酉の市(とりのいち)

 11月の酉の日に各地の鷲神社で行われる祭礼で、境内や参道に縁起物の熊手などを売る市が立ち賑わう。全国の鷲神社の元締格と言われるのは大阪・堺市の大鳥神社だが、酉の市はどちらかと言うと関東地方が盛んである。その中でも東京・台東区千束3丁目の鷲神社が横綱で、酉の日には神社周辺はごった返し、かなり離れた雷門界隈まで、浅草一帯が活気づく。その他、新宿の花園神社をはじめ、目黒、大塚、巣鴨、品川などにもお酉様があって、開運を願う参詣客を大勢集めている。

 平成18年の11月には酉の日が3回あり、「一の酉」が11月4日で暦の上では立冬前でまだ秋ということになる。「二の酉」が16日、「三の酉」が28日である。三の酉まである年の冬は火事や異変が多いと言われてきたが、果たして今年はどうであろうか。

 関東地方のお酉様の本家本元は足立区花畑町にある鷲神社で、江戸時代には大変な賑わいを見せたという。酉の市が立つのはもちろんだが、天下御免の賭博が開帳されたのが人気に輪をかけた。ところが幕府により賭博開帳が禁止される一方、浅草に勧請された鷲神社がすぐ近くに吉原を控えていることもあって、客足は一気に浅草に流れたという話が伝わっている。

 浅草の鷲神社の祭神は天照大神の御子神の天穂日命(アメノホヒノミコト)で、大国主命が盟主の葦原中つ国(瑞穂の国)が不穏な情勢になっていたのを平らげるよう高天原から下された神様。もともと軍神だから、徳川時代初期にはもっぱら武士の信仰対象だったのだが、ご近所の吉原に懐柔されたわけではあるまいが、徳川中期になると全般的な開運の神様になり、特に料理屋、接客業、役者など客商売に霊験あらたかと言われるようになって、一般庶民の間に急速に人気が高まった。

 その象徴的なものが酉の市名物の熊手である。「福をかき集める、取り(酉)込む」という、実に分かりやすいお守りである。熊手にはおかめ、七福神、宝船、打ち出の小槌、鯛、鶴と亀に松竹梅、千両箱に大判小判と縁起の良いものがこれでもかとばかりについている。大きなものになると数万円するが、商売繁盛を願う商店主などが争うように買い求める。大型の熊手を買ってもらうと、捩じ鉢巻きに法被姿の威勢のいい兄さん姐さんが取り巻いてシャシャンシャンと手締め。これで華やかな雰囲気が一層盛り上がる。

 お酉様を迎えると、ああいよいよ冬だなあという感じになる。


  世の中も淋しくなりぬ三の酉   正岡子規
  若夫婦出してやりけり酉の市   高浜虚子
  人波に高く漂ふ熊手かな   島田青峰
  ぬかるみに財布落しぬ酉の市   野村喜舟
  たかだかとあはれは三の酉の月   久保田万太郎
  酉の夜や入谷へくらき道いくつ   増田龍雨
  やはらかに人押し合ひて一の酉   中村金鈴
  灯の渦をぬければ星夜一の酉   柴田白葉女
  かつぎ持つ裏は淋しき熊手かな   阿部みどり女
  老教授小さき熊手を買ひゐたり   池上柚子夫

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