冬の漬物、鍋物に欠かせない野菜で、小松菜と共に日本人にもっとも馴染み深いものだが、実は日本の野菜としてはキャベツ同様、明治になって入って来た新顔である。従って江戸時代や明治初期の俳句には白菜は現れない。
幕末に鎖国が解かれ、横浜や神戸に欧米の船舶が自由に入港できるようになって、欧米人や唐人(中国人)が居留地に住むようになると、横浜では彼らの常食している野菜の栽培が始まった。キャベツ、トマト、サラダ菜、玉ねぎ、ジャガイモなどが盛んに作られるようになり、中国からは白菜の種子がもたらされた。
キャベツやトマトなどは当時の日本人の口に合わず、一般庶民にまではなかなか普及しなかったが、白菜は漬け菜の一種として定着した。特に日清、日露戦争で中国大陸に日本の兵隊が大挙して乗り込み、この滅法旨い野菜に出会ったことが、日本国中に白菜が広まるきっかけとなった。真っ白な葉柄がすっくと立ち上がり、緑の大きな葉先がかぶさるように内側の葉を包む、日本では見たことがない野菜である。たっぷりと水分を蓄えた白い部分はしゃきしゃきした歯触りで、緑の葉先は柔らかく、全体に甘味と旨味をたたえている。
日本兵は多くが農家の二三男であったから、故郷へ持ち帰って蒔いてやるべえ、というわけで、大陸各地のいろいろな白菜の種子を懐にして凱旋した。そのため明治末年には日本各地に中国渡来の新野菜が続々と生れた。
日本人の特徴の一つは「改良」技術に秀でていることである。当時の中国で盛んに作られていた山東白菜やチーフー白菜は今のものより小型で葉先が開いた半結球状だったらしい。一方、華北から旧満州地方には筍白菜という背の高い白菜があった。そういう各種の白菜を交配しては選抜し、大正から昭和初年になると、本家の中国には見られない、大型でぎっしりと中身の詰まった完全結球の白菜を生み出した。特に宮城、愛知、石川三県で盛んに白菜が栽培され、それぞれ独自の品種改良に励んだ。
今日のようにバイオ技術が発達していない当時、品種改良するには突然変異による優秀品種の出現に頼るか、選抜育種という根気のいる方法しかなかった。選抜育種というのは沢山の親株から優良品種を選び出して栽培し、それを交配して出来た種子を蒔いて育て、さらにその中の優秀な株に実った種子を育てることを繰返す方法である。
ところが白菜はアブラナ科の野菜だから春になると菜の花が咲き、蝶が飛んで来て花から花へと授粉活動をする。つまり簡単に自然交配してしまう。これでは優良品種を掛け合わせる選抜育種は不可能である。どうにかして蝶が飛んで来ない所で隔離栽培しなければならない。ビニールハウスなど無い時代だから、蝶を寄せ付けない栽培場所を確保するのは容易ではない。その点、地の利を得たのが宮城県で、松島で品種育成を行った。松島湾に浮かぶ蝶のいない無人島で白菜を栽培し優良品種を生み出したのである。
今では日本全国で栽培されている白菜は百五十種類にも上るという。こうして日本で生れた優良品種の種子が中国本土や朝鮮半島に持ち込まれ、もちろんそれぞれの国でも土地に合った品種改良が行われたのであろう、今では東アジア独特の「白菜文化圏」とでも言うべきものが生まれている。
今日出回っている白菜の主流はどっしりとした大型の円筒形のものだが、葉と葉がきつく締まり頭部がとんがった砲弾型もある。胴部は締まっているが上部が開いている半結球山東菜というのもあり、関東地方で主に栽培され漬物用にされる。また、中国人が好むタケノコ白菜というのもある。これは長円筒形でまるで筍のように伸び、長いものは高さ一メートルにもなる。普通の白菜に比べて白い部分も青い部分もしっかりしていて煮崩れせず、炒め物や煮物にいいというので、近ごろはぼつぼつ日本でも作られるようになった。
さらに最近の核家族化を反映して、小人数の家庭でも食べ切れるようなミニ白菜というものも生れた。これは育ち損ないというわけではなく、普通の白菜が三、四キロになるのに、一キロ程度で成長が止まってしまう結球白菜である。もう一つの変わり種はヘアレス白菜。白菜はよく観察すると葉に細かな毛が生えているが、生食用にはこれが邪魔になるので無毛の品種が生み出されたのだ。白菜とキャベツの良い点を結集したという触れ込みで平成七、八年頃だったか、白藍(はくらん)というのが話題を呼んだが、これと似通っている。
この他、広島特産の旨い漬物になる広島菜、東京の江戸川、荒川一帯で盛んに作られ、べか舟で都心に運ばれたところから名付けられたベカ菜、やはりこの辺一帯から下総にかけて栽培され、漬物やお浸し、煮浸しになる白軸浅緑色の間菜(真菜)などは結球しない白菜である。
白菜の旨さを一番引き出しているのは塩漬けであろう。その歯触りと白と黄緑の美しさ、塩辛い中にもほのかな甘味が得も言われない。戦前から戦後も昭和四十年代までは、白菜は塩漬けとしての用途が主流だった。
しかし、最近は漬物を作る家庭が激減してしまった。何しろたった一株の白菜でも四つ割りにして漬込むにはかなり大きな桶が必要だし、五キロ以上の重石が要る。漬込んだ翌日か翌々日、水がある程度上って来たところを見計らって、互い違いになった上下を丁寧に積み替える。これが秘訣の一つなのだが、若い奥さん連中はそんな面倒臭いことは願い下げだと言う。それに近ごろの家庭のキッチンは暖房が行き届いているから、白菜が十分に漬かるまでにカビが浮いてきたりする。それで白菜漬けはもっぱらデパートの地下で購入ということになる。ただ、白菜の塩漬けは発酵しやすく味の変化が激しいので、それを抑えるため市販のものは往々にして薬品添加物や人工調味料などを入れているから、本来の味が損なわれていることがある。
やはり出来れば自家製白菜漬けを作りたい。大きな台所や漬け樽を置く物置などがなくとも、マンション住まいでもちゃんとした白菜漬けが簡単に出来る。まず金物屋かデパート台所用品売場でプラスチック製のネジ式中ぶたのある小型の漬物器を買込み、冷蔵庫の中にこの容器が入るスペースを確保する。多分この容器だと白菜を四つ割りにしたものが一つしか入らないだろう。
四つ割り白菜の根元の所に一ヶ所包丁で軽く切れ目を入れて一昼夜ベランダに干しておく。一方、白菜の重さの三%ほどの塩(三十から四十グラム程度)と、唐辛子一本、無ければ七味唐辛子、水カップ五杯に酢を三分の一杯混ぜた酢水を用意して、いよいよ漬込み。容器の底にぱらぱらと塩を振り、白菜を横たえる。四つ割りのままではうまく入らない場合は切り込みのとろから裂けば八つ割になるからそれを互い違いに並べる。葉っぱの先がネジ蓋からはみ出しても気にしなくていい。そこへ残りの塩をまんべんなく振り、唐辛子を放り込み、酢水を白菜の嵩の半分くらいまで注ぎ(白菜の水分を染み出させる呼び水)、蓋をはめ込みネジ蓋をぎりぎりとねじ込み、冷蔵庫に納める。
翌日、蓋を開けると白菜は全体にしんなりとしているはずだ。はみ出していた葉っぱが漬け汁に浸かるようひっくり返す。元通り蓋をしてネジは最初のようにきつく締めず、白菜がすれすれに水をかぶる程度に締めてまた冷蔵庫に格納する。四、五日で新鮮な白菜漬けが食べられる。漬けて十日目くらいが一番美味しいように思う。これを繰返せば年中白菜漬けが食べられる。漬込む時に昆布の切れ端やユズの皮を削いだのを入れて置くと風味豊かな白菜漬けになる。
食べ忘れて漬かり過ぎた白菜漬けはざくざくと切り、水を絞って市販のキムチの素をからめて半日ほどなじませると旨いキムチができるし、細かく刻んだものを、刻みニンニクとともに豚の小間切れを炒めると酒肴にもおかずにもなる。これをチャーハンの具にするとなかなか旨い。
漬物の話はこのくらいにして、今日、白菜の利用方法として最も多いのは鍋物用であろう。牛鍋(すき焼)以外のあらゆる鍋物に白菜は合うようである。すき焼の白菜だって美味しいという人もいるが、どういうわけか私はすき焼に白菜は合わないような気がする。水っぽくなってしまうせいかも知れない。
どんな鍋でも出汁や主人公である魚肉の持つ味わいが薄まってしまうと、物足りない感じになる。これを防ぐために、白菜をあらかじめ熱湯に潜らせて置くのも一法である。ただしこの下茹でに時間をかけ過ぎると白菜の歯触りと旨味が抜けてしまって、どうにもならない。
とにかく白菜は淡泊な味で、自己主張しないから、どのような料理の素材にもなるはずである。漬物、鍋物が主な用途になっているが、炒め物にもなるし、スープの身にもなる。白菜は歯触りが身上ではあるが、いっそくたくたに煮たものも、これはこれで旨味が出る。白菜を鳥ガラスープでじっくり煮込み、茹で鶏のほぐし身や刻みベーコンあるいはハムを入れ、葛でとろみをつけて仕上げにごま油と醤油を少し垂らし、刻み青ねぎをぱらりと振る。生姜のしぼり汁を少し垂らすのもいい。ちょっとした風邪なぞいっぺんに直ってしまう。
市販のクリームスープの缶詰を鍋に空け、牛乳と水で薄め(増量し)、そこにざく切りの白菜をぶち込んで煮込む。あればハムの切れ端かベーコンでも入れて数分煮込み、塩と胡椒で味を整えれば、素敵な白菜クリームシチューが出来上がる。残業帰りの疲れた時でもこのくらいなら出来るだろう。食べ残したら、そのまま置いておき、翌朝固まっている上から湯か牛乳を少し注いで火にかけてかき回す。一晩置いた白菜シチューは白菜がとろりとなっていて、一層旨味が増した感じである。これをすすり込めば、元気百倍、満員電車の中で目を通す日経新聞の味気ない記事もかなり生き生きとして来る。
白菜を長さ五センチくらいに切り、それを葉脈に沿って(縦方向に)細く切り、ざるに入れて塩をぱっと振りかけてざっと揉み、上から熱湯をかけるか、鍋に沸かした湯にさっと潜らせる。ぎゅっと絞って水分を落し、好みのドレッシングを振りかけて食べる。口当たりのさっぱりしたサラダになる。最初に切る時、両脇の緑の葉っぱの部分をはずし白い部分だけにして同じ工程を踏み、辣油入り酢醤油をかけて三〇分ほど馴染ませれば、中華料理の前菜辣白菜(ラーパーツァイ)が出来上がる。
白菜を抱へゆく肘やはらかく 石原 舟月
白菜の一枚づつの白さの差 阿波野青畝
洗はれて白菜の尻陽に揃ふ 楠本 憲吉
洗ひ上げ白菜も妻もかがやけり 能村登四郎
白菜をさつくさつくと鍋用意 高木 晴子
白菜のきくきくと漬けこまれけり 石原 沙人
白菜洗ふ一切洗ふ女の子 中村 明子
白菜を赤子のやうに抱いてくる 野木 桃花
白菜を紙にくるめば吉良の首 島津 城子
白菜の一株にして一かかへ 吉田きよ子