風邪(かぜ)

 三冬(初冬・仲冬・晩冬)を通じての季語。「ふうじゃ」と音読して詠む場合もある。傍題として、感冒、流感、風邪気、風邪心地、風邪声、鼻風邪、風邪薬、風邪の神、流行風邪(はやりかぜ)などがある。

 風邪という病気は大昔からあるのに、ビールスによるインフルエンザは別として、未だにどうしてかかるのか、何が原因かがよく分からない。日経俳句会の創設者で名医の故村田英尾先生は「まあ、こういう、すぐにも命に関わるという病気でない場合、どうしても研究がなおざりになってしまうんですねえ」と言いながら、ご自分もくしゅんくしゅんやっておられた。

 天然痘、ペスト、コレラ、チフス、結核、あるいは癌や脳溢血など、生死に直結する疾患については、世間的な注目度が高く、その予防や治療手段の研究開発については国も力を入れるし、公立私立を問わずあらゆる医学研究機関が懸命になって取組む。医者も薬学者も画期的な発明発見をしようと血眼になる。ところが風邪や神経痛、水虫などは放っておいても命に別条はないから、かかった方も、その回りも割にのんびりしている。「こうしたことが研究者の意欲を駆り立てない原因になっているんでしょうなあ。私だって自分の風邪を治せない。うふふ・・」と笑って適当な熱冷ましか何かくれるのだった。

 風邪というのは大別すると二つに別れるそうである。一つは、冷たい空気を吸ったり、寒い状態に長時間さらされていたりすることによって、クシャミが出たり、鼻水が出たりする現象である。つまり、呼吸器粘膜が刺激に反応して発熱したり頭痛をもたらしたりする「風邪引き」である。この種の風邪は抗ヒスタミン剤の投与で直ることがあるため、人体に備わった防衛本能である一種のアレルギー反応ではないかと言われている疾患だが、そのメカニズムは未だ解明されていない。

 毎年、こうした単純な風邪引きに対して、「特効薬」と称していろいろな風邪薬がテレビ・コマーシャルに取っ換え引っ換え出て来る。しかしこれらは大方が熱さましや鎮痛剤の組合わせをちょっとずつ変えたものに過ぎないようである。こうした単純な風邪の「本当の特効薬」は、引き始めに思い切って寝てしまうことだというから、昔と同じでちっとも進歩していない。相変わらず「玉子酒」や「おでんに燗酒」が最も効き目があるらしい。

 もう一つの風邪は本格的なもので、ビールスによるものである。いわゆるインフルエンザで、高熱を発し、ひどい頭痛、関節痛、悪寒、吐き気などを伴うこともある。これはもう立派な伝染病で、馬鹿にすると大変なことになる。平成十五年(二〇〇三年)に世界を震撼させたSARSもインフルエンザ・ビールスの仲間らしいという。メキシコの豚から発症したと言われる新型インフルエンザもやはりビールスが悪さをする風邪で、これは普通の風邪薬や抗生物質では退治できない。

 大正七年(一九一八年)にやはり世界中を震え上がらせたスペイン風邪もこれだった。「カチューシャ可愛いや」で一世を風靡した女優松井須磨子を擁し、芸術座を立上げて時代の寵児となった島村抱月も、この風邪にかかってあたら四十八歳を一期に露と消えた。

 とにかく風邪という病気は大昔から人間にまとわりついてきた。江戸時代、「風邪は万病の因」と言われ、風邪を引かないように用心することが口うるさく唱えられた。その一方では、「目病み女に風邪引き男」と色気が増す例えに引かれるなど、風邪は何かにつけて冬の決まりものとして登場し、恐れられながらも腐れ縁といった感じの病である。


  風邪重く障子の桟の歪みて見ゆ     原  月舟
  風邪を引くいのちありしと思ふかな   後藤 夜半
  風邪ごころ坂は電車もしづかなる    石田 波郷
  人妻の風邪声艶にきこえけり      高橋淡路女
  風邪の妻きげんつくりてあはれなり   富安 風生
  風邪妻に夜は結界の白襖        大野 梢子
  風邪の子の電気暗いの明るいの     上野  泰
  流感の全市の下水黒く濁り       加藤かけい
  昼の音夜の音さとく風邪寝かな     松本つや女
  染め髪の根本の白髪風邪の母      鹿山 隆濤

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