寒の水(かんのみず)

 寒中の水をいう。小寒から大寒が明けるまでが寒中で、この頃に汲んだ水は霊力があるとされ、昔の人は薬として飲んだ。特に寒に入って9日目の水を「寒九の水」として尊んだ。この時期に仕込んだ酒は特別なものとされ、また寒の水で米を炊いて搗いた餅を寒餅と言って珍重した。搗いた餅を寒の水に浸けたのが水餅で、これまた腐らないとされた。経師屋はこの時期にせっせと糊を仕込んだ。また修行に打ち込む人はこの期間中に水をかぶる水垢離をしたり、滝に打たれたりする荒行をおこなう。このように、寒の水に触れると霊力が授かるという信仰が、いろいろ変化して現代にまで伝わり、寒中水泳などという聞いただけで震えがくるイベントがあちこちで行われている。

 旧暦では12月が寒の月とされていた。現代のカレンダーに当てはめれば、1月6日頃が「寒の入り」で、二十四節気で言う「小寒」である。それから15日後が「大寒」で、ほぼ1月21日頃になる。そしてそれが15日続いて「寒明け」となる2月4日頃が立春ということになる。

 昔の暦の解説書(「暦便覧」など)によると、冬至で1年の陰の極点を過ぎ、一陽来復となるが、まだまだ陽気は弱く、かえって陰気が盛り返そうとして一層寒くなる。それが「寒」なのだという。気象学の統計でも立春前後が一番寒いと言われており、昔の人は経験上それをよく知って、冬から春へ移り変わる頃が最も寒くなることを陰陽相克ということで説明したのであろう。

 寒の水が身の引き締まるような冷たさであることは、完ぺきな暖房装置で暖められた我々現代人の方がかえって物凄く感じ取れるかも知れない。しかし、実際は寒中に汲上げた井戸水などは逆に温かく感じるものなのだが、そんな感覚を我々はもう忘れかけてしまっている。


  見てさへや惣身にひびく寒の水   小林一茶
  ひたひたと寒九の水や厨甕   飯田蛇笏
  すいと来て浮かぶ藁すべ寒の水   田村木国
  掌の窪に死水ほどの寒の水   斉藤玄
  焼跡に透きとほりけり寒の水   石田波郷
  寒の水念ずるやうに飲みにけり   細見綾子
  寒の水ありありと身体髪膚かな   山田みづえ
  汲み上げし大地のぬくみ寒の水   成嶋いはほ
  寒の水手入れて思ひきりひらく   新谷ひろし
  のんですぐ背骨つらぬく寒の水   角川春樹

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