新年の季語

 旧暦では新年はすなわち立春であった。もっとも、太陰太陽暦につきものの暦のずれによって、12月に立春が来てしまう年もあった。「古今集」の冒頭に「年の内に春は来にけり一年を去年とやいはむ今年とやいはむ」という在原元方の歌が載っているが、これも暮れに立春が来てしまったことを面白おかしく詠んだものである。こういうおかしなことが時々現れはしたものの、とにかく旧暦の世の中では1月1日は年の初めであると同時に春の始まりでもあった。

 だから昔の歳時記は「春の部」の最初に「あらたまの年」「初春」「正月」が据わり、新年にふさわしい季語が並んでいた。ところが、新暦(太陽暦)では立春はおおむね2月4日頃であり、お正月はまさに冬の真っただ中である。そこで新年と同義語である「初春」とか「今朝の春」「四方の春」という季語が、かなり用いにくい言葉になってしまった。現代の俳人は元旦から七草までをむりやり「春」として作句し、以後は2月3日の節分までまた「冬」に返るという複雑な操作をしなければならない。

 そういったややこしさはあるものの、やはり新年は現代日本人にとっても特別な感慨をもたらすものである。季節としては冬だけれども、すべてが改まって、新鮮な感じがするし、時には「初春」という言葉も受け入れたくなるような気持にもなる。こうして先人が新年の季語として据えた言葉も、おおむねは現代の我々にもその感じがつかめる。しかし、冬の真っ盛りを春とする季節感のずれはいかんともしがたい。そのようなわけで、今日書店に並べられている歳時記の多くは「冬」の後に「新年」の部を独立して設けている。

 主な新年の季語を書き並べてみよう。新年、正月、初春、今年、去年(こぞ、きょねん)、元日、二日、三日、三が日、四日、五日、六日、七日、松の内、初日(はつひ)、初空、御降(おさがり)、淑気、初富士(初比叡、初浅間など)、春着、屠蘇、節料理(おせち)、雑煮、門松、注連飾、鏡餅、松納(まつおさめ)、初夢、年始、年玉、年賀状(初便り)、書初、初荷、歌留多、双六、羽子板、手毬、独楽、獅子舞、若水、七草粥、若菜摘、初詣、初雀、初鴉、初鶏、ゆづりは、福寿草、なづな、といったところである。この他にも「初」や「始」をつけた新年の季語がたくさんある。

 ここには挙げなかったが、今日ではほとんど理解できる人がいなくなってしまったような季語もある。例えば「喰積(くいつみ)」。これは三方や塗り台の上に昆布、熨斗鮑(のしあわび)、勝栗、干柿などを飾り、床の間に飾って置き、賓客に供応するものである。これが発展して今日のような重詰のお節料理になっていったのだが、今どき「喰積」などと言っても俳句をやる人以外には分からないであろう。

 「御降(おさがり)」とか「淑気(しゅくき)」というのも難解である。御降は三が日、特に元日に降る雨や雪を言う。元日に雨か雪が降るとその年は豊作になると言って、目出度がる習いがあったので、特にこう言ったもので、「富正月」とも言う。大概の歳時記にはこういった解説が為されているが、まあお目出度い三が日に雨がしょぼしょぼ降るのは縁起でもない、ここは何とかしなければという意識が働き、「良い事の前兆」に転化して「天の恵みのおさがり」としたものではなかろうか。「淑気」という言葉も今ではめったに使われない。新年の瑞祥が天地の間に満ち満ちている雰囲気をいう言葉である。元々は漢詩の言葉であったものを、江戸前中期の俳人で歌学者であり芭蕉の師匠でもあった北村季吟(1624─1705)が季語として取り上げて以来、新年の季語として定着した。

 「今年」とか「去年」あるいはそれをくっつけた「去年今年(こぞことし)」というのも季語であると言うとびっくりする人もいるが、やはり新年というのが来し方を振り返り、行く末を思う時期であるから、こういうものが季語になった。また「二日」とか「四日」「六日」なども季語だが、これらは普段の月の2日とか6日ではなく、まだ正月気分が横溢している「松の内」の日なので、特別に新年の季語とされているわけである。

 このように新年の季語は伝統的、慣習的に座が定まったようなものが目につく。正月という改まった気分のしからしむるものかも知れない。しかし今日に生きる私たちがそれを真似してしゃっちょこばるのも詰まらない。お正月にふさわしい季語を見つけて、お正月らしいほのぼのとした気分の句を素直に詠えばいいのではあるまいか。


  元朝や神代の事も思はるる   荒木田守武
  袖口に日の色うれし今朝の春   三浦樗良
  道ばたの土めづらしやお正月   小林一茶
  去年今年貫く棒の如きもの   高浜虚子
  元日や手を洗ひをる夕ごころ   芥川龍之介
  花屋出で満月に年立ちにけり   渡辺水巴
  いんぎんにことづてたのむ淑気かな   飯田蛇笏
  日本がここに集る初詣   山口誓子
  日の障子太鼓の如し福寿草   松本たかし
  食積に命惜しまむ志   石田波郷
  ひとり摘む薺の土のやはらかに   中村汀女

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