北風(きた・きたかぜ)

 冬の季節風である。十一月に入ると大陸に高気圧が発達し、日本付近には低気圧が生じる。いわゆる西高東低の冬型気圧配置。高低の気圧差によって風向が決まるから、日本列島の北部では西北から、関東関西あたりでは北からの冷たい風が吹くようになる。時には風速十数㍍の強くて寒い風が吹きすさぶ。

 初冬に木々の葉を色づかせ、散らす「木枯らし」も北風だが、季語の「北風」はいよいよ本格化する冬の風である。いよいよ本物の冬だなあという気分を抱かせ、厳しさを感じさせる。ことに年の暮れを間近に控え、あれもこれもし残した事が次々に思い出されて焦燥感にさいなまれることにもなる。

 俳句では北風と書いて「きた」とも読ませるが、これは春の東風を「こち」、夏の南風を「みなみ」、秋の西風を「にし」と言うのと同じく、もとは漁師や猟師言葉から出たものらしい。いずれも歯切れの良さを尊んで、いちいち「かぜ」をつけずに詠まれることが多くなった。もちろん口調の関係で丁寧に「きたかぜ」と詠んでも差し支えなく、ことに最近は「きた」と昔風に言う習慣が薄れてきたせいか、現代俳句では「きたかぜ」と詠む例が増えている。

 この北風は日本海上の湿った空気を巻き上げ一挙に氷らせ、列島の脊梁山脈にぶつかって日本海側に雪を降らせる。山を越えた北ないし北西の風はからからに乾いて関東平野に吹き下ろす。関東名物の空っ風である。これが盛んに吹くようになると、北海道から東北、北陸、山陰にかけては冬籠もりとなり、東京近辺には風邪引きが増える。

 家の中はもとより、駅も電車もビルの中も暖房が行き渡っている昨今では北風の脅威はそれほどではなくなっている。とは言っても北風の吹きまくる戸外に一歩出ると、一瞬身体がぎゅっと縮まる。特にこの頃は日暮れがどんどん早まって来るから、寒い上に心細さも感じる。飲んべえは北風を口実についつい赤提灯引き寄せられ、縄のれんをくぐってしまったりもする。

 このように北風は冷たく厳しいもので、特に日本海側の人たちにとっては吹雪や豪雪と重なって苦痛を与える。一方、太平洋側の人たちには、やはり寒さこそ身にこたえるものの、冬空は概ねからりと晴れ上がり、あっけらかんとした明るさがあって、それほど陰鬱さは感じない。「北風」は厳しさや身の引き締まる気分は日本中共通したものだが、地理的条件によって、その詠まれ方はずいぶん違ってくるようだ。

 「きたかぜ」「きた」と詠むほか、「朔風(さくふう)」「北吹く」「大北風(おおぎた)」「朝北風(あさぎた)」とも詠まれる。


  北風や石を敷きたるロシア町      高浜 虚子
  北風や杉の三角野の果てに       松根東洋城
  北風や浪に隠るる佐渡ヶ島       青木 月斗
  大北風にあらがふ鷹の富士指せり    臼田 亜浪
  北風にあらがふことを敢てせじ     富安 風生
  獄の門出て北風に背を押さる      秋元不死男
  北風に言葉うばはれ麦踏めり      加藤 楸邨
  北風にたちむかふ身をほそめけり    木下 夕爾
  やつにも注げよ北風が吹き上ぐ縄のれん 古沢 太穂
  北風の身を切るといふ言葉かな     中村 苑子

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