏み破る田の氷 | 扇風〔井〕 | |
長閑さに松葉こぼるる渚かな | 希心〔井〕 | |
かり株の見ゆる田面や春のゆき(雪) | 梅暁〔自〕 | |
から傘の上やいつしかおぼろ月 | 横山見左〔近〕 | |
灯を出せば朧うごくや水の上 | 穂積永機〔近〕※其角堂七世 | |
やまは只丸う見えけりおぼろ月 | 芙容〔井〕 | |
月の朧(おぼろ)花に譲りて明にけり | 梅塘〔井〕※善光寺宝勝院主。井上井月の友人。 | |
雪までも朧になりぬ山の月 | 印東神霞〔近〕 | |
東風吹(く)や海の明るき松の中 | 如響〔井〕 | |
帆は東風に送りながらや暮るる海 | 保久賀〔自〕 | |
春風や竹筒さげた旅戻り | 奥平鶯居〔近〕※伊予松山藩家老、本名・貞臣 | |
※竹筒は酒容れ。 | ||
※鶯居は通称・弾正。伊予松山藩の藩政トップにして著名な俳人。維新の混乱期、藩の佐幕派を説得、抗戦から和平へと導く。結果、伊予藩は壊滅を免れ、子規、虚子、碧梧桐らの俳人を世に送り出した。 | ||
春風や都に古き石鹸売 | 都山〔自〕 | |
※江戸中期に「しゃぼん玉」(春の季語)の遊びが始まり、後期にはしゃぼん玉液を売る行商人や商店「玉屋」が生れた。日本舞踊に「玉屋」がある。 | ||
春風や乳ふくませに海女の浮く | 小島文器〔近〕※加賀藩士 | |
魚臭き磯辺の門や春の風 | 茶外〔自〕 | |
野に通ふ手拭白し春の風 | 鶴石〔自〕 | |
※野にもさまざまな農業関係の作業がある。白い手拭の人は姉さん被りの女性だろう。 | ||
野社の幟をふくや春の風 | 閑水〔自〕 | |
春風にふいと飛びけり蟹の泡 | 村井江三〔近〕※陸前大河原の人 | |
気まかせに牛歩(あゆ)ませつ春の風 | 徳子〔井〕 | |
春風に生れ替りし松の声 | 水形〔自〕 | |
※冬季に轟々と鳴っていた「松の声」は春を迎えて柔らかに変わっていく。 | ||
着おろしの袖に吹くなり春の風 | 八巣謝徳〔近〕 | |
※「着おろ(下)し」は目上の人から着古した衣服を貰うこと。その衣服。 | ||
吹きぬるむ風や磯うつ浪のひま | 桃李〔自〕 | |
暮るるまで野に置く牛や春の月 | 斗一〔自〕 | |
ゆつたりと昼から見えて春の月 | なか女〔自〕 | |
新らしきものは麗はし春の月 | 鳥歌女〔井〕 | |
一日を争ふ色や春の山 | 梅翁〔井〕 | |
鶏の目も眠りかち(がち)なりはるの雨 | 柳蛙〔自〕 | |
彫りかけの臼とり出すや春の雨 | 孤翠〔自〕 | |
※春雨の一日、畑仕事を止め、作りかけの臼を取り出す。 | ||
春の雨何見て橋に立つ人ぞ | 松島十湖〔近〕※遠江の人 | |
立ち消えのする切炭や春の雨 | 永田可樵〔近〕※吉野の人 | |
足袋脱げば爪も切たし春の雨 | 萩原竹良〔近〕※呉服商。甲府、勝沼に住む。 | |
初雷やしばしとぎれる機(はた)の音 | 菊池応井〔近〕※北海道余市の人 | |
種芋のこぼれし門や別れ霜 | 其楽女〔自〕 | |
日々にはや箒の軽し別(れ)霜 | 梅枝〔自〕 | |
馬一つ見ゆる焼野の窪みかな | 伊藤万寿〔近〕※酒田在、本間家と並ぶ素封家主人 | |
※「焼野」は枯草の肥料化や害虫駆除のために焼き払った野原。春の季語。末黒野(すぐろの)ともいう。 | ||
佐保姫やきのふ降りても草履道 | 寿川〔自〕 | |
※「佐保姫」は春を司る女神、春の季語。「草履道」は草履で歩ける乾いた道。 | ||
霞から人の出て来る山根かな | 文桂〔井〕 | |
※「山根」は土地によって「山麓」を表すという。 | ||
明星の光にもある霞かな | 道山壮山〔近〕※福島・須賀川の素封家 | |
野の家に臼挽く歌や夕霞 | 賀水〔自〕 | |
諸国一見の僧はるばると霞けり | 滝川愚仏〔近〕※司法官検事正、京都裁判所長。 | |
※「諸国一見の僧」は能のワキ。「しょこくいちげん」とも読む。句は旅の俳諧師に当てている。 | ||
入舟をかぞへる沖や遠かすみ | 如風〔井〕 | |
鳥立ちて声は霞に残りけり | 喜楽〔井〕 | |
リンデンを柳にしたき霞かな | 宮本鼠禅〔近〕※医学博士 | |
※「リンデン」は「菩提樹」と訳されるが、近縁の「セイヨウシナノキ」。ベルリン留学中の作か。 | ||
茶屋は未だ暖簾もかけぬ霞かな | 里舟〔井〕 | |
鐘の音の何処ともわかぬ霞かな | 春月〔井〕 | |
※「わかぬ」=分かぬ、はっきり分からない。 | ||
塔一つラインランドの霞かな | 水野酔香〔近〕 ※外交官。巌谷小波に学ぶ | |
人声や霞の中の橋供養 | 遊燕〔井〕 | |
※架橋を終えた後の供養。 | ||
人退(き)て陽炎の立つ立場かな | 竹酔〔井〕 | |
※立場=人夫などの休息所 | ||
陽炎や庭に干したる土人形 | 松年〔井〕 | |
陽炎や堤普請の昼やすみ | 紫藤〔自〕 | |
湖越しに一村見えて花ぐもり | 明湖〔井〕 | |
窪みには田畑のありて春の山 | 小林葛古〔近〕※信州佐久郡の庄屋 | |
青々と潮にひたして春の山 | 茂松〔井〕 | |
春の山角立つ処なかりけり | 有隣〔自〕 | |
二度遭ふて近付になる春野哉 | 瓔々〔自〕 | |
※春野を行く旅人二人。一度会って別れ、二度目に「また逢いましたね」と親しくなる。 | ||
海に入る勢い見えて春の水 | 古川柳叟〔近〕※浅草の住人 | |
田に落ちて音なくなりぬ春の水 | 舎用〔近〕※仙台の住人。五梅庵 | |
春の水出るや不毛の山ながら | 松本守拙〔近〕※甲府の人 | |
動くとも見えず行(く)なり春の水 | 柳遊〔井〕 | |
春の水仮名書くやうに流れけり | 近藤金羅〔近〕※夜雪庵金羅四世 | |
※父・夜雪庵金羅三世とともに月並期の宗匠として著名。 | ||
鳥一つ浮いて暮れけり春の水 | 伊藤完伍〔近〕※通称・大黒屋嘉助 | |
谷川のぬるまんとして砕けけり | 贄(にな)川他石〔近〕※駿河清水村村長 | |
※季語は「水温む」(春) | ||
日の落(ち)て木の間に近し春の海 | 鼎佐〔自〕 | |
下萌のぬくみ通すや敷むしろ | 春荘〔井〕 | |
種おろしせしや隣も小酒盛 | 早川巣欣〔近〕※栃木の人 | |
※「種おろし」は稲の種籾を苗代に蒔くこと。八十八夜前後に行われる。晩春の季語。 | ||
苗代の地割もきまる日和かな | 知大〔自〕 | |
※地割=地域の家ごとの区画曠 | ||
苗代や月は夜な夜な山の上 | 歓栽〔自〕 | |
※苗代の様子を毎晩、見に出掛けているのだろう。 | ||
風うける程になりけり苗代田 | 波鷗〔自〕 | |
山焼や昼から見えて夜にかかる | 服部李曠〔近〕 | |
畑打のためにも撞くや山の鐘 | 五渡〔近〕※農業、薬種業 | |
畑打ちの鐘鳴る方を眺めけり | 瓦村〔近〕 | |
海道を麓に見るや畑打ち | 鈴木松什〔近〕※葛飾・柴又の人、瓦製造 | |
※松什の長男竹城、次男汎翠、三男完鷗、孫の凉坪も俳人として知られた。 | ||
二人居て休みの長き田打哉 | 水谷〔自〕 | |
※田打ちの二人。同じタイミングで一息入れ、話が長くなる。 | ||
打つた田の見えてうれしき夕かな | 志倉為流〔近〕※志倉西馬の養子 | |
種蒔くや宵に見ておく水かげん | ゑつ女〔自〕 | |
たのまれて後の誉れの接木かな | 文雄〔井〕 | |
※接木(春の季語)の結果が分かるのはしばらく後のこと。後日、「上手く行った」と感謝される。 | ||
歌を詠む顔つきもせで接木かな | 花寉〔井〕 | |
※「歌」は「短歌」のこと。 | ||
畑の木に羽織をかけて接木かな | 吉原黄山〔近〕※尾張藩士 | |
冷えびえと川の末踏む潮干かな | 板倉塞馬〔近〕※三河の人 | |
※小川の流れ込む砂浜での潮干狩り。 | ||
白波は笠の端にある潮干哉 | 甫琴〔自〕 | |
焚火まで用意して出る汐干かな | 秦 澄江〔近〕※常陸竜ケ崎出身 | |
知らぬ子の帯しめてやる汐干かな | 松川精之〔近〕※江戸赤坂の住人 | |
関守も出て交じりけり磯菜摘 | 啓年〔井〕 | |
※「磯菜摘」は磯や岩礁で食用になる海藻を摘む作業、遊び。春の季語。 | ||
星一つ見えておろすやいかのぼり | 青月〔自〕 | |
※「いかのぼり」は凧のこと。春の季語。 | ||
此の奥に人家もあるか凧 | 月松〔井〕 | |
※山路を行く人が凧を見上げて、人家があるのだ、と思う。「凧」「凧あげ」「いかのぼり」は春の季語。 | ||
大原や暮尽くしても凧の声 | 五雨〔井〕 | |
※。広い原の凧あげ。京都・左京区の大原かも知れない。 | ||
かかり凧思ひ捨てても日の高き | 雨篁女〔井〕※信州諏訪の人 | |
※子か孫の凧揚げか。凧が高い木に掛かり、これでは取れない、と諦めたが、まだ日は高い。 | ||
月の出や松に音するかかり凧 | 南江〔自〕 | |
月よりも風船高し夕まぐれ | 加藤素毛〔近〕※遣米使節に加わる | |
※風船が子供の手を離れ、高々と上がって行ったのだろうか。季語は「風船」(春)。 | ||
夢の世の身を鞦韆の遊びかな | 吟米〔井〕 | |
※「鞦韆」及び次句の「ふらここ」は「ぶらんこ」のこと。春の季語。 | ||
ふらここにとも揺れのする梢哉 | 春風〔自〕 | |
出代や傘もひらかで雨の門 | 梅月〔井〕 | |
※出代=奉公人の交代時期、春の季語。年季明け(奉公の期限切れ)の奉公人が門前を離れ難いのだ。 | ||
絵踏して兵ごころしたりけり | 岩波其残〔井〕※信州諏訪の宗匠 | |
※「絵踏み(踏絵)」はキリスト教信者を見つけるための調査の一つ。春の季語。句はキリストやマリアの画像を踏んで強気ぶる男心を詠む。 | ||
初午や今の地主も子供好き | 鳥越等栽〔近〕※花の下講社を興す | |
さびしさは莨火のみぞ泊り狩 | 美石〔自〕 | |
※「泊り狩」は山に泊まって狩りをすること。春の季語。「泊り山」とも言う。 | ||
ふたとれば箱から笑ふ雛かな | 永徳〔井〕 | |
ゆるゆると戸のあく雛の座敷かな | 窪田連山〔近〕※梅室に学ぶ | |
買足して世を継ぐ雛の祭かな | 文軽〔井〕 | |
ふりかわる世の思はれつ昔雛 | 市原 多代女〔近〕※須賀川の酒造業、女主人。 | |
※「ふりかわる世」は維新を表すのだろう。 | ||
※多代女は旅の雲水(俳人)らを自宅に招き、もてなした。井上井月ら世話になった俳人は多数。 | ||
手をついて蛙も啼くやねはんの日 | 松頂〔自〕 | |
※涅槃会は釈迦の入滅した陰暦二月十五日日。春の季語。 | ||
ねはん会や海士も猟師もひと處 | 笑宇〔自〕 | |
藪寺や山吹がちの花御堂 | 溶々〔自〕 | |
※花御堂は釈迦生誕を祝して花を飾る小堂。山寺の花御堂は山吹が多くなる、と詠む。 | ||
其角忌や女に回す小盃 | 岡野知十〔近〕※旧派の有力者。新派とも交遊 | |
※其角忌は旧暦二月三十日 | ||
夜の空の水色したり梅若忌 | 魯心〔自〕 | |
※梅若は謡曲「隅田川」に登場する少年。人買いに誘拐されて東国へ下り、隅田川河畔で病死する。梅若の忌日は陰暦の三月十五日で春の季語。東京・墨田区の木母寺で法要が行われる。 | ||
雨振るふはづみや鹿の落とし角 | 尚丸〔自〕 | |
※牡鹿が雨を振り落そうと首を振ると、角がぽろりと落ちた。「落とし角」は晩春の季語。 | ||
干し竿の落ちてわかれぬ猫の恋 | 室伏波静〔近〕※江戸室町に住む | |
※「波静」を号とする俳人は他に二人はいるという。 | ||
老と見し猫なかなかに春心 | 天野桑古〔近〕 | |
恋猫や終には潜る枳殻垣 | 潮雨〔井〕 | |
※棘のある枳殻()の垣根は潜りにくい。芭蕉句に「うき人を枳殻垣よりくぐらせむ」がある。 | ||
見廻して啼けぬあはれや猫の妻 | 嵐斉〔自〕 | |
※猫の妻=恋の時期の雌猫。季語「猫の恋」(春)の傍題。 | ||
鶯の鳴く身構や庭のまつ | 竹仙〔井〕 | |
鶯や藪の際行くほそ流れ | 李山〔井〕 | |
鶯の外に囀る小鳥かな | 茶丈〔井〕 | |
鶯や昼しずかなる女風呂 | 笹川臨風〔近〕※文学博士 | |
鶯や思ひがけなき啼きどころ | 花明〔井〕 | |
鶯やまだ早やけれど昼旅(はた)籠(ご) | 石田梅宿〔近〕※長門の人 | |
※旅人(作者)が旅籠を見つけ「まだ昼だが、ここに泊まろう」と決めた。鶯が鳴いている。 | ||
黄鳥の跡はすずめの日暮哉 | 豊臺〔自〕 | |
黄鳥に底見られけり炭俵 | 卯月〔自〕 | |
※鶯が炭俵の縁に止り、中を覗く様子。炭が少なくなっていたな、と作者は思う。 | ||
啼てのち雉子あらはるる畑かな | 坡橋〔井〕 | |
夕雉子藪一はい(いっぱい)に聞えけり | 樵歌〔自〕 | |
※雉の啼き声は「ケーン」と鋭く響く。 | ||
雉子の声線香の灰倒れけり | 得之〔自〕 | |
※雉の鋭い鳴き声で線香の灰が落ちた、と詠む | ||
黄昏の一里は遠し雉子の声 | 古友〔井〕 | |
雉子鳴て常より深き谷間かな | 仙居〔自〕 | |
何おもふ時ぞ雉子の走り鳴き | 素考〔自〕 | |
雉鳴くや麓へ送る米袋 | 井上芦城〔近〕※医師 | |
峠から聞きても高し啼雲雀 | 桂林〔自〕 | |
明残る月に並ぶや揚ひばり | 亀伯〔井〕 | |
※雲雀は早朝、暗いうちから空に昇り始める。 | ||
芝草の歩行ごころやなく(鳴く)雲雀 | 七々子女〔井〕 | |
そこらから来た風情なり初乙鳥 | 孤阿〔自〕 | |
※はるばると海を越えて来たばかりなのに何気ない様子の燕(乙鳥)。「燕、初燕」は春の季語。 | ||
乙鳥の巣棚も釣りて店ひらき | 東阜〔自〕※皮膚科医師 | |
はなす矢のやうに飛行乙鳥かな | 蘭節〔井〕 | |
帰る気の見えてさわぐや小田の雁 | 露月〔井〕 | |
※雁は「がん」とも読む。「雁」は秋の季語だが、「帰る雁」「行く雁」「残る雁」などは春の季語。 | ||
帰る気の見ゆるや雁の並びやう | 桃暁〔自〕 | |
ゆく雁や鳥刺もどる夕堤 | 永岡成雅〔近〕 | |
行く雁やから傘たたむ橋の上 | 遠藤蒼山〔近〕雲水として各地を遍歴。 | |
※蒼山は遠州に居を定めた後、金原明善とともに天竜川の治水に尽力した。 | ||
雁行くや若狭の山の見えぬ日に | 三津川于当〔近〕※近江坂本の旧家の人。 | |
越路にも雪の雲なし帰る雁 | 小野素水〔近〕※俳諧教林盟社、三代目社長 | |
※雁の帰って行く越後方面に雪雲は見えない。まずはよかった、と作者は思う。 | ||
道のべによき幸さきや春の雁(辞世) 大久保支節〔近〕※東京・市谷の住人 | ||
※春の雁を見た(鳴き声を聞いた)。これから私が出発する死出の旅路への吉兆である、の意。 | ||
いつの間に雁は行きしぞ小田の雨 | 一寿〔自〕 | |
雀子のまだ風馴れず屋根の上 | 岡田機外〔近〕※穂積永機の弟子 | |
雀子や丸く居並ぶ臼の跡 | 三巴〔自〕 | |
※臼で穀類を挽いた跡が庭に丸く残り、雀の子(春の季語)がそこに集まってくる。 | ||
月照らば夜も来て遊べ百千鳥 | 菱谷〔井〕 | |
※百千鳥は多くの鳥が集まり、鳴いたり囀ったりする様子。春の季語。 | ||
雲を出て鳥はや雲に入りにけり | 柳暁〔自〕 | |
※渡り鳥が北を目指し、早くも雲の中に入った。春の季語に「鳥雲に入る」「鳥雲に」がある。 | ||
雲に入る鳥見て行くや利根堤 | 相場茂精〔近〕 | |
入り残る月やひばりの声の上 | 小川九岳〔近〕 | |
居どころの知れぬ声なり初蛙 | 季水〔近〕 | |
鳴き立てて水盛り上る蛙かな | 小森卓郎〔近〕※孤山堂を率いた。 | |
※一八六六年、初の俳句新聞「俳諧新聞」創刊を目指したが、発刊直前に急死。 | ||
啼いてみてなくに定めし蛙哉 | 河村公成〔井〕芭蕉堂五世 | |
※公成は勤王派の俳人。住居にしていた芭蕉庵(京都)で、佐幕派に暗殺された。 | ||
蝶々をけふ大空に見初めけり | 枝玉〔自〕 | |
初蝶やものの初めはみな白き | 白石対蜘〔近〕 | |
峯に雪見えるに蝶の舞(ふ)日かな | 寿月〔井〕 | |
傘張の油ひく日や飛胡蝶 | 椿国〔井〕 | |
※好天を選び、唐傘に油を塗る。蝶も飛んでいる。 | ||
蝶とぶや十里の道を二泊まり | 幸山〔自〕 | |
※十里(40km)を徒歩で二泊三日の旅。蝶も飛んでいて、楽しそうな気分が窺える。 | ||
落付きもせでしづかなり蝶の影 | 春丈〔自〕 | |
見るうちに夕栄したり蝶の空 | 志倉西馬〔近〕※三森幹雄の師 | |
※夕栄=夕映え | ||
朝風や蝶ひらひらと浪の上 | 太田木甫〔近〕※信州伊那出身 | |
蝶舞ふや畚に寝た子の夢笑ひ | 服部稲雄〔近〕 | |
※畚は竹や藁を笊状に編んだもの。天秤棒に吊るして物を運ぶが、句の場面は地上に置いている。 | ||
長堤十里蝶の心となりにけり | 戸川残花〔近〕※本名は安宅() | |
※残花は丹後宮津藩藩主の三男、戊辰戦争では彰義隊隊員となる。維新後、牧師、新聞記者を経て日本女子大創立に参画、国文学の教授に。 | ||
たつた今生れし蝶や川越ゆる | 喜多村楽只〔近〕 | |
田一枚もつて嬉しやはつ蛙 | 雪庭〔井〕 | |
蛙子の水の浅きに曳く尾かな | 奈倉鶯邱〔近〕※伊豆・三島町助役 | |
※蛙子=おたまじゃくし(春の季語) | ||
座敷とも寝間とも云はず蚕かな | 松風〔井〕 | |
貝店や細工もなしに桜貝 | 関川世外〔近〕 | |
遠浅は遠いものなり蜆とり | 其諺〔自〕 | |
余念なく拾ふて重き田にしかな | 清暁〔自〕 | |
青柳に頭そろへて小鮎かな | 口遊〔自〕 | |
※「若鮎」「小鮎」は春の季語。この時期の鮎は群れをなし、川岸にも寄って来る。 | ||
雨に見る灯も夜毎なり白魚舟 | 池田山方〔近〕 | |
白魚やつつまやかなる膳の上 | 枝月尼〔近〕※成田蒼虬の妻。頼山陽の義姉 | |
荷ながらに牛の昼寝や木瓜の花 | 珍童〔井〕 | |
※牛が荷を負いながら、昼寝している。 | ||
満汐の梅ほのぼのと匂ひけり | 亀齢女〔自〕 | |
※満汐になると河口の水面が上がって水は逆流、空気が動いて、梅の花の香が漂ってくる。 | ||
梅か香や隣から来る手習子 | 一〔自〕※作者名の読みは「はじめ」か。 | |
梅挿してありけり門の炭俵 | 大川萬古〔近〕 | |
※炭屋から炭一俵の配達。門前に置かれた俵に梅花一枝が挿してあった。 | ||
月さしてまこと見せけり楳(うめ)の花 | 良斎〔井〕 | |
※月光の中の梅の花。作者は昼間見る時とは別の何か(凄み?)を感じたのだろう。 | ||
静さや香も満ち梅の花も満ち | 伊藤而后〔井〕※名古屋の富商(味噌商) | |
※而后は「われに門人なし。来たる人みな友人」をモットーとし、多くの俳句好きを集めた。井月は京都から江戸方面への旅の際、而后から掲句を得ており、句集「越後獅子」に掲載した。 | ||
月かげの届く机やうめの花 | 鶯舌〔井〕 | |
車井のなは(縄)も新しうめの花 | 梅春〔井〕 | |
※縄は車井戸から水を汲み上げるための縄。 | ||
寝た門の梅見て戻る月夜哉 | 林鳥〔井〕 | |
※月夜にあの家の梅を見に、と出掛けたが、家の人はもう寝ているらしい。門の梅を見て戻る。 | ||
梅に月船にも人のゐる様子 | 錦洞〔井〕 | |
人ふまぬ雪の橋あり梅の背戸 | 静処〔井〕 | |
※背戸=裏口 | ||
邪魔にした枝から咲きぬ畑の梅 | 文女〔井〕 | |
※畑仕事に邪魔な梅の枝。切らずに置いたら一番先に花を咲かせた。 | ||
ぬす人と見てもゆるすや梅の花 | 物外〔自〕 | |
※梅の花を無断で折り取った梅盗み人を「風流な盗人だ。許そう」と詠む。本欄「月並の世界現る」の項の奈良桜洲は後年、俳号「物外」を名乗った。しかし他にも同号の俳人がいるため、作者と断定出来ない。 | ||
片屋根はまだ雪もあり梅の花 | 関山大喬〔近〕 | |
※片屋根=片方だけに傾斜のある屋根。 | ||
しら梅や暮れぬに月のかかるえだ(枝) | 梅関〔井〕 | |
むめが香に行き当りけり二十日闇 | 梅伯〔井〕 | |
※むめ=梅。 | ||
軒の梅けぶりも寄せぬ盛りかな | 中島黙池〔近〕※京都の人 | |
ひと来ぬと戸ざして置や夜の楳(うめ) | 三千代女〔自〕 | |
垣越しにもの言かけて梅の花 | 有光女〔自〕 | |
※隣同士が垣根越しに話を始めようとして「おや、もう梅の花が」と気づく。 | ||
手に取れば闇の離れてうめの花 | 加部琴堂〔自〕 | |
望の夜となりけり梅は真っ盛り | 為田只青〔近〕 | |
※「望の夜」は「満月の夜」。 | ||
大空の澄むにまかせて梅の花 | 遠藤雉啄〔近〕 | |
冬買ふた酒も残りて梅の花 | 工尺〔井〕 | |
梅咲くやもの問ふ人の酒臭き | たみ女〔井〕 | |
梅が香や散る程はなき朝の風 | 龍章〔井〕 | |
田の中に近道のつく野梅かな | 花盛〔井〕 | |
近寄れば木かげになりぬ山の梅 | 馬丈〔井〕 | |
白梅の水色見せて明けにけり | 広木〔井〕 | |
※明け方の白梅に水色を見た。毎朝早く起きる人の微妙な感覚だと思う。 | ||
白梅や汲まずともよき井戸一つ | 池永大虫〔近〕※気の強さ、喧嘩早さで知られる俳人。 | |
※大虫は三森幹夫との殴り合いが元で死んだという。この喧嘩の最中、大虫と同棲中の採花女が幹夫に組み付き、その被服を破った、と伝えられている。 | ||
紅梅やかくれ家さがす京の西 | 永田不及〔近〕※飛騨高山の初代町長、後に代議士 | |
あとずさりする宮鳩や落椿 | 松翁〔井〕 | |
桃咲いて壁の穴から馬の顔 | 二葉亭四迷〔近〕※小説家、作品に「浮雲」など | |
傘さして手折りに行くや桃の花 | 秀谷〔自〕 | |
戸口から直に坂なり桃の花 | 里石〔井〕 | |
桃咲くや牛に横乗る里童 | 晒蛙〔井〕 | |
行く先に酒があるなり桃の花 | 毛呂何丸〔近〕 | |
桃咲くや川洗濯の背戸つづき | 広瀬遅流〔近〕 | |
留守たのむ隣も遠し桃の花 | 亀水〔自〕 | |
提灯も暖簾も出来て初桜 | 器水〔井〕 | |
桜咲くや田舎娘の薄化粧 | 東水〔井〕 | |
※いつも野良で働いている娘が薄化粧して桜見物に出て来た。 | ||
枝ごとに風を含みて初桜 | 鳥吟〔自〕 | |
花こころさましに入るや松の中 | 月杵〔自〕 | |
※花こころ=花見心。 | ||
あの鐘は最(も)う入相か花の山 | 遊清〔自〕「入相」は「夕暮、日の入る頃」 | |
灯ともせばつつまる花の匂ひ哉 | 曲阜〔自〕 | |
酒酌んでまた見歩かむ夕桜 | 岡本半翠〔近〕 | |
梺にもあれどわけ入るさくらかな | 淡処〔井〕 | |
算へ行鐘より明けて花ざかり | 伯遠〔自〕 | |
※花見の日の早朝か。早く目覚め、鐘の数を数えるうちに夜が明けてきたことを知る。 | ||
花に来て清水尋ぬる麓かな | 一声〔井〕 | |
静かなるゆふべや花は根に戻る | 鷺眠〔自〕 | |
※静かな夕べ。桜の花が静かに根方に散ってゆく。 | ||
帰る人は帰つた後ぞ夕桜 | 松平呉仙〔近〕※幕臣、武芸に長じていた。 | |
花を見に出たれば花にみられ鳧 | よしの女〔井〕 | |
杯をふせてもはてぬ花見かな | 野笛〔井〕 | |
※もう花見は終わり、とそれぞれが盃を伏せても、会話がはずみ、いつ果てるとも知れない。 | ||
酔い覚めや月に驚く花の中 | 幽雅〔自〕 | |
戸も鎖で誰も居らぬか花の留守 | 露丸〔自〕 | |
雫する迄は間のあり花のあめ | 江月〔自〕 | |
暮よせて花にとどまる明りかな | 布青〔井〕 | |
登り来る人の小さし花の雲 | 高柳汎翠〔近〕※鈴木松什の次男 | |
※「花の雲」は桜が咲きそろい、雲のように連なっている状態。 | ||
待ちうけの朝風呂焚くや花の宿 | 春里〔井〕 | |
坂本の茶屋も賑ふ桜かな | 正雀〔井〕 | |
※花見の日。麓の茶屋も賑わっている。 | ||
三日月やまだ暮れ切らぬ花の上 | 玉扇〔井〕 | |
見返るや見て来た花の見ゆる迄 | と代女〔自〕 | |
米買ふて帰るやそばの花明り | 亀石〔井〕 | |
※「そばの花」は「蕎麦の花」。 | ||
海棠や莨火はこぶ別座敷 | ||
拍手に寄り来る鯉や藤の花 | 秋元洒汀〔近〕※絵画収集で有名。 | |
遅れたる連れ待つ坂や藤の花 | 花友〔自〕 | |
子もともにかがみて行や藤の花 | 竹只〔自〕 | |
※藤棚の下の親子。藤の花が垂れており、親は屈んで行く。子供は背が低いのに親に倣い、屈んで歩く。 | ||
落ちさうな岩をかかへて藤の花 | 香雪〔井〕 | |
逆さまに辛夷咲くなりなだれ山 | 森山鳳羽〔近〕※富山県知事、貴族院議員 | |
※雪崩か山崩れに遭った辛夷。逆さまになりながら、春になると白い花を咲かせている。 | ||
降るとなき雨を芽に見る柳かな | 文考〔井〕 | |
※雨が降っているとは見えないが、柳の芽を見ると、水を含んでいる。 | ||
青柳や逆毛吹かせて眠る鷺 | 林曹〔近〕 | |
青柳や子供の拝む神の前 | 月舟〔井〕 | |
とびとびに橋ある町の柳かな | 堀川鼠来〔近〕※浜松藩士 | |
大木となるや柳も双葉より | 栗人〔井〕 | |
鳥立ちて水を放るる柳かな | 大嶺〔自〕 | |
※水に浸っていた柳の枝の先が水面から離れた。鳥の群れが一斉に飛び立ったのだ。 | ||
山吹や井戸に付たる竹柄杓 | 空外〔自〕 | |
山吹や夜に入ればまた月の色 | 渡辺梅園〔近〕 | |
やまぶきやいつまで眠る車牛 | 旭嶺〔井〕 | |
青麦や風の光りの一流れ | 佐久間甘海〔近〕※雲水生活が長かった。 | |
※甘海は雲水生活の後、浅草・浅草寺内に住む。庵に投句用の箱を置き、一句八文で添削したという。 | ||
昼日なか子の生まれけり桃の花 | 鶴田卓池〔近〕※岡崎の俳句を興隆させた。 | |
夕風の空にもたるる柳かな | 三星〔自〕 | |
※「もたるる」は「凭るる」。 | ||
背比べに柳結ひて別れけり | 薫暁〔自〕 | |
※少年と少女か。二人が枝垂れ柳の枝を結んで背比べをし、別れていく。 | ||
ゆれて間のあつてはゆるる柳かな | 文巡〔自〕 | |
町並をぬけて家あり大柳 | 守唇〔自〕 | |
膳持ちて柳くぐるや別座敷 | 河原悠々〔近〕※肥前大村藩士 | |
※酒席の場所替えか。 | ||
道連れも莨好きなり松の花 | 扇寿〔自〕 | |
宮守の箒もつ日や松の花 | 露心〔自〕 | |
暮かけて岩間あかるきつつじ哉 | 桃仙〔井〕 | |
菊苗や左右へ配る色違ひ | 森連甫〔近〕※伊予松山在、宗匠・大原其戎の補佐役 | |
※連甫の自然描写の句は、同門・正岡子規の写生論に影響を与えたとされている。 | ||
天地のはじめなるべき若みどり | 夏江〔自〕 | |
摘むも惜し摘まぬも惜しき菫哉 | 直女〔自〕 | |
一雫とどめてゆかし白すみれ | 素訣〔自〕 | |
木とともに植かへらるる菫哉 | 栄雪〔自〕 | |
※大きな木を植え替える。その根方の菫とともに…… | ||
初すみれ矢立に植えて戻らばや | 斎藤雀志〔近〕※雪中庵九世 | |
※矢立は墨壺と筆を入れる筆記具。句はそこに菫を入れて持って帰ろうか、と詠む。 | ||
青麦や雨に暮れたる旅の人 | 知交〔自〕 | |
凍ついた儘をひさくや鶯菜 | 石苔〔自〕 | |
※「ひさく」(販ぐ=売る)。鶯菜=小松菜、特に伸び切らない小さなものを言う。 | ||
うつくしき物のはじめや鶯菜 | 若泉〔自〕 | |
藪こしに日のさす畑や鶯菜 | 簑笠〔自〕 | |
菜の花や利根の中州も一盛り | 竹枝〔自〕 | |
菜の花の果や暮行く海の音 | 桐花女〔自〕 | |
菜の花や大山空に暮れ残る | 上田聴秋〔近〕※聴秋は京都の人。花の本十一世 | |
※大山は伯耆大山。 | ||
露深き土の赤みや芋の種 | 三渓〔自〕 | |
田芹摘み一人は庵に戻りけり | 鈴木永年〔近〕 | |
茎立つや広きあら野の草の中 | 花楽〔自〕 | |
※茎立=油菜などの薹、または薹の立つこと。茎立は「くくだち」とも読む。春の季語。 | ||
茎たちや雪に押されしくせの儘 | 桂下〔自〕 | |
どれがまた蔓になるやら春の草 | 北野五律〔井〕※伊那出身。各地行脚、京都で宗匠に | |
おもふ事捨てけり麦の青むほど | 冬扇〔自〕 | |
虎杖や見上げて通る切通し | 柏若〔自〕 | |
折つて持つ程にもならず初蕨 | 芳洲〔井〕 | |
引き抜いて氷をはたく根芹かな | 香沙〔近〕 | |
井の蓋に置き忘れけり蕗の薹 | 魚藻〔近〕 | |
海苔の香や伊勢を見てきた物語 | いはほ〔自〕 | |
※伊勢土産の海苔の香をきっかけに、伊勢詣での話が始まる。 | ||
名物のいつはりはなし海苔の艶 | 御水〔自〕 | |
行(く)春の人にまぎるるこてふ哉 | 関爲山〔自〕※幕府の左官職。俳諧教林盟社社長 | |
※こてふ=胡蝶 | ||
行(く)春や摩耶が高根は雲の中 | 桂月〔自〕 | |
※摩耶は神戸・六甲山地の一峰、摩耶山。 | ||
甲斐が嶺の遠くに見えて行く春や | 久保天隋〔近〕※台北大学教授 | |
※「甲斐が嶺」は甲斐の白根山、あるいは富士山を指すという。 | ||
【夏】 | ||
六月や朝市早き煮うり(売り)茶屋 | 素城〔井〕 | |
※煮うり茶屋=魚、野菜などの食材を調理し、ご飯とともに売る店。 | ||
チクタクと時計短き夜を急ぐ | 谷 活東〔近〕※信濃毎日記者 | |
※チクタクは英語で「ticktock」または「ticktack」。当時、外国から流入した擬音語。 | ||
短夜や夢かと思ふ山の鐘 | 赤詮〔井〕 | |
短夜や聞きはづしたる明の鐘 | 静扇〔井〕 | |
竹の子の皮ぬぐ音や明け易し | 橘田春湖〔近〕※維新後の俳壇の長老 | |
※「明け易し」は夏至の頃の短い夜のこと。「短夜」と同義。 | ||
麦の穂のさらさらと夜の明易し | 植田石芝〔近〕※三河岡崎在、呉服商 | |
明け易し夜市のあとのこぼれ銭 | 岸田素屋〔近〕 | |
ただ歩く人らし夏の宵月夜 | 中島山麗〔近〕※小学校教員 | |
麦秋や木遣聞こゆる法隆寺 | 巨谷禾木〔近〕※橘田春湖の師 | |
※法隆寺は建物の建築中か修理中らしい。木材を運ぶ人々の木遣唄が聞えて来る。「麦秋」は初夏の季語。 | ||
子を叱る青女房や麦の秋 | 箕田凌頂〔近〕※孤山堂二世 | |
※青女房=物慣れない女官のこと。句の場合は農村の若い奥さんか。「麦の秋」=「麦秋」 | ||
山門の中にもすこし麦の秋 | 志摩万像〔近〕※徳島藩の重臣という。 | |
※寺院の中の小さな麦秋。 | ||
入梅やたまさか晴るる夕月夜 | きやう女〔井〕 | |
※たまさか=思いがけなく。 | ||
一と処に居れぬ子守の暑さかな | 楽永〔井〕 | |
袖乞のたもとに残る暑さかな | 千川〔井〕 | |
※袖乞=乞食、物乞い。作者はたもとに小銭を入れてやったのだろう。 | ||
炎天や浅間のけむり目につかず | 幸島桂花〔近〕※遠州日坂出身、江戸に住む。 | |
※明治期の有力誌「太陽」の選んだ「明治十二俳仙」に子規、紅葉らとともに選ばれている。 | ||
手を膝に心まとめて暮涼し | 城 光同〔近〕※上州沼田の人。幹夫の弟子。 | |
※「涼し」は夏の季語。「朝涼し」「夕涼み」「暮涼し」「涼風」などはその傍題。 | ||
涼しさや藁で束ねし洗ひ髪 | 鶴女〔井〕 | |
※作者は井月の弟子の農村女性と思われる。 | ||
先ず我になりて涼しき役者かな | 尾上梅幸〔自〕※尾上菊五郎(五代目)。 | |
※「梅幸」は当初、五代目菊五郎の俳号であった。後に歌舞伎役者名となる。 | ||
木に見えし涼風来るに間ありけり | 安田雷石〔近〕※田安家の医官 | |
※遠くの木が揺れ、やや間を置いて涼しい風が吹いてくる。 | ||
神垣をもれて涼しや笛の音 | 貴林〔井〕 | |
帆柱に小鳥眠るや雲の峰 | ろ十〔井〕 | |
※「雲の峰」は峰のように聳える雲=入道雲。(夏の季語) | ||
船に寝て三里歩くや雲の峰 | 佐藤乙良〔近〕 | |
刈草の匂ふ小道や雲の峰 | 種好〔自〕 | |
帆柱に釘うつ音や雲の峰 | 児島大梅〔近〕※菓子商、漢詩文をよくした。 | |
草はまだ昼の匂ひや夏の月 | 二水〔井〕 | |
庭へ出て風呂焚く家や夏の月 | 塩童〔井〕 | |
疲れ馬ひきこむ門や夏の月 | 花雪〔井〕 | |
旅籠屋を出れば海なり夏の月 | 岡 松塘〔近〕 | |
料理する船も出にけり夏の月 | 自友〔井〕 | |
楽々と寝て見る縁や夏の月 | 一玉〔自〕 | |
※「縁」は「縁側」。 | ||
月涼し田毎にあまる水の音 | 森田友昇〔近〕 | |
※この夏はどの田も水が余るほど。人々の心の余裕が感じられよう。 | ||
青嵐見下ろしてゆく峠かな | 片山桃雨〔近〕※日本銀行員 | |
※「青嵐」は青葉の頃に吹き渡る風(夏の季語)。「せいらん」とも読む。 | ||
八重山も一重になりて夏がすみ | 矯雨〔井〕 | |
ひと降りは土用に残せ五月雨 | 似水〔井〕 | |
※雨続きの日々。少しはひでりの続く土用の頃まで残しておいてくれ、という農業人の思い。 | ||
さみだれや辛きもの食ふ男共 | とよ女〔自〕 | |
※「さみだれ」は「五月雨」と書く。陰暦五月の頃に降る長雨。夏の季語。 | ||
色々に豆腐も烹(に)たり五月雨 | 長翆〔自〕 | |
ふりつづく中のひと日や虎が雨 | いと女〔井〕 | |
※「虎が雨」は陰暦五月二十八日、曽我十郎死去の日の雨(夏の季語)。十郎の愛人・虎御前の涙雨という。 | ||
箸置いて夕立見るや一しきり | 鈴木月彦〔近〕※明治政府の教導職 | |
夕立や落合川の片にごり | 寝覚〔井〕 | |
※二つの川が落合って一つの川に。その後の流れは片側が濁っている。 | ||
夕立や高嶺には日のさしながら | 市川春翠〔近〕※高崎藩士、市川一男氏の祖父 40 | |
白雨や片山からの日のにほひ | 喜春〔井〕 | |
※「片山」は一方だけに傾斜のある山、孤立した山、傍らの山などの意味があるという。 | ||
里に待つ夕立海に降りにけり | 守村抱義〔自〕※蔵前の札差 | |
明日植える苗投げ込むや宵の月 | 菱田百可〔近〕 | |
※夕刻、あす田植する田に稲の苗を投げ込んでいる。 | ||
山に日の落ちてはづみし田植かな | 月郷〔井〕 | |
※山に日が落ちると「もう日が暮れる」と田植を急ぐ。暑さも和らいでいる。 | ||
早乙女の都見たしと唄ひけり | 松浦羽洲〔近〕※名は有秀。名古屋の人。 | |
※早乙女は田植をする女性。 | ||
早乙女の朝からふむや不尽の影 | 雪朗〔井〕 | |
※田植の女性(早乙女)たちは、早朝から田に映る富士山の影を踏んでいる。 | ||
機嫌よく皆がほめ合う青田かな | 中井社楽〔近〕 | |
暮るる日に腰もそらさぬ田植かな | 遊山〔井〕 | |
※田植は腰が痛くなるが、日暮れは腰もそらさず、苗を植え続ける。 | ||
休む間は余所の田植を見歩行ぬ | 一徳〔井〕 | |
暮れて行く人も田植の戻りかな | 新花〔井〕 | |
播磨路や松の中なる田植唄 | 富永杜発〔近〕 | |
しら鷺の下りて眼に立つ青田かな | 臨山〔井〕 | |
青田からよい風の来る座敷かな | 古賀舜岱〔近〕※雲水 | |
青田吹く風や雀の朝きげん | 艸菜〔自〕 | |
朝夕にかかず見廻る青田かな | 有月〔井〕 | |
※かかず=欠かず=欠かさず。 | ||
巡礼の物縫ふてゐる清水かな | 川村烏黒〔近〕※幕臣、維新後に大審院判事 | |
一生の舌打ちひびく清水かな(辞世) | 南部畔李〔近〕※陸奥八戸藩主。本名・信房 | |
※畔李は一八三五年(天保六)没。名君と呼ばれたという。末期の水を飲んでの辞世。 | ||
誰となく掃除して置(く)清水哉 | 金枝〔井〕 | |
嚔のしづむこだまや夏の山 | 梅宝〔井〕 | |
※嚔は「くしゃみ」。 | ||
白い花見て戻りけり夏の山 | 三森幹雄〔近〕※俳諧明倫講社創立者 | |
縞柄のはつと目立つや単もの | 山敬〔井〕 | |
先生の帷子古き講座かな | 星野麦人〔近〕 | |
※この場合の帷子は「裏地をつけない夏用の着物」。 | ||
形代の果てや流れて見えずなる | 武田雲老〔近〕※信州佐久の人 | |
※「形代」は御祓()の後に川に流す紙の人形。夏の季語。 | ||
賑わしうかすむ夜宮の灯かな | 渡辺萎文〔近〕 | |
飾られて祭の牛のあゆみかな | 扇雪〔自〕 | |
※俳句における「祭」は夏祭りを指す。秋の祭りは「秋祭り」とする。 | ||
早鮓の手際や船を待つ間 | 広田精知〔近〕※江戸から伊那の飯田に移住。 | |
※精知は飯田で版下業を営む傍ら「類題図画明治発句集」「開化人名録」などを著作、出版した。 | ||
料理人を呼んで誉めるや洗鯉 | 井雲〔井〕 | |
※鯉の洗いを賞味した客、料理人をわざわざ座敷に呼び、褒めている。 | ||
松かぜに吹せて置(く)や鮓の圧 | 森彦〔井〕 | |
いらぬ時見つけておくや鮓の石 | 雲里〔近〕※甲州・浄照寺住職 | |
遣り水に瓜を放して昼寝かな | 梅嶺〔自〕 | |
ひそやかに垣越し呼ぶや冷し瓜 | 赤松木公〔近〕 | |
※隣家の人に「瓜が冷えていますよ。食べに来ませんか」と小声で誘っている。 | ||
わが心われに納めて昼寝かな | 吉田尤儀〔近〕※三森幹雄の弟子。 | |
大阪も高き地ありて夏座敷 | 田島卓志〔近〕※大阪生まれ、京都、神戸にも住む。 | |
静かさに人覗くなり竹夫人 | 夏雲〔自〕 | |
※「竹夫人」は涼をとるために抱いて寝る竹かご。夏の季語 | ||
遠山の風とどきけり吊りしのぶ | 水野龍孫〔近〕 | |
蚊屋を出て見れば故郷でなかりけり | 遠藤曰人〔近〕※仙台藩士、長刀の達人。 | |
新しい蚊帳を馳走の泊まり哉 | 雪袋〔井〕 | |
蚊帳吊(り)て遠くなりけり物の音 | 豊島由誓〔近〕蔵前の札差・井筒屋の番頭。 | |
※由誓は岡野湖中による「一葉集」(初の芭蕉全句集)の刊行に協力し、完成に導いた。 | ||
蚊柱も立つや入江のかかり船 | 大橋其戎〔近〕※伊予の宗匠、正岡子規の師。 | |
※かかり船=停泊中の船。 | ||
さまざまの匂ひや蜑の夕蚊遣 | 翠羽〔自〕 | |
※蜑は海人、海士(読みはいずれも「あま」)で、漁師のこと。 | ||
蚊やり火の暗きが中になびきけり | 柳川春葉〔近〕 | |
煩悩のそれからそれや更衣 | 松本顧言〔近〕※医師。東杵庵三世 | |
酒ばかり達者になりぬ更衣 | 杉浦宇貫〔近〕※雪中庵十世 | |
許せしか嫁ぐも世相夏帽子 | 得田俊齢〔近〕※大阪上本町実相寺住職 | |
※作者は一九二〇年(大正九年)没。洋風の夏帽子を被って嫁ぐ若い女性を見ての作か。 | ||
普請場へ置いたと思ふ扇かな | 鈴木松雄〔近〕 | |
鯉洗ふ座敷に鳴らす扇かな | 春鴻〔自〕 | |
※扇をぱちり、ぱちりと鳴らしているのは料理「鯉の洗い」を待つ座敷の客。 | ||
最う寝たか団扇持つ手の動きやむ | 梅宿〔井〕※石田梅宿(長門の住人)とは別人。 | |
繭買ひの忘れてゆきし団扇かな | 渡邉香墨〔近〕※司法官、弁護士 | |
買はぬ先遣ふてみたる団扇かな | 美鳥女〔自〕 | |
※買はぬ先=買う前に | ||
初袷まず立ち出でて吹かれけり | 村井鳳洲〔近〕 | |
※袷は裏地つきの夏の着物。冬の綿入れに対応する。「初袷」「袷」は夏の季語。 | ||
涼風の笹までは来てこざりけり | 青壺〔自〕 | |
※庭の笹が靡いているが、涼風は座敷までやってこない。 | ||
涼しさを持ちあふ風の便りかな | はつ女〔自〕 | |
※持ちあふ=ちょうど持ち合わせている。 | ||
晒井の奈落にとどく釣瓶かな | 滝沢馬琴〔近〕※「南総里見八犬伝」の作者 | |
※晒井=井戸の底に沈んだ葉や土砂などを取り除くこと。夏の季語。井戸替え、井戸浚(さら)ひとも言う。 | ||
二階から日傘へ紙の礫かな | 竹茂〔井〕 | |
※日傘をさした若い女性が行く。二階からその日傘を目がけて、紙の礫を投げる。 | ||
打水の誘い出したり草の風 | 直山大夢〔近〕※加賀藩算用役 | |
打水や跡追ふて来る日の匂ひ | 靖義〔井〕 | |
打水をくぐりて通る燕かな | 木村洞玉〔近〕 | |
打水も花や夕日の橋の上 | 伊藤有終〔近〕 | |
新しき橋見ながらや夕納涼 | 寸松〔井〕 | |
戻(っ)たを知らせて置いて門すずみ | 静風〔自〕 | |
※「門涼み」は夏の夕方、門前で涼むこと。「納涼」の傍題。句は家人に帰宅を知らせて置いての門涼み。 | ||
すずしさを遠くききけり松の風 | 蘭喬〔井〕 | |
月更けて市の小川に人泳ぐ | 徳田秋声〔近〕※尾崎紅葉門。自然主義作家。 | |
※季語は「泳ぎ」 | ||
ひらくたび雲も色もつ花火かな | 貴宝〔井〕 | |
帰らふと思ひばあげる花火かな | 庭鳥〔井〕 | |
※「帰らふ」=「帰ろう」。「思ひば」=思えば。 | ||
見えてから音の聞こゆる花火かな | 初彦〔井〕 | |
音のみを聞て留守する花火哉 | 柏丸〔井〕 | |
花火見や畑のあちらも人の声 | 一叟〔井〕 | |
雨乞に付いて歩行や寺の犬 | 麗々〔自〕 | |
※旱が終るように(雨が降るように)と祈る人々の列に犬が付いて歩く。 | ||
夏痩せやわが事と聞く人の上 | 猪爪菊外〔近〕 | |
※「人の上」=人の身の上、人の状況。 | ||
小流れに橋のかかりて施米かな | 優々〔近〕 | |
※施米=貧しい僧に米を施す京都の六月の慣わし。平安時代から鎌倉時代まで朝廷の行事だった。 | ||
追いたれば来た道もどる鹿の子かな | 野月〔自〕 | |
山はまだ花の香もあり勧農鳥 | 思耕〔井〕 | |
※思耕は井上井月の弟子。この句は誤って井月の句集に入り、芥川龍之介に「井月の秀句」と評価された。 | ||
峠では未だ初音とやほととぎす | 永井士前〔井〕※士前は永井荷風の曽祖父、 | |
※井上井月は京都から江戸への旅の途中、士前ら尾張の著名俳人を訪ね、句を頂いている。 | ||
ほととぎす一針すてて立(ち)にけり | 芳樹〔自〕 | |
ほととぎす待つ夜は過ぎて朝の月 | 潮水〔井〕※島津潮水はとは別人。 | |
待つとなく庭も掃きけりほととぎす | 太乙〔井〕 | |
時鳥啼くや寝酒のさめごこち | 湖光〔井〕 | |
酔て寝た時分鳴くらしほととぎす | 草国〔井〕 | |
※時鳥の鳴くのを、酒を飲みながら待っていたのだが……。 | ||
鳴きやめば忘るる鳥よ行々子 | 花守岱年〔近〕※讃岐丸亀藩士 | |
※葭切の別名「行々子」は、その鳴き声による。 | ||
よし切や飛ぶ時ばかり休むなり | 木縄〔自〕 | |
※うるさく鳴き続けるよしきりも、飛ぶ時は鳴き止んでいる。 | ||
温泉のみちは未だ花もあり閑古鳥 | 其祥〔井〕 | |
※閑古鳥=カッコウ。 | ||
鶯の鳴いた後なり閑古鳥 | 青野太筇(きょう)〔近〕 | |
角兵衛が太鼓は過ぎてなく水鶏 | 岡村菊叟〔井〕※高遠藩家老 | |
※井上井月が菊叟から頂いてきた句。句集「越後獅子」の序文中にある。 | ||
巣にあまる燕の口や昨日今日 | 菅谷桜居〔近〕 | |
※子燕が親鳥から餌を頂こうと、競って大きな口を開けている。かなり成長した頃の状態。 | ||
大風に吹かれているや羽抜鳥 | 児玉逸淵〔近〕 | |
※羽の抜け替わる時期の鶏の哀れな姿。しかも大風に吹かれている。「羽抜鳥」は夏の季語。 | ||
蝙蝠や誰ものぞかぬ閻魔堂 | 野口有柳(近) | |
蝙蝠や二日月夜の柳町 | 泉 鏡花〔近〕※小説家 | |
※鏡花は尾崎紅葉に師事、俳句も習う。小説の代表作に「高野聖」「婦系図」など。 | ||
蝙蝠や船に飯焚く河岸通り | 服部耕雨〔近〕※大主耕雨とは別人 | |
二度おへば二度立ちにけり稲すずめ | 静雨〔井〕 | |
※「おへば」=「追えば」 | ||
暮れなんとして葭切の入江かな | 清水東枝〔近〕※雪中庵11世 | |
※「暮れなんとして」=暮れようとして。「葭切の入江」=「よしきりの集まり、鳴く入江」 | ||
雨やみて水鶏聞く夜のくらさ哉 | うら女〔自〕 | |
少しづつ走りては鳴く水鶏かな | 滝沢公雄〔近〕 | |
夕餉焚く火にはや勇む荒鵜かな | 佐野蓬宇〔近〕 | |
※鵜飼の鵜、鵜匠らの夕餉の火を鵜舟の篝火と見て、勇み立っている。 | ||
市場まで夜船送りや初松魚 | 匡捷〔井〕 | |
まな板も動くやうなり初松魚 | 中阜〔井〕 | |
翌日植る田水をてらす蛍哉 | 太筇〔井〕 | |
※作者・太筇は井月の弟子と考えられる。一方、上記「閑古鳥」の句の青野太筇は下総香取の人。両者は別人と見做した。なお「筇」は杖を意味するという。 | ||
我ものになると小さきほたる哉 | 叢鵞〔自〕 | |
※飛んでいる蛍は光が大きく見える。しかし捕まえてみると小さな虫だ。 | ||
籠慣れぬうちは小さき蛍かな | 有甫〔近〕 | |
夜昼となく静かなる蛍かな | 間宮宇山〔近〕※大磯・鴫立庵十三世 | |
一と雫ちるや蛍のくさばなれ | 黄葩〔井〕 | |
ひとつ行く蛍に草の嵐かな | 梅年〔自〕 | |
鍋洗う前を三つ四つ蛍かな | 伊藤嵐牛〔近〕 | |
濁り江に照り返す日や水すまし | 勝俣連水〔近〕 | |
夜は月に乗るもやすらん水馬 | 春香〔自〕 | |
※「水馬」はアメンボ(ウ)ともミズスマシとも読む。「夜は月に乗る……」から、アメンボと思われる。 | ||
吹かれ来て尾花の中や蝉の声 | 大鵬〔近〕 | |
※尾花=すすき | ||
蝉なくや洩日の届く向ふ山 | 雪塘〔井〕 | |
虎杖に蝉鳴きくらす河原かな | 中村太年〔近〕※幕臣 | |
薄月や蝉のおちたるたかむしろ | 梨翁〔自〕 | |
※たかむしろ(竹席、簟)=竹で編んだ莚。夏の季語。 | ||
一声や何おどろいて夜の蝉 | 池原梅旭〔近〕※篆刻業 | |
空蝉のしがみついたり草帚 | 森貞無黄〔近〕※糸魚川藩士 | |
※空蝉はセミの抜け殻。 | ||
蚊や食らふ足かきながら高鼾 | 卯七〔自〕 | |
蚊ばしらの崩れ込だる窓の中 | 一京〔自〕 | |
走るほど燃立つ舟の蚊やり哉 | 龍堂〔自〕 | |
蚊遣火の中や舟まつ人の声 | 桂雨〔自〕 | |
落ちたまま一日居るや蝸牛 | 風外〔自〕 | |
ひとつ淋し二つは悲し火とり虫 | 霞外〔自〕 | |
※火取り虫=蛾など、火に集まる虫。 | ||
卯の花を見当に渡す夜舟かな | 竹水〔井〕 | |
※夜の渡し舟。向こう岸の舟着場は、真っ白に咲く卯の花を見当にして。 | ||
遠く見るほど卯の花の白さかな | 正木茂翠〔近〕 | |
卯の花やまだ暮れ切らぬ薄月夜 | 富山〔井〕 | |
卯の花の際から高し夜の山 | 尾崎五菖〔近〕 | |
咲きみちて雨にさびしや茨の花 | 黒田梅理〔近〕 | |
山伏や笈ゆり上げる夏木立 | 鈍可〔自〕 | |
※笈=修験者などが仏具、衣服、食器などを入れ、背中に負う箱。 | ||
存分に月の影もつはせを哉 | 羅山〔井〕 | |
※はせを=芭蕉。句の場合は芭蕉の葉。 | ||
土俵入り鎌倉牡丹ゆるぎけり | 近藤金羅〔近〕※夜雪庵三世 | |
※鎌倉八幡宮での土俵入りか。重量感のある句とも、俗受け調とも評せるだろう。金羅は息子の夜雪庵四世金羅とともに月並期の宗匠として著名。 | ||
厠まで掃除のとどく牡丹かな | 扇年〔井〕 | |
※牡丹が咲いた。見に来る人のために、トイレも掃除しておく。 | ||
牡丹さく門口六日七日かな | 車両〔自〕 | |
※牡丹が咲き、見物人が増えて門口が賑やかになる。それも六日か七日間のことだが。 | ||
重さうに露を持ちたる牡丹かな | 蘭堂〔井〕 | |
雨もなく今日まで過ぎし牡丹かな | 渡辺詩竹〔近〕 | |
紫陽花や水に咲かねど水くさし | 柳居〔自〕 | |
昼顔や浜千軒の墓どころ | 高橋一具〔近〕 | |
※「一具庵一具」の名で知られた。作句力は月並期俳人の代表格。 | ||
蜘蛛の巣を抜けて落けり柿の花 | 五味寥左〔近〕 | |
みな落ちてしまふでもなし柿の花 | 田辺機一〔近〕※其角堂八世 | |
蕗の葉に青梅落ちて破れけり | 長尾真海〔近〕 | |
雨の朝流れてくるや桐の花 | 蝸石〔井〕 | |
本堂の畳つめたき若葉かな | 宝 夏静〔近〕※酒田妙法寺住職。 | |
山門の仁王に迫る若葉かな | 佐々醒雪〔近〕※東大教授、文学博士 | |
末の子にゆずる屋敷や若楓 | 五雀〔自〕 | |
撒くほどは涌く井の水や若楓 | 鈴木完鷗〔近〕※鈴木松什の三男 | |
根に雪を掃きつけた木も若葉かな | 鈴木涼坪〔近〕※松什の孫 | |
二階から真正面なり桐の花 | 三森松江〔近〕※三森幹雄の女婿 | |
若竹や上れば下る蟻の道 | 蠣崎潭竜〔近〕※俳句結社・明倫講社創設に協力 | |
若竹や垣に結はれてまだ伸びる | 乍昔〔井〕 | |
百姓の都で見たり初茄子 | 山月〔井〕 | |
下駄提げて茨またぐや舟上り | 野陘〔自〕 | |
※渡し舟から降りるときの様子。 | ||
白芥子の花びらを透く葉色かな | みつ〔自〕 | |
廻らねば行けぬ高みや百合の花 | 岡田氷壺〔近〕 | |
馬に寝る人のあぶなし百合の花 | 大主耕雨〔近〕※伊勢神宮神職。服部耕雨とは別人 | |
咲いたのは動いて居るや蓮の花 | 山洲〔井〕 | |
※「井月句集」に紛れ込んだ弟子・山洲の作。芥川龍之介が「井月の秀句」と評した。 | ||
花と蕊二度に崩るる蓮かな | 柳壺〔自〕 | |
※蓮はまず花びらが落ち、続いて蕊が崩れるという。 | ||
反り橋の裏照る水やかきつばた | 阪本可尊〔近〕※宝雪庵六世 | |
短夜や蔓に咲く花みな白し | 富岡乙也〔近〕 | |
照り知らぬ土のしめりやゆきのした | 大久保漣々〔近〕 | |
※雪の下は日陰に生える常緑多年草。初夏に小さな白い花を咲かせる。 | ||
琴の音にのぞけば百合の盛り哉 | 雲鳥〔井〕 | |
川舟で見て通りけり瓜の花 | 北川犂春〔近〕 | |
夕顔や鼻息あらきつなぎ馬 | 森川垂雲〔近〕 | |
夕がほやものなつかしき古すだれ | 夕光女〔自〕 | |
夕顔や眉描きにゆく宿の妻 | 萩原乙彦〔近〕※幕臣から戯作者、俳人。 | |
※乙彦は作家、俳人として著名。「春色連理の梅」「東京開化繁盛記」「西洋民権家列伝」などを執筆。明治初年発刊の「俳諧新聞誌」は初の俳句新聞。晩年に静岡新聞社(現・静岡新聞社とは別会社)の社長。 | ||
売家の軒端淋しきあやめ哉 | 一花〔自〕 | |
朝の蓮うごく花から匂ひけり | 松本静雅〔近〕 | |
生い茂る草の中より青芒 | 野間流美〔近〕※八千房八世 | |
澤瀉や露もとまらぬ葉の尖り | 金波〔自〕 | |
※オモダカは池などに自生する多年草。葉が細く、先が尖っている。 | ||
藺の花にひたひた水の濁りかな | 此筋〔自〕 | |
※藺(藺草)は水辺に生える多年草。細長く伸び、畳表になる。 | ||
藻の花や二人並べば狭い橋 | 謹我〔自〕 | |
吹き寄せてある浮草も咲きにけり | 須藤呉羊〔近〕 | |
※岸辺に吹き寄せられている浮草も開花の時期。 | ||
月かげのうつりし蓮の浮葉かな | 如伯〔近〕 | |
※蓮の葉は光沢があり、月影(月の光)が反射する。 | ||
箔ちるや蓴菜の花の水の上 | 曾北〔自〕 | |
※蓴はジュンサイ。夏の季語。池に咲く紫色の小さな花を「箔をちらしたようだ」と詠んだ、 | ||
秋近うなるやこころのいそぐ旅 | 月花〔井〕 | |
【秋】 | ||
秋立つや朱鷺鳴き過ぎる朝の空 | 庄司唫風〔近〕※羽後阿仁前田の豪家 | |
※「秋立つ」は「秋になる」こと。 | ||
秋立(つ)や草の中行水の音 | 義兼〔井〕 | |
秋立つや青味のさめぬ笹箒 | 小川尋香〔近〕※幕臣、一具庵二世 | |
日あしにも秋立(つ)木の間木の間かな | 原逸〔井〕 | |
落ちつくす笹の古葉や今朝の秋 | 矢部枝直〔近〕※和歌山藩士 | |
※「今朝の秋」は立秋の日の朝。 | ||
咲き残る蓮の白さよ今朝の秋 | 馬場凌冬〔近〕※伊那の宗匠、井月の友人。 | |
古着屋の手を打音やけさの秋 | 有城〔井〕 | |
※古着屋と客による値段交渉成立の場面だろうか。 | ||
蜘も囲のかけ所変えて今朝の秋 | 斎藤芳逕〔近〕※三森幹雄の弟子 | |
秋の色今朝白粥にうつりけり | 岸田稲処〔近〕※桜井梅室、中村黙池の弟子。 | |
吸い殻の道にけむるや今朝の秋 | 成田蒼虬〔近〕※前田侯家臣。花の本六世。 | |
※蒼虬の妻は頼山陽の妹。山陽は長らく俳句を軽んじていたが、蒼虬の作品を見て考えを改めたという。 | ||
岩鼻に海士の手籠や今朝の秋 | 北村九起〔近〕※芭蕉堂五世 | |
田から来る流れも澄(み)て今朝の秋 | 邀月〔井〕 | |
田は広く持ちたきものよ今朝の秋 | 桂女〔自〕 | |
居直れば畳冷たし今朝の秋 | 罵追〔井〕 | |
※居直れば=座り直せば | 鳰鳥のふいと浮いたり今朝の秋 | 安田漫々〔近〕※医師 |
初秋や田中に鷺の立つ姿 | 東旭斎〔近〕 | |
文月や夫婦して引く門の草 | 有節〔近〕 | |
文月や川見下ろしのよい座敷 | 森養瓜〔近〕 | |
八月や雨も聞こえず草の屋根 | 岡野湖中〔近〕※水戸藩士、湖中三世 | |
※湖中は豊島由誓の協力を得て、俳句史上初の芭蕉全句集「俳諧一葉集」を編集、刊行した。 | ||
秋の夜もただ空寂と明けて行く(辞世) | 馬場錦江〔近〕※幕臣 | |
飛騨の秋鉄道論に夜を徹す | 長尾桃雨〔近〕※飛騨高山の人。片山桃雨は別人。 | |
※飛騨における初の鉄道は明治の中期に完成した馬車軌道(神岡軌道)とされる。 | ||
曇りても晴れても残る暑さかな | 不二〔井〕 | |
朝夕の空うつくしき残暑かな | 井川尚左〔近〕 | |
月見せてやれば子の寝る残暑かな | 高松蟻兄〔近〕※大阪の豪商 | |
稲妻や心に何もなき夕べ | 遠山弘湖〔近〕※各地を放浪し、生涯を送った。 | |
枝すこし鳴らして二百十日かな | 尾崎紅葉〔近〕※作家。文学結社「硯友社」を興す。 | |
※紅葉の立ち上げた俳句結社「紫吟社」は当初「新派」呼ばれた。その呼び名は後に子規らの「ホトトギス」グループのものになる。 | ||
船唄の聞こゆる二百十日かな | 半月〔近〕 | |
山鳩の歩いて鳴くや秋の風 | 竹原卜草〔近〕 | |
口とじてわが声聞けば秋の風 | 松本蔦斎〔近〕※東杵庵五世 | |
※句の添え書きに「蓄音機」。蔦斎には「骸骨のはたらき見たり闇の奥」(エッキス光線)など、近代文明を詠んだ句がいくつかある。 | ||
食うて寝る船逗留や秋の雨 | 安東巍北〔近〕※医師 | |
名月もひとり筵やくさ(草)の庵 | 雪丈〔井〕 | |
島山のともし灯細し月の暈 | 永安壺公〔近〕※京都・芭蕉堂六世 | |
雲はみな露になりけり今日の月 | 関川一鼎〔近〕※北海道江差の人。文人、蓼窓庵。 | |
※江差に残る一鼎の別荘庭園部は「えぞだて公園」(江差町)になっている。 | ||
筆持てば筆にも添うて月のかげ | 西山穿井〔近〕※東京日本橋在、正風松風会を興す。 | |
※筆を持つと、筆に一筋、月の光が……。 | ||
月代やしばし世間のものしづか | 竹雄〔井〕 | |
※「月代」は月が上る前に空が明るくなること。「月白」とも書く。季語「月」(秋)の傍題。 | ||
月の雨寝よといふころ晴れにけり | 亀一〔井〕 | |
何にさう雲はいそぐぞ月の空 | 酉山〔井〕 | |
稲の実のめでたく入りて秋の月 | 菅沼奇淵〔近〕※西国七部集」など編書多し | |
雨ながら夜空明るし月の秋 | 素楽〔井〕 | |
四つ辻に塩のこぼれて三日の月 | 如竹〔井〕 | |
静かさや海の中より登る月 | 碧堂〔井〕 | |
葉末まで月かげとどくはせを(芭蕉)かな | 寿〔井〕 | |
※「月かげ」は月の光。 | ||
名月や戻るところも仮の宿 | 黒川惟草〔近〕 | |
山淋し水さびし里は盆の月 | 五味蟹守〔近〕 | |
親に似た人見送るや秋の暮 | 泉郎〔井〕 | |
※「秋の暮」は「秋の夕暮れ」のこと。なお「暮の秋」は「秋の末」を表す。 | ||
我家の曲り見て居つ秋のくれ | 其公〔井〕 | |
秋のくれひとり暮らすは常ながら | 雨竹〔井〕 | |
その夜寒僧も仏を焚きにけん | 安藤和風〔近〕※秋田魁新聞社社長 | |
※和風の俳句関係、秋田郷土史関係の著書は実に多数。ジャーナリスト(秋田魁新聞社長)として「自由」を標榜、日本の自由主義振興にも功績を残した。句は廃仏毀釈運動を詠んだのだろうか。 | ||
子鼠の槍の柄伝ふ夜寒かな | 増永煙霞郎〔近〕 | |
川止めの沙汰聞く宿の夜寒かな | 油原糸麿〔近〕 | |
そぞろ寒猪口の小さき鼻の先 | 角田竹冷〔近〕※代議士、株式取引所理事 | |
夜の明けて水にもどりぬ秋の声 | 秋山御風〔近〕※秋田藩郡奉行、町奉行 | |
牛馬となるも浮世か瓜なすび | 大森香芸〔近〕※僧侶。説教に俳句を用いたという。 | |
※瓜と茄子は夏の季語だが、句の場合は盆の供え物なので、季は「秋」とした。 | ||
ぎやまんの障子座敷や後の月 | 大伴思楽〔近〕※大伴大江丸の孫、飛脚業 | |
※ぎやまん(ギヤマン)はこの場合、ガラス細工。「後の月」は十三夜のこと。 | ||
秋風に雫こぼすや浜の松 | 喜川〔井〕 | |
洩水に育つ蠏(蟹)あり秋の風 | 撫瓢〔井〕 | |
なぐさみに鳴らす扇や秋の風 | 蛙逸〔井〕 | |
秋風の添ふや襖のちらし箔 | 新井乙瓢〔近〕 | |
汐やせの松にかよふや秋のかぜ | 鮮明〔井〕 | |
松風の落(ち)て地を吹く野分かな | 晃林〔井〕 | |
※野分(のわき、のわけ)は「雨を伴わない秋の強風」を指すが、台風も意味する。 | ||
山鳥の尾先を立てる野分かな | 玉柳〔井〕 | |
※地に立つ鳥は尾を立てて両脚でふんばり、強風に耐える。 | ||
日のさして力の抜けし野分かな | 荒井閑窓〔近〕 | |
※暗いうちは猛威を振るっていた野分も、朝日が昇ると力が衰えて来た。 | ||
降(る)うちに寒うなりけり秋の雨 | 暮三〔井〕 | |
夕やけのひがしに立て秋の雨 | 行水〔井〕 | |
※夕焼け(西)を眺める作者の側(東)は、細かな秋の雨が降っているのだろう。 | ||
世の底に沈む街ただ稲妻す | 武田鶯塘〔近〕※博文館記者 | |
稲妻や馬盗人は馬の背に | 増田龍雨〔近〕※雪中庵11世 | |
曳き重りするや鳴子の露しとり | 之誠〔井〕 | |
※「しとり」=「湿り」 | ||
露明りして暮(れ)にけり草の宿 | 誓仏〔井〕 | |
白露や動かで消えし山の雲 | 山本椎陰〔近〕※幕臣、雪中庵六世 | |
木の露の落(ち)ておちるや草の露 | 桃花〔井〕 | |
秋の山離ればなれに暮れにけり | 巒 寥松〔近〕※大島蓼太の弟子 | |
米負うて旅人入るや秋の山 | 小林見外〔近〕※幕末期著名宗匠の一人 | |
橋越えて広き花野の匂ひかな | 梅園〔井〕 | |
山根だけ見せて暮るるや秋の海 | 祭魚〔近〕 | |
※辞書などによれば「山根」は「姓」の一つとされるが、地域によっては「山麓」を表すという。 | ||
灯の一つ見えて砧(きぬた)の聞こえけり | 黒田甫〔近〕※尾張藩士 | |
※「砧」(秋の季語)は布地を木槌で打ち、柔らかくする作業。女性の秋冬の夜なべ仕事とされた。 | ||
折ふしは風のはこぶよ小夜砧 | 久野襦鶴〔近〕 | |
※小夜砧は夜に打つ砧の音。 | ||
雨は軒に砧は遠く聞こゆなり | 牧野望東〔近〕※農民新聞などに勤務 | |
沙魚釣やつないだやうに並ぶ船 | 藤井藍庭〔近〕 | |
流れ来て花咲く草や崩れ簗(やな) | 新甫〔近〕※新吉原妓楼主人 | |
※「簗」は川水をせき止め、魚を捕る仕掛け。漁期が終って壊れかけたのが「崩れ簗」。秋の季語。 | ||
あぐる手も打つ手も揃ふ踊りかな | 雪明〔井〕 | |
四五人で別に始むる踊りかな | 長沼 光許〔近〕※磐城の人。剣道の達人 | |
恋知らぬ妹が手しなや盆踊 | 瓢哉〔井〕 | |
※「妹」は男性の女きょうだいのほか、妻、恋人など親しい女性を指す。 | ||
地も動くやうな音して勝角力 | 貴友〔井〕 | |
出る度に名の弘まるや勝相撲 | 一斎〔井〕 | |
にょきにょきと人の中行角力哉 | 素卜〔井〕 | |
小相撲のひとり米つく夕かな | 石川鶯洲〔近〕 | |
※小相撲は下っ端の力士。 | ||
※鶯洲は明治二十二年に俳句の近代化について論文を発表。「俳句は文学」と説いた最初の人とされる。 | ||
山を出て人に見られつ薬ほり | 最直〔井〕 | |
※「薬掘り」は山野で薬草を掘り、採取すること。秋の季語。 | ||
あてもなく行(く)も楽しや菌狩 | 才九〔井〕 | |
船はみな繋ぎ並べて月見かな | 雪樵〔井〕 | |
船にまで隣の出来て月見かな | 鳳郎〔井〕※田川鳳朗とは別人 | |
星迎()織子も髪を結ひ合うて | 横川臼左〔近〕 | |
※「星迎」七月七日の夜、牽牛星と織女星が会うこと。「織子」は機織りの女性。 | ||
朝のうち草も揃へて星まつり | 斧刪〔井〕 | |
※星まつり=七夕。 | ||
七夕や男の知らぬ物思ひ | 三浦浪兮女〔近〕※夜の山道歩きなど奇行で知られる。 | |
七夕や膝にゐる子も薄化粧 | 島津潮水〔近〕 | |
送り火や届き届かぬ汐の先 | 松田聴松〔近〕 | |
さびしさの夜のはじめなり大文字 | 得田南齢〔近〕※大阪上本町、実相寺住職 | |
草市や何にすがりて来し螽 | 岡本五休〔近〕※吉原の妓楼主人 | |
※草市=盂蘭盆に供える草花などを売る市。秋の季語。 | ||
松かぜの運ぶともなし鹿の声 | 星川〔井〕 | |
村といふほどは家なし鹿の声 | 大瓢〔井〕 | |
なく鹿に黙て居るやさし向ひ | 可都美〔井〕 | |
降そふな空の気色や渡り鳥 | 紫岡〔井〕 | |
朝空のにはかに晴れて百舌の声 | 吉田一理喜〔近〕※三森幹雄門下 | |
雲やけの儘夜に入るや雁の声 | 旦竹〔井〕 | |
門の雁一とせ(年)ぶりに並びけり | 雪雄〔自〕 | |
月かげをゆらして立つや小田の雁 | 止湯〔井〕 | |
鴫鳴くや山のあなたの山暮れて | 大橋梅裡〔近〕※尾張の味噌商 | |
※あなた=彼方。 | ||
杉山の昼は夜に似て虫の声 | 高地帰雲〔近〕 | |
雨音の中に老いたり虫の声 | 服部畊石〔近〕 | |
門へ出て聞いても遠し虫の声 | 歌舌〔井〕 | |
賑はしき広野と成りぬ虫の声 | 川水〔井〕 | |
虫を聞く屋根船らしき枕橋 | 小西黙平〔近〕 | |
※枕橋は北十間川(東京・墨田区)が隅田川に合流する所に掛かる橋。現在はスカイツリーに近い。 | ||
鳴うちはまだ頼母しやきりぎりす | 角画〔井〕 | |
宿さきに一筋みちやきりぎりす | 花友〔井〕 | |
※「藤」を詠んだ花友〔自〕とは、出典から別人の可能性が高いと判断した。 | ||
きりぎりすある夜は鳴かで燭の下 | 川村黄雨〔近〕 | |
柴舟へいつ移りし歟(や)きりぎりす | 静雲〔井〕 | |
※「歟」は「か」とも読む。 | ||
きりぎりす腹にこたへて啼く夜かな | 高林〔井〕 | |
半ばにて普請休むやきりぎりす | 閑那〔近〕※高野山龍生院住職 | |
鳴痩た声や夜明のきりぎりす | 梅飛〔井〕 | |
船に乗れ大阪見せむ秋の蝶 | 七条抱清〔近〕 | |
蜩や未だ日の残るひがしやま | 百年〔井〕 | |
糸ついたのも中にゐる蜻蛉かな | 篠崎霞山〔近〕 | |
※蜻蛉の群れに糸を下げたのがいた。一度捕まったことがあるらしい。 | ||
高上りするや蜻蛉の夕きげん | 鶯柳〔井〕 | |
馬の尾に止まらんとする蜻蛉かな | 高鶴〔井〕 | |
流れゆくものにも止る蜻蛉かな | 蟻道〔近〕 | |
蜻蛉のとまりたがるや水の泡 | 桃五〔自〕 | |
虫に灯をとられしままの丸寝かな | 元一〔井〕 | |
賑はしき広野と成りぬ虫の声 | 川水〔井〕 | |
虫を聞く屋根船らしき枕橋 | 小西黙平〔近〕 | |
※枕橋は北十間川(東京・墨田区)が隅田川に合流する所に掛かる橋。スカイツリーが見える。 | ||
鳴痩た声や夜明のきりぎりす | 梅飛〔井〕 | |
寝ごころの枕に近し茶たて虫 | 金秀〔井〕 | |
※「茶立虫」は体長数ミリのアブラムシに似た昆虫(秋の季語)。障子などに止まって「茶を立てる」ような音を立てるという。現代人には馴染が薄い季語の一例。 | ||
振り返り足を止むる紅葉かな | 柳台〔井〕 | |
箸までも焚きて戻るや紅葉狩 | 三森準一〔近〕※三森幹雄の長男 | |
また誰か来たか紅葉に夕けふり(煙) | 有竹〔井〕 | |
粧ひのまずととのへぬ夕もみじ | 琴逸〔井〕 | |
桐一葉落ちて影指す小窓かな | 圭岱〔井〕 | |
静かさや朝の柳のちり加減 | 春雪〔井〕 | |
散る柳附けて流るる筏かな | 雅卜〔井〕 | |
椎の実や見捨た孫を思ひ出す | 卜丸〔井〕 | |
隣家もなくて住よし蔦紅葉 | 黄宇〔井〕 | |
橘に須磨の大空にほひけり | 詠久〔自〕 | |
朝顔やけふは葎の中に咲く | 谷川護物〔自〕 | |
朝皃や出舟を急ぐ客ながら | 月林〔井〕 | |
朝顔の花見て立ちぬ泊り客 | 梅女〔井〕 | |
神垣に照り添ふ菊の匂ひかな | 榎本閑茶〔近〕 | |
四五輪の儘で置(き)たし鉢の菊 | 南居〔井〕 | |
コスモスや男もすなるバイオリン | 伊藤松宇〔近〕※古俳諧研究者、カナ文字普及運動家 | |
さなきだにわびしき暮を桐一葉 | ミワ彦〔井〕 | |
※さなきだに=そうでなくても | ||
菊咲て掃除のとどく住居かな | 甘泉〔井〕 | |
底紅に咲くうれしさよ白槿 | 小平雪人〔近〕※穂積永機の養子。 | |
※雪人は若くして「東京日日」などの俳句欄を担当、旧派のホープと目されたが、後に故郷・信州諏訪に帰る。子規は雪人をライバル視し、警戒心を抱いていたという。 | ||
とり付(い)た垣根うつくし蔦紅葉 | 桜川〔井〕 | |
軒にまだあるに今年の唐辛子 | 新井角丈〔近〕 | |
※去年の唐辛子が軒に干してあるのに、もう今年の唐辛子収穫のじきになった。 | ||
暮れてまでぬくい香のあり稲の花 | 野口有柳〔近〕※春秋庵九世 | |
うしろ手に杖横たへて稲の出来 | 大野以兄〔近〕 | |
一群は一つ心に稲雀 | 手塚瓢仙〔近〕 | |
富士見ゆる日の悦びや稲の花 | 若翠〔井〕 | |
旅そぞろ粟の風穂の片ひなた | 而足〔井〕 | |
蕎麦の花庚申塚を中にして | 黒米可津良〔近〕 | |
子の殖えて浮き上がりけり芋の土 | 福西愛海〔近〕※幕臣 | |
※「子の殖えて」=「芋の子が増えて」。 | ||
歯をそめに行(く)みち遠しそばの花 | 米月〔井〕 | |
※女性が歯を黒く染める「おはぐろ(御歯黒)」の風習は江戸時代、女性のみだしなみとされた。明治以降は禁止になる。 | ||
それぞれに名のあるものを草の花 | 如雲〔井〕 | |
草の花咲揃ふても物さびし | 雲遊〔井〕 | |
海鳴りの尾花から来る夕べかな | 契史〔井〕 | |
※尾花はすすき(薄、芒)のこと。特に穂の出たものを指す。秋の季語。 | ||
たまに鵜も下りる小溝や芦の花 | 益田俄友〔近〕 | |
※あし(芦・蘆)はすすき(薄・芒)より大きな穂を出すが、見どころのない花とされる。徳富蘆花は「そこに風情がある」として「蘆花」と名乗った。 | ||
押分けて舟よぶ声や花芒 | 松本花朝女〔近〕 | |
穂すすきや方角知れぬ風の吹く | 曾玩〔近〕 | |
水際に明ぶり見えて荻の声 | 清春〔井〕 | |
※荻はすすきに似た多年草。高さは約1.5m。夏・秋に穂を出す。 | ||
※「荻の声」は、秋風に吹かれた荻の発する音。荻」も「荻の声」も秋の季語。 | ||
汐風をはなれて遠し荻の声 | 松月〔井〕 | |
ひらいたら音のしさうな桔梗かな | 千之〔井〕 | |
白がちに咲いてさみしき野菊かな | 大館芳律〔近〕※庵号は半日庵 | |
※芳律は子規ら新派の俳句に批判的だった宗匠。子規の従弟・古白が芳律に入門している。 | ||
釣人のところ替する野菊かな | 岡田梅間〔近〕※尾張藩士 | |
※釣り人が新たな釣り場を求め、立ち去った跡に野菊が咲いている。 | ||
草花や問はずがたりも旅の空 | 宜嵐〔井〕 | |
※「草花」=「草の花」(秋の季語) | ||
茸狩や山ふところの小酒盛 | 下田圭斎〔近〕 | |
【冬】 | ||
松風の一日凪て小春かな | 兀人〔自〕 | |
※「小春」は陰暦十月の異称。初冬の季語。 | ||
居ながらに不尽見る庵の小春かな | 幽渓〔井〕 | |
※「不尽」=「富士」。 | ||
御座船の修履見に行く小はる哉 | 氷狐〔自〕 | |
※「御座船」は貴人の乗る舟。屋形船 | ||
清書を見せに来る子も小はる哉 | 朝陽〔自〕 | |
※清書は下書きを改めて書き直すこと(「せいしょ」とも読む)=浄書。 | ||
笹山に鵯の鳴く小はるかな | 星谷〔自〕 | |
蠅一つ二つ小春となりにけり | 曾木〔自〕 | |
京へ行く力士の通る小春かな | 塩坪鶯笠〔近〕※東京府大参事。 | |
※鶯笠は関西から東京に移った後、小石川の芭蕉庵に住んだ。明治初期俳句界の重鎮。 | ||
小春日や小村にまわる肴 | 涼庫〔自〕 | |
昼舟にのるや小春の川三里 | 何年〔自〕 | |
下町を道具見歩行く小春哉 | 芦窓〔自〕 | |
小春日や浅間烟りのすぐに立 | 残月〔井〕 | |
神は留守と拝んだあとでおもひけり | 虎山〔自〕 | |
※「神の留守」(冬の季語)は各地の神々が出雲に集まり、地元の神が留守の状態。句は神社で拝んだ後、「神様は留守だ」と気づいた様子。 | ||
織り急ぐ機(はた)や日に日に年も減る | 松井鶴羨〔近〕※尾張藩士 | |
暮れてつく宿の寒さや丸行灯 | 桃鳥〔自〕 | |
※旅人が雪道を歩き、宿屋に着いた場面。 | 山雀の額の黒し寒の入り | 河野可転〔近〕※越前の人 |
※山雀の額の黒さを見て、作者は「寒」を感じた。 | ||
朝霜やひしひし折れる芦の節 | 松王〔自〕 | |
大雪や一段高き寺の畑 | 芳山〔自〕 | |
※山村の寺は概ね街より高所に在り、雪が積もるとその高さがさらに目立ってくる。 | ||
出むかふてそつとぬがすや雪の簑 | 壮貲〔自〕 | |
くつろいだ湯屋のはなしや夜の雪 | 梅癡〔自〕 | |
雪つむやまだ暮きらぬ広小路 | 紫水〔自〕 | |
雪降りや海の上から黄昏るる | 寿遊〔井〕 | |
木戸際の送りわたしや雪まろげ | 波同〔自〕 | |
※「雪まろげ」は雪を転がし、大きくする遊び。句の場合は、自分の家の前が終ると、隣家に渡していく。 | ||
澄み切った雪の月夜や富士筑波 | 龍敬〔自〕 | |
馬宿に牛も泊まるや積もる雪 | 池月〔井〕 | |
降(る)雪や朝餉いそがぬ旅の人 | 松寿〔井〕 | |
雪の日も下るや嵯峨の筏のり | 鶯雅〔井〕 | |
※京都北西部の嵯峨。雪の日も筏が保津川を下って行く。 | ||
かげ見ゆるまで見送るや雪の人 | 喜月〔井〕 | |
※雪の原を行く人を見送る。その人影が見えている間は。 | ||
雪のはら(原)見越(し)て海の青さかな | 梅一〔井〕 | |
今日も居て煙立つるや雪の船 | 松井竹夫〔近〕 | |
宮までは一筋道や雪の朝 | 松翠〔井〕 | |
茶ひとつに礼いふて出る吹雪かな | 山外〔自〕 | |
ひと吹雪やり過ごしけり馬の蔭 | 頭水〔自〕 | |
見とどけてそれから寝るや夜の雪 | 里松〔自〕 | |
これほどの雪にも障子一重かな | 内海良大〔近〕 | |
相宿をした衆に出逢雪見かな | 杜鷲〔自〕 | |
余所の戸の明かぬ間に出る雪見哉 | 竹外〔自〕 | |
※「明かぬ」は「開かぬ」と同義 | ||
板塀に雪のつぶてや手習子 | 鳳毛〔自〕 | |
おとのして沈むと見しがうく氷 | 南中〔井〕 | |
乾鮭の戸に吹きあたる寒さかな | 黄牛〔自〕 | |
※軒下に提げた鮭が強風に揺れ、雨戸に当たっている。 | ||
たまたまに日のさす門の寒さかな | 井梧〔自〕 | |
峯だけに日を見る茶屋の寒さかな | 竹友〔自〕 | |
※曇りがちの寒い一日。山の上部に日が当たっている。 | ||
見えかくれする提灯の寒さかな | 巣鶴〔自〕 | |
返事して取次の出ぬ寒さかな | 秋水〔自〕 | |
鯵切の鈍きも光る寒さかな | 細木香以〔近〕※通称・津の国屋藤次郎 | |
※「鯵切」はアジなどの小魚を切る小型の出刃包丁。 | ||
※香以は豪商の家に生まれ、盛時は穂積永機、関為山らのパトロン的存在。晩年は下総寒川に隠棲。 | ||
きらきらと星のあかるき寒さかな | 素瓢〔自〕 | |
滝音はさむさの外の寒さかな | 松一〔自〕 | |
※轟轟と落ちる滝の音。普通の寒さとは異なる寒さが感じられる。 | ||
横町へ曲りてさむし向ひ風 | 花丈〔自〕 | |
手枕に鐘が冴ゆるよ船の中 | 服部耕石〔近〕※篆刻家 | |
※冬の季語「冴ゆる」の傍題に「鐘冴ゆる」がある。 | ||
あら海のうへを通るや冬の月 | 莱年〔自〕 | |
凩の夕暮になる立場かな | 里春女〔自〕 | |
※こからし=木枯し。立場=人夫、駕籠かき(明治以降は人力車夫)などの野外休憩所。 | ||
凩に笠とられけりまがりかど | 梅里〔井〕 | |
こからしの吹きやむ水の光かな | 稲洲〔自〕 | |
※凩の吹き止む間、波が静まり、池の面に映える。 | ||
こがらしの果や灯を見る角田川 | 祖郷〔自〕 | |
※角田川は隅田川の別表記。 | ||
こがらしや折れぬ柳に夜もすがら | 涼帒〔自〕 | |
木枯や月ゆりすへて水の上 | あや女〔自〕 | |
※「ゆりすへる」は「揺り動かし、落ち着かせる」。 | ||
木枯の光りてゆくや闇の空 | 河田寄三〔近〕 | |
※闇の夜空を行く木枯。鋭い風音により「光を放つ」かのように感じられた。 | ||
木枯に結んでおくや縄のれん | 巌谷小波〔近〕※童話作家 | |
※小波は尾崎紅葉らと文学結社「硯友社」を興し、「こがね丸」「日本昔噺」などで広く世に知られた。 | ||
木枯や傾城町の昼の月 | 宮島五丈原〔近〕※弁護士 | |
※傾城町は色町、遊里。 | ||
炉の灰はまだ落着かず初しぐれ | 天原可然〔近〕 | |
春からのよい富士いくつ初時雨 | 一音〔自〕 | |
※初時雨に思う。素晴らしい富士山の姿はこの春以来、何回見ただろうか。 | ||
半分は月の山なりむら時雨(しぐれ) | 其水〔井〕 | |
※むら時雨(叢時雨、村時雨)が過ぎて行った。山々の半分を月光が照らしている。 | ||
京の山北へ北へとしぐれけり | 小島無角〔近〕※時事新報俳句欄選者 | |
時雨るるや早瀬を下る筏(いかだ)のり | 里楓〔井〕 | |
花表から並木の間のしぐれ哉 | いし女〔井〕 | |
※花表は神社の鳥居。 | ||
炭うりに成りおほせけり初しぐれ | 琴詩〔自〕 | |
※「成りおほす」=「成果てる」 | ||
遠くから時雨て来るや鳥の声 | 芳雨〔井〕 | |
※遠くから時雨の来る気配。鳥も時雨の到来を察し、騒いでいる。 | ||
もの売りのしぐれているや留守の門 | 高木布精〔近〕 | |
※この場合の「しぐれる」は「時雨に濡れている」状態。 | ||
挨拶をやめて見て居るあられかな | 蓬陽〔自〕 | |
※挨拶を交わしていた二人。激しく道路に散る(あられ)を呆然と見ている。 | ||
朝霜やひしひし折れる芦の節 | 松五〔自〕 | |
蟷螂のまだふんばるや霜の草 | 詠帰〔自〕 | |
漁火の焚がら白し今朝のしも | 李趙〔自〕 | |
愛鷹も富士も手近しけさの霜 | 大睡〔自〕 | |
※霜の降りた朝。愛鷹山が、いや富士山までが間近に見える。 | ||
おくれしや足あと多き橋の霜 | 艪村〔自〕 | |
※橋の上に霜を踏んだ足跡が多数。集まりに「遅れたかな」と思う。 | ||
朝のしも月は真上に残りけり | 雪香〔自〕 | |
霜掃て小筵敷て糸くるま | 太珉〔自〕 | |
※冬の朝、庭の霜を掃き、小筵を敷き、糸つむぎの仕事を始める。 | ||
馬に鞍置いて明け待つ霜夜かな | 石井関市〔近〕 | |
炭ついでしばらく寒き座敷かな | 藤堂詢尭斎〔近〕※永機の弟子 | |
※火鉢などに新たな炭を入れると、火力が低くなり、しばらく寒い。 | ||
夜神楽や杉の間から光る星 | 蒼蘆〔井〕 | |
狼のおとし穴ある枯野かな | 二丘〔自〕 | |
ひとり行く僧に雨降る枯野哉 | 某邑〔自〕 | |
吹く風の一すじ見ゆる枯野かな | 幸田露伴〔近〕※文学者、小説家 | |
※露伴は晩年、俳句作りや芭蕉の研究に力を入れたという。 | ||
近みちにちか道のつく枯野かな | 鳳斎〔井〕 | |
道ありて道むずかしき枯野かな | 湯浅尽誠堂〔近〕 | |
※枯野は道が出来やすく、それだけに道に迷い易い。 | ||
聞てきし道をまた聞(く)枯野哉 | 桃磯〔自〕 | |
鋸屑に里の近よる枯野かな | 呂蛤〔井〕 | |
※枯野を行く旅人。鋸屑、かんな屑などを見つけ、里が近づいてきた、と知る。 | ||
船の酔さましに上る枯野かな | 可承〔自〕 | |
鶏の声に見わたす枯野かな | 可大〔自〕 | |
忘井を怖々のぞく枯野かな | 三枝〔自〕 | |
※「忘井」は人々に忘れられた井戸や泉。 | ||
名も知らぬ小草花咲く枯野かな | 三千彦〔自〕 | |
日のうちに嫁入り通る枯野かな | 三津人〔自〕 | |
坂越えて月に逢えたる枯野かな | 原田瓢子〔近〕※「蕉門通鑑」など著書多し | |
※小間物商だった瓢子は店を弟に譲り、著述や俳句に没頭したという。 | ||
道づれになりぬ枯野に二度逢うて | 西谷富水〔近〕 | |
※枯野で一度出会い、別れてまた出会う。今度は「一緒に行こう」と、道連れになった。本句集「春」の項に「二度遭ふて近付になる春野哉」(瓔々)がある。 | ||
枯野まで突き抜けてあり京の町 | 瀬川露城〔近〕※無名庵十五世 | |
※京の大通りの果てに枯野が見えるのだろう。 | ||
供養塚ばかり残りて枯野かな | 小蓑〔自〕 | |
踏こんだなりに氷るやぬかり道 | 吉春〔自〕 | |
すす掃いて仕舞へばもどる家鴨哉 | 萌生〔自〕 | |
夜の紙衣音のせぬまで着慣れけり | 伸女〔自〕 | |
※紙衣は保温用紙製の衣服。冬の季語 | ||
よごれ足袋脱いでありけり下駄の上 | 小圃〔自〕 | |
※来客が座敷に上がった。ふと下駄を見ると、その上に汚れた足袋が二つ。ぬかるみ道を来た人の心得。 | ||
小綺麗に夫婦老けり卵酒 | 坦々〔近〕 | |
はしり出て妻の手渡す頭巾かな | 巴凌〔自〕 | |
橋守へうなつ(づ)いて行く頭巾かな | 涼楓〔自〕 | |
妻木積んで入り口狭し冬ごもり | 応々尼〔近〕 | |
※「妻木」の意味は不明。薪だろうか。 | ||
鐘つきに出るばかりなり冬ごもり | 連梅〔近〕※雲水 | |
※雲水の作者は厳冬の地で寺に籠り、鐘撞きを仕事にしていたのだろう。 | ||
澄切た川のよどみや冬の月 | 嵐湖〔自〕 | |
人通り絶て晴れたりふゆの月 | 担月〔自〕 | |
峰越る鳫もありけり冬の月 | 梅井〔自〕 | |
※「鳫(雁)」は秋の季語だが、この句の季語は「冬の月」 | 次の間に出てさましけり炭の酔 | 乙人〔自〕 |
※木炭を燃やすと一酸化炭素が発生して、中毒を起こすことがある。 | ||
炭たたく音奥の間へ届きけり | 春麒〔自〕 | |
※大きな炭は二つを叩き合せて細かくする。 | ||
はね炭のはね終わるまで黙りけり | 桐雨〔自〕 | |
※囲炉裏の周囲の人たちは、炭のはねが終わるまで、黙って見つめている。 | ||
榾の火や叱り仕舞へば寝るばかり | 千林〔自〕 | |
※囲炉裏の榾火を囲む一家。親が子供たち叱り終えれば、もう寝るばかり。 | ||
山伏のほら吹きこむや榾の宿 | 月底〔自〕 | |
※山伏が囲炉裏の前で、相宿の客に作り話を語っている。 | ||
極楽の話して居る榾火かな | 我竟〔自〕 | |
角力とり老て火桶を抱きけり | 月化〔自〕 | |
※「火桶」は木製の火鉢。 | ||
対座して灰にもの書く火鉢かな | 御手洗不迷〔近〕※新聞記者 | |
テーブルに火桶のせけり応接間 | 上田龍耳〔近〕※俳誌編集人 | |
推敲のふたたび炭を継ぎ直す | 沼波瓊音〔近〕※万朝報記者、大学教授を歴任 | |
置こたつして貸切の出舟かな | 石鳴〔自〕 | |
焚火して下る筏や天の川 | 小林苣丸〔近〕 | |
雪車引の唄谷越しに聞へけり | 文遊〔自〕 | |
から下戸の何楽しみぞあじろ守 | 鳥儀〔自〕 | |
※冬の夜、網代守(あじろ守)はかがり火を焚き、籠を川瀬に沈め、魚が捕れるのを待つ。句は「酒も飲めずに辛い役目を引き受けて、何の楽しみがあろう」と詠む。 | ||
寺を出ていまこの職や網代守 | 鹿卜〔井〕 | |
※寺男だったが、何か不都合があったのか。今は網代守。 | ||
水とり(鳥)や吹き寄せられて島のかげ | 旭洲〔自〕 | |
冬の日のひそかにもれて枇杷の花 | 夷則〔自〕 | |
五本ひく大根五本が折れにけり | 呉明〔自〕 | |
ちから足先ず踏み込むや大根曳 | 宗湾〔自〕 | |
※ちから足=力の入り易い足。 | ||
里までは来つかぬ雨や大根曳 | 蝶二〔自〕 | |
大根曳夫にもやはり上手下手 | 春圃〔自〕 | |
山に雪きてのどかなり大根曳 | 素撲〔自〕 | |
尻もちの泥かはきけり大根曳 | 幼芝〔自〕 | |
野狐の遊ぶ日和や大根引 | 蝶蛾〔自〕 | |
蕎麦刈や知恵才覚もないそぶり | 亀得〔近〕 | |
麦蒔や案山子も焚(い)てあたたまり | 双羽〔自〕 | |
※麦蒔きは初冬の寒い頃。役目を終えた案山子も焚いて温まる。 | ||
麦蒔きや月のまるみも見て戻る | 内海淡節〔近〕※伊予松山藩士 | |
※伊予松山の藩士・淡節は京都の桜井梅室に弟子入り。維新後、松山に帰って俳句の普及に努めた。元家老の奥平鶯居、子規の師・大原其戎らとともに幕末・明治期の伊予俳壇を支えた一人とされる。 | ||
家ほどな波を鳴越す千鳥かな | 双河〔井〕 | |
※家ほどな=(この場合は)家ほどに高い。 | ||
海暮(れ)て河風さむし鴨の声 | 角丸〔自〕 | |
来るやいな浅瀬おほへる小鴨かな | 友之〔自〕 | |
※来るやいな=来るや否や | ||
追々に来て一連や池の鴨 | 一誠〔自〕 | |
浪の鴨一つうねれば皆うねる | 雀叟〔自〕 | |
くるる日を寝て居る鴨の番(つがい)哉 | 古翠〔自〕) | |
※くるる日=暮るる日。 | ||
俎板のひびきに立ぬいけの鴨 | 寸風〔自〕※立ぬ=翔ちぬ | |
※どこからか俎板を叩く音に鴨が飛び立った。俎板の響きを「人に食われそうだから」と解釈すれば、月並風の句。 | ||
浮(い)たのは沈んだ鴨と違ひけり | 若非〔自〕 | |
水鳥の柴に並ぶや日の出前 | 浜吉〔井〕 | |
水鳥の一羽放れて暮(れ)にけり | 亭々〔井〕 | |
ならぶ癖ありて哀れや鴛鴦一つ | 桐堂〔井〕 | |
※一羽だけの鴛鴦が他の鴛鴦と並ぼうとする。哀れな感じ。 | ||
まん中へ来て吹かるるや池の鴨 | 西川芝石〔近〕 | |
どの家もうしろ向きなり遠千どり | 山馬〔自〕 | |
※海岸に並ぶ漁師町の家はみな海を向き、街道からは後ろ向きに見える。 | ||
寝た船に来て雨ふるう鵆かな | 其山〔自〕 | |
※船頭や客はすでに寝ている船。千鳥が来て、雨を振るい落としている。 | ||
一と群は松の上行く千鳥かな | 杜有〔自〕 | |
親ありと言うて逃げたり鰒と汁 | 和柳〔自〕 | |
※河豚(鰒)鍋に誘われたが、「私には親がいる」と言って逃れた。 | ||
鰒さげてうしろ見らるる思いかな | 芦風〔自〕 | |
※河豚を提げて行く男。「あれは鰒だ」と指を指されている思い。 | ||
にくまれる人は無事なり鰒としる | 嘯月〔自〕 | |
※「鰒としる」=「河豚汁」。 | ||
捨(て)るにも人にかくしてふくの箸 | 山公〔自〕 | |
※ふくの箸は河豚を食べた箸。人に見せないように箸を捨てている。 | ||
鰒売りやをのれは喰わぬ男にて | 梳柳〔自〕 | |
顔らしいところ見つけし海鼠かな | 流芝〔近〕 | |
※前後が同じような海鼠にも、顔のような所がある。 | ||
寒梅や匂ふほどなき花の数 | 大久保逸堂〔近〕 | |
枯芦や穂絮(わた)吹き込む船の窓 | 山辺清民〔近〕 | |
二日見て確かになりぬ帰り花 | 史白〔井〕 | |
※初冬に桜が季節を間違えて咲くのが「帰り花」。昨日、今日と見て「帰り花だ」と確信する。 | ||
帰り花掃除のあとで見付けけり | 萬頃〔自〕 | |
見付ればいくつもあるや帰り花 | 濱吉〔自〕 | |
※「水鳥」の句の浜吉とは、出典から別人と判断した。 | ||
鳥さしのをしへて行くや帰り花 | 文昇〔自〕 | |
※鳥さし(鳥刺)は鳥もちなどで小鳥を捕え、売る人。 | ||
きうくつな處にさけりかへり花 | 大魯〔自〕 | |
山人は年寄多し帰りはな | 岱雲〔自〕 | |
炭焼の空あたためてかへり花 | 麦秋〔自〕 | |
持て来てつけたやうなりかへり花 | 笑壺〔自〕 | |
散るとなく見えずなりけり帰り花 | 小栗風葉〔近〕※小説家、尾崎紅葉に学ぶ。 | |
争うて夜見に出るや寒椿 | 亀洞〔自〕 | |
※「いい椿が咲いていた」と聞き、何人もが争って見に行く。寒い夜なのに。 | ||
山茶花や小鳥の群る堂の屋根 | 東溟〔自〕 | |
土留めに植えし茶の木も咲きにけり | 涼花〔近〕 | |
水につくまでは風添ふ木の葉哉 | 団亭〔井〕 | |
冬枯の背戸にかけたる鵜縄かな | 清水一瓢〔近〕※東京日暮里・本行寺住職 | |
※「鵜縄」は鵜を操るために鵜の首に掛ける縄。 | ||
分け入れば宿に灯かげや枯尾花 | 田中予雲〔近〕※僧侶 | |
落(ち)てから梢吹越す木の葉かな | 曾見〔自〕 | |
※枯葉が地に落ち、また風に舞い上がって木の梢を超えて行く。 | ||
半ばから舞い行く谷の木の葉かな | 世岐〔自〕 | |
※ひらひらと谷間を落ちていく枯葉。落ちる途中で風が湧き、舞い上がって行く。 | ||
青空や一村が皆落葉掻き | 扇和〔自〕 | |
一と吹のあとは間のある落葉かな | 太老〔自〕 | |
床の間にひとつ見つけし落葉かな | 通甫〔自〕 | |
遠い木の落葉吹こむ手桶かな | 欽哉〔自〕 | |
落葉から見れば少なき木立かな | 羽人〔自〕 | |
※大変な落葉の量だ。周囲の木立の数はさほどでもないのに。 | ||
落葉火や上つら焼けの塩肴 | 誼老〔自〕 | |
淋しさは煮売の鍋に落葉かな | 程己〔自〕 | |
※煮売りは魚、野菜、豆などを煮て、ご飯とともに売る商売。 | ||
回廊の朱もさめたる落葉かな | 松永蝸堂〔近〕※静岡沓谷龍雲寺住職 | |
夕暮や落葉掃き出す舟の中 | 永光〔自〕 | |
帆は見えて遠き川辺や冬木立 | 小柯〔自〕 | |
五六本田の真ん中や冬木立 | 碧山〔自〕 | |
鳶の巣のあらはになりぬ冬木立 | 節之〔自〕 | |
※夏の間は木の繁りで、分からなかった鳶の巣。冬は木の間に見えている。 | ||
小休みに椋鳥のこぞるや冬木立 | 得燕〔自〕 | |
※こぞる(挙る)=ことごとく集まる。 | ||
冬枯の奥や丁丁斧の音 | 本橋林寿〔近〕 | |
※丁丁=物を続けて打つ音。 | ||
水仙やせまい處へ月のさす | 一成〔自〕 | |
石蕗咲くや近道になる売り屋敷 | 仁井田碓嶺〔近〕 | |
※石蕗の花の咲く売り家の庭。近隣の人が近道として遠慮せず、横切って行く。 | ||
人中は風も通さず年の市 | 佐助坊〔近〕※左官職 | |
向うから硯使うや年のくれ | 杜寥〔近〕 | |
※一人が帳簿をつけていると、向う側から硯に筆が伸び、「墨を拝借」の声。年末の商店のあわただしさ。 | ||
着て帰る蓑や今年の買納め | 祖郷〔近〕 | |
行(く)年や職人町の夜の音 | 午心〔自〕 | |
売れ残る亀放しけり除夜の鐘 | 茶静〔近〕 | |
※年末の市などで愛玩用の亀を売っていたのだろう。 | ||
聞く暇のなくてめでたし除夜の鐘 | 島本青宜〔近〕※石巻で交易商社を営む | |
※除夜の鐘を聞く暇もなく忙しく立ち働いた大晦日。商人として誠にめでたいことだ。 |