石蕗の花(つはのはな)

 キク科の多年草ツワブキの花で、10月末頃から1月頃にかけて、長い花茎の天辺に黄色い菊のような花をいくつも咲かせる。丸い掌形の葉はつやつやした緑色で、厳冬の中でもいかにも元気が良い。地味な花で、長い花軸といったところでせいぜい3、40センチくらいのものだから、それほど目立つ草花ではないのだが、他に咲くものが無い冬場に健気に咲くから、昔の人たちは好んで庭に植えた。歳時記では初冬の項に入れられているが、ほとんど冬中通して咲いているから、あまり厳密に時期を絞り込むこともないだろう。

 昨今はパンジー、クリスマスカクタス、シクラメンなど、冬場にも派手な色彩で花咲かせる園芸植物が手軽に手に入るようになったせいか、石蕗の花はすっかり忘れられた存在になっている。しかし、温室育ちの花に感じられる華やかだがとってつけたようなよそよそしさが無く、いかにも素朴で、冬の寒々しい気分を和らげてくれる。伊豆や房総の海岸などに自然に生えているツワブキが、枯れ色の中に鮮やかな黄の花をつけているのを発見すると、思わぬ拾い物をしたような感じになる。

 北茨城の五浦海岸に明治時代岡倉天心が開いた日本美術院があり、今でも庭園とともに六角堂などゆかりの建物が残されている。庭先は太平洋の断崖絶壁になっており、その絶壁のあちこちに石蕗がしがみつくように咲いている。太平洋の冬の荒波がしぶきを上げ、白い波頭と黒々と光る岸壁に石蕗の黄色い花が実に印象的である。

 自然の中の石蕗もいいが、古い屋敷や名園を見学していて、植え込みの下や石組みの裾に冬日を受けて静かに咲いているのを見つけることもある。これもまたいい。

 同じキク科で夏の季語である蕗(フキ)とは分類学上の属が異なり、親類とは言ってもかなり遠い関係だ。しかし、葉の形や立ち姿が蕗と似ているのでツワブキとかツヤブキとか言われるようになった。昔からフキの仲間扱いされていたようで、「俳諧歳時記栞草」(曲亭馬琴編)には「大和本草」を引用して「……フキよりも葉厚くして光あり。冬も茎葉ありて枯れず。その茎を食するに味フキの如し。皮を去りてフキの如くすべし云々」と述べている。

 伽羅蕗(きゃらぶき)という佃煮がある。醤油で真っ黒に煮しめた蕗の佃煮だが、なかなか味わい深いものである。このキャラブキの本物は石蕗で作るのだという。大山詣りで有名な相模の大山阿夫利神社の参道では名物キャラブキを今でも売っているが、これはツワブキを煮染めたものだと店のおばさんが自慢気に語っていたのを思い出す。普通の蕗では腰が無くなってしまうし、独特の風味も出ないというのであった。しかし観光みやげにするほどのツワブキが採れるものかどうか、それは分からない。

 それはともかく、ツワブキは福島県あたりを北限に、日本中至るところに生えていた植物なので、茎を食用にするほか、葉を揉んだり火に炙ったりして腫物や湿疹の貼り薬にするなど、昔から人々に親しまれてきた。


  淋しさの眼の行く方やつはの花   大島蓼太
  ちまちまとした海もちぬ石蕗の花   小林一茶
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  つはのはなつまらなさうなうすきいろ  上川井梨葉
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  つはぶきはだんまりの花嫌ひな花   三橋鷹女
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