アブラナ科の一年草。秋蒔きで春に収穫するものも多いから越年草と言った方がいいかも知れない。大根ほど日本人に親しまれている野菜も無い。中央アジア原産と言われ、日本には有史以前に中国からもたらされ、こぼれ種から増えていったのであろう、奈良時代には既に半ば野生化した大根が各地に広がっていたらしい。これが「すずしろ」という名前で春の七草に取り込まれている。もちろん栽培もされていたようで、大根(おおね)と呼ばれていた。この「おおね」をいつの間にか音読みして「だいこん」と呼ぶようになって、これが正式名称になった。
大根と言えば冬に出回るもので、だからこそ冬の季語になっているのだが、利用範囲の広い野菜だけに、これを何とか夏場にも作ることができないかと農業関係者は苦心を重ねた。その結果、昭和の初め頃には「時無し大根」というのが生まれ、夏場にも大根の形をしたものを出荷できるようになったが、筋張っていて辛味がきつく、旨味が無くて評判が悪かった。しかし今では品種改良や栽培方法の進化で、年中それなりのものが食べられるようになった。
大根は90パーセント以上が水分で、ビタミンCやジアスターゼに富み、食感がいい。大根おろし、なます、浅漬けと生で食べて良し、煮て良し、切り干し大根も旨いし、何と言っても沢庵漬けは漬け物の王様である。冬の味、おでんは大根が無くては成り立たない。さらに、大根は今や日本ばかりではなく、アジア諸国はもとより欧米各国でもサラダやスープなどにして盛んに食べられている。外国で売られている大根の中でも人気の高いのが、ジャパニーズラディッシュと呼ばれる日本型の真っ白な大根である。
古来野菜の王者とされて来ただけに、大根には種類が多く、大概はその主産地の名前がつけられている。今日、全国的に普及している首が緑色ですらりと細長い青首大根は元々は愛知県西春日井郡宮重村で生まれた宮重大根である。形はそれによく似ているが首から尻尾まで真っ白で煮大根にも沢庵漬けにも向くのが練馬大根、厳寒期に出回りやや中膨れで風呂吹き大根やおでんに好適な三浦大根、千枚漬けにする京都の聖護院大根、ごく細くて長さが1メートルにもなり粕漬けにする岐阜県の守口大根、もっぱら煮物用の鹿児島の桜島大根、強烈な辛味が身上の滋賀県坂田郡の伊吹山大根(鼠大根)といったぐあいである。この他まだまだ地名のついた大根はたくさんあり、地元の人たちが自分の所の大根が一番旨いと自慢するのもこの野菜の特徴である。
通常は立秋が過ぎた頃に種を蒔き、芽が出ると混んだところを間引いて、だんだんに間隔を広げて行き、散開する葉が隣りの苗に触れ合わないくらいにして大きく育てる。芽生えて間もなく最初に間引きをしたものが本当の「貝割れ菜」だが、現在売られているカイワレはビニールハウスなどで促成栽培されたものである。
10月半ばになると収穫期に入り、11月から12月にかけてが最盛期となる。放っておくと大根にスが入ってしまうから、収穫期になると大わらわで引き抜く。これにはコツがあり、腰の使い方が難しい。熟練のお百姓が大根を引き抜く様子は、眺めているとなかなか面白いので、「大根引」という季語が生まれた。
大根畑の端には丸太を組合せた大根掛けが作られ、引き抜いた大根を数本ずつ束ねて振り分けに掛けて干す。この「大根干す」が昔の冬の農村の一風景だったが、今日では沢庵の消費量が減ったせいか、大根は生で出荷されることが多く、大根干しがあまり見られなくなった。
このように耕作・収穫風景から食膳に上るまで、日本人の暮しになじみ深い大根だが、和歌にはほとんど詠まれなかった。あまりにも生活臭、土俗味が強すぎて、雅趣を重んじる和歌では料理しきれなかったのであろう。俳諧では逆にこれが強みになって、盛んに詠まれるようになった。ただし初期の頃は、もっぱら「大根引き」「大根干し」が冬の風物詩として取り上げられ、「大根」そのものより先に季語に取り上げられている。蕉門一派から次第に大根を主役にした句が出て来るようになった。古句では「だいこ」と読ませることが多く、現代俳句でも口調の関係で「だいこ」とする場合がある。
現代俳句でも大根はその庶民的な雰囲気が生活実感をうたうのに格好の素材であるため、とても人気がある。
大根を引き抜かずに放っておくと、年が明けて晩春に薹が立ち花が咲く。アブラナ科だから菜の花と同じような形の十字花で、紫がかった白色の、ちょっと寂しいが美しい花である。これは春の季語になっている。これとは別に「花大根」という紫色の花もある。中国からの帰化植物で江戸時代には「諸葛菜」と呼ばれて観賞用にもてはやされ、俳句にも詠まれて春の季語に取り立てられた。昭和30年代からこれがまた人気をあつめ、ムラサキハナナとも呼ばれてあちこちに蒔かれた。極めて丈夫な植物でこぼれ種でどんどん増える。近ごろは半ば野草化して晩春から夏にかけて至る所で紫色の花をつけている。これも大根の仲間である。
流れ行く大根の葉の早さかな 高浜虚子
煮大根を煮かへす孤独地獄なれ 久保田万太郎
ぬきん出て夕焼けてゐる大根かな 中田みづほ
ダンサーに買はるしなしなと大根 秋元不死男
大根を葉でぶらさげて湖渡る 平畑静塔
死にたれば人来て大根煮きはじむ 下村槐太
寝不足や大根抜きし穴残る 鈴木六林男
身をのせて桜島大根切りにけり 朝倉和江
母在りし夜もかかる香に大根煮る 小堀弘恵
ニューヨークに刻む大根膾かな 藤谷令子
アブラナ科の一年草。秋蒔きで春に収穫するものも多いから
越年草と言った方がいいかも知れない。大根ほど日本人に親し
まれている野菜も無い。中央アジア原産と言われ、日本には有
史以前に中国からもたらされ、こぼれ種から増えていったので
あろう、奈良時代には既に半ば野生化した大根が各地に広がっ
ていたらしい。これが「すずしろ」という名前で春の七草に取
り込まれている。もちろん栽培もされていたようで、大根(お
おね)と呼ばれていた。この「おおね」をいつの間にか音読み
して「だいこん」と呼ぶようになって、これが正式名称になっ
た。
大根と言えば冬に出回るもので、だからこそ冬の季語になっ
ているのだが、利用範囲の広い野菜だけに、これを何とか夏場
にも作ることができないかと農業関係者は苦心を重ねた。その
結果、昭和の初め頃には「時無し大根」というのが生まれ、夏
場にも大根の形をしたものを出荷できるようになったが、筋張
っていて辛味がきつく、旨味が無くて評判が悪かった。しかし
今では品種改良や栽培方法の進化で、年中それなりのものが食
べられるようになった。
大根は90パーセント以上が水分で、ビタミンCやジアスターゼ
に富み、食感がいい。大根おろし、なます、浅漬けと生で食べ
て良し、煮て良し、切り干し大根も旨いし、何と言っても沢庵
漬けは漬け物の王様である。冬の味、おでんは大根が無くては
成り立たない。さらに、大根は今や日本ばかりではなく、アジ
ア諸国はもとより欧米各国でもサラダやスープなどにして盛ん
に食べられている。外国で売られている大根の中でも人気の高
いのが、ジャパニーズラディッシュと呼ばれる日本型の真っ白
な大根である。
古来野菜の王者とされて来ただけに、大根には種類が多く、
大概はその主産地の名前がつけられている。今日、全国的に普
及している首が緑色ですらりと細長い青首大根は元々は愛知県
西春日井郡宮重村で生まれた宮重大根である。形はそれによく
似ているが首から尻尾まで真っ白で煮大根にも沢庵漬けにも向
くのが練馬大根、厳寒期に出回りやや中膨れで風呂吹き大根や
おでんに好適な三浦大根、千枚漬けにする京都の聖護院大根、
ごく細くて長さが1メートルにもなり粕漬けにする岐阜県の守口
大根、もっぱら煮物用の鹿児島の桜島大根、強烈な辛味が身上
の滋賀県坂田郡の伊吹山大根(鼠大根)といったぐあいである。
この他まだまだ地名のついた大根はたくさんあり、地元の人た
ちが自分の所の大根が一番旨いと自慢するのもこの野菜の特徴
である。
通常は立秋が過ぎた頃に種を蒔き、芽が出ると混んだところ
を間引いて、だんだんに間隔を広げて行き、散開する葉が隣り
の苗に触れ合わないくらいにして大きく育てる。芽生えて間も
なく最初に間引きをしたものが本当の「貝割れ菜」だが、現在
売られているカイワレはビニールハウスなどで促成栽培された
ものである。
10月半ばになると収穫期に入り、11月から12月にかけてが最
盛期となる。放っておくと大根にスが入ってしまうから、収穫
期になると大わらわで引き抜く。これにはコツがあり、腰の使
い方が難しい。熟練のお百姓が大根を引き抜く様子は、眺めて
いるとなかなか面白いので、「大根引」という季語が生まれた。
大根畑の端には丸太を組合せた大根掛けが作られ、引き抜い
た大根を数本ずつ束ねて振り分けに掛けて干す。この「大根干
す」が昔の冬の農村の一風景だったが、今日では沢庵の消費量
が減ったせいか、大根は生で出荷されることが多く、大根干し
があまり見られなくなった。
このように耕作・収穫風景から食膳に上るまで、日本人の暮
しになじみ深い大根だが、和歌にはほとんど詠まれなかった。
あまりにも生活臭、土俗味が強すぎて、雅趣を重んじる和歌で
は料理しきれなかったのであろう。俳諧では逆にこれが強みに
なって、盛んに詠まれるようになった。ただし初期の頃は、も
っぱら「大根引き」「大根干し」が冬の風物詩として取り上げ
られ、「大根」そのものより先に季語に取り上げられている。
蕉門一派から次第に大根を主役にした句が出て来るようになっ
た。古句では「だいこ」と読ませることが多く、現代俳句でも
口調の関係で「だいこ」とする場合がある。
現代俳句でも大根はその庶民的な雰囲気が生活実感をうたう
のに格好の素材であるため、とても人気がある。
大根を引き抜かずに放っておくと、年が明けて晩春に薹が立
ち花が咲く。アブラナ科だから菜の花と同じような形の十字花
で、紫がかった白色の、ちょっと寂しいが美しい花である。こ
れは春の季語になっている。これとは別に「花大根」という紫
色の花もある。中国からの帰化植物で江戸時代には「諸葛菜」
と呼ばれて観賞用にもてはやされ、俳句にも詠まれて春の季語
に取り立てられた。昭和30年代からこれがまた人気をあつめ、
ムラサキハナナとも呼ばれてあちこちに蒔かれた。極めて丈夫
な植物でこぼれ種でどんどん増える。近ごろは半ば野草化して
晩春から夏にかけて至る所で紫色の花をつけている。これも大
根の仲間である。
流れ行く大根の葉の早さかな 高浜虚子
煮大根を煮かへす孤独地獄なれ 久保田万太郎
ぬきん出て夕焼けてゐる大根かな 中田みづほ
ダンサーに買はるしなしなと大根 秋元不死男
大根を葉でぶらさげて湖渡る 平畑静塔
死にたれば人来て大根煮きはじむ 下村槐太
寝不足や大根抜きし穴残る 鈴木六林男
身をのせて桜島大根切りにけり 朝倉和江
母在りし夜もかかる香に大根煮る 小堀弘恵
ニューヨークに刻む大根膾かな 藤谷令子