冬温し(ふゆぬくし)

 寒いものと決まっている冬の最中に、ふと暖かい日が訪れると、ほっとして、幸せな気分になる。これを俳句では「冬暖か」とか「冬暖」という季語にしている。しかし「ふゆあたたか」というのはあまり口調が良くないし、「とうだん」もこなれない響きである。そこで「冬ぬくし」と詠まれることが多い。

 十二月に入ると日本列島上空は西高東低の冬型の気圧配置に被われ、北風あるいは北西風の吹き荒ぶ寒い日々が多くなる。関東地方の平野部ではからっ風は吹くものの概して天気は良い。これに対して日本海側は雪が多くなる。

 また日本付近を周期的に低気圧が通過するようになり、そこを目がけて北極やシベリアあたりから寒気団が流れ込み、一気に寒くなる。時には太平洋岸にも大雪を降らせたり、暴風雨をもたらしたりする。寒波の襲来である。

 ところがどうかした拍子にこうした冬型の気圧配置が崩れ、日本上空に寒気が流れ込まない状態になることがある。無風状態、時には南寄りの風が吹いたりして、ぽかぽかと暖かくなる。これが「冬ぬくし」である。

 「冬ぬくし」と同じような感じを言う季語に「小春日和」がある。「小春」は陰暦十月の異称。今日のカレンダーで言えば十一月から十二月初め、つまり初冬の頃、急に冷え込む日がやって来たなと思ったら、二三日後にまるで春のようなぽかぽか陽気が舞い戻ることを言う。これに対して「冬ぬくし」という季語は冬全体を通してのもので、時には一月の寒中でも、うらうらとした陽気になれば用いることができる。ただし十一月、十二月あたりの「冬ぬくし」は「小春」と当然重なって来る。この場合「小春日和」と詠むか、「冬ぬくし」とするかは、作る句の中に置いて、語感のぴったりする方を選ぶことになる。

 この十年ばかり、暖かい冬が続いている。冬型の気圧配置が長続きせず、寒気団が日本列島上空に流れ込んで来ないのだ。ペルー沖から中部太平洋赤道海域の海面付近の水温が高くなるエルニーニョ現象が発生した次の冬は暖冬になると言われているが、近ごろはこのエルニーニョ現象が毎年のように起こる。どうやら地球温暖化により暖冬現象が定着してしまったようである。

 温い冬は有難い。厚いコートなどを着る必要がないので身軽になってせいせいするし、日中はヒーターをつけずに済むから電気代の節約にもなる。白菜や大根などの冬野菜が大いに育って安く手に入るのも嬉しい。

 しかし手放しで喜んでばかりもいられない。暖房器具や冬物衣料が売れず、スキーや雪を売物にした観光地は客が激減ということで、関連業界が打撃を受ける。さらには降雪量の減少による春夏の水不足による農作物への悪影響といった事態も招く。また、暖冬になるとかえってインフルエンザや風邪がはやり、食中毒や得体の知れない病気がはびこる危険性も出て来る。普通なら冬に死んでしまうはずの蚊や蝿、ゴキブリなどの害虫が元気に生き残ってしまうという問題もある。とにかく雪も降らず氷も張らず、生ぬるい冬の日が続くと大地震でも起きはせぬかと余計な心配までするようになる。

 ぜいたくを言うようだが、冬はやはり冬らしくあって欲しい気がする。あまり長期間ひどく寒いのは困るけれど、十二月から一月にかけて時には身が引き締まるような寒さがあっても良かろう。それでこそ、時折訪れる「冬温し」という天恵に感謝する気分が湧いてくる。


  冬ぬくく地の意にかなひ水移る    飯田 蛇笏
  冬ぬくし海をいだいて三百戸     長谷川素逝
  暖冬や砂丘をのぼる身の重さ     秋元不死男
  校庭の柵にぬけみち冬あたたか    上田五千石
  大仏殿映りゐる水冬暖か       広谷 春彦
  子規遺墨漱石遺墨冬ぬくし      後藤比奈夫
  山々に坂が寝そべり冬ぬくし     佐藤 和枝
  茶畑の丘まろやかに冬ぬくし     道山 昭爾
  冬ぬくし菜畑の色の豊かなる     植木千鶴子
  冬暖か鶏舎のたまごころげ出る    近藤 静輔

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