冬帽子(ふゆぼうし)

 「冬帽」と詠まれることもある。夏帽子が日焼けや暑熱を防ぐ役目であるのに対して、冬帽子はもちろん防寒用である。しかし近代以降はもっぱらファッションとしてかぶる傾向が強くなった。

 防寒用の帽子の起源はかなり古いようだ。1990年代の初めにイタリーとオーストリアの国境近くのアルプスで凍結状態で発見された5000年前の男、アイスマンも確か頭巾状のものをかぶっていたように思う。これはもしかしたら記憶違いかも知れず、間違っていたらあやまるしかないが、古代中国の壁画や石刻画には帽子をかぶった人物がたくさん出て来るから、帽子の起源が古いことだけは確かである。

 帽子は防寒用から出て来たに相違ないが、やがて夏の強い直射日光を防ぐためにもかぶられ、時がたつにつれて戦闘時に頭部顔面を保護するものともなり、それと同時に身分や位を示す印ともなっていった。そうなるといろいろな形状の帽子が生まれ、さまざまな装飾がほどこされるようになって、兜や冠が出来る一方、日常生活での洒落た装身具としての帽子が生れる。また、軍隊では統一と団結を維持するために軍帽が支給され、それを見習って学校も制帽を作るようになった。さらに、野球選手がチームのロゴマークをつけた帽子(野球帽)をかぶったり、工場従業員や宅急便の配達員が企業の社章入りの作業帽をかぶるなど、実用兼宣伝用に用いられる帽子も出現した。

 中世から近世にかけてヨーロッパでは帽子が著しい発展を遂げ、いろいろな形が生れた。身分や職業によってかぶる帽子が決まってきた。そして19世紀に入ると上流階級の第一礼装用にシルクハットが、正装用として山高帽が生れた。紳士の略装用としては中折れのソフトが用いられるようになった。これらが明治時代に日本に輸入されて、羽織袴に山高帽といった珍奇なスタイルが出現した。

 日本にも昔から頭巾や笠という形の帽子があり、女性は綿帽子というものをかぶった。北国の冬場には雪帽子が欠かせなかった。

 ただ、俳句で詠まれる帽子は明治以降に入って来た西洋起源のものである。特に冬帽子と言えば、フェルト製、毛糸、毛皮で作られたもので、代表的なのはソフト、ハンチング(鳥打帽)、ベレー、スキー帽などがある。

 今日では帽子をかぶらない人の方が圧倒的に多いが、気のせいか、この数年帽子着用の人が増えてきたように思える。若者に野球帽のようなものをかぶる人が多くなり、それらが中年になるにつれ、ソフト帽を手軽にしたような元々は登山用、ハイキング用だった町歩き用の帽子を違和感なくかぶるようになったせいではないか。

 その当否はさておき、帽子をかぶると、なんとなくいつもとは違った感じになる。「禿げ隠し」などとひやかす向きもあるが、帽子をかぶるとゆったりした気分になる。かぶりつけてしまうと、それがないと頭がすーすーしてどうにも落ち着かなくなる。


  雪晴れてわが冬帽の蒼さかな   飯田蛇笏
  労咳の頬美しや冬帽子   芥川龍之介
  毛糸帽わが行く影ぞおもしろき   水原秋櫻子
  冬帽を火口に奪られ髪怒る   山口誓子
  抓みどこつまみて父の冬帽子   永井東門居
  同門のよしみも古りぬ冬帽子   細見綾子
  くらがりに歳月を負ふ冬帽子   石原八束
  冬帽や他人のごとき夫の眉   佐藤まさ子
  冬帽の中に言ふこと充満す   岩田昌寿
  少し重さう妃殿下の冬帽子   恒川絢子

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