クリスマス

 キリスト降誕祭。12月25日(東方正教会では1月6日)。クリスマスは英語で「キリストのミサ」の意。ギリシャ語のキリスト(クリストス)の頭文字XをとってXmasとも書く。ドイツ語ではヴァイナハテン、フランス語でノエル、イタリア語でナターレ。前の晩がクリスマスイヴで、日本の非キリスト信者はむしろこの前夜祭をクリスマスと理解しているようでもある。

 季語になったのは大正時代以降で、「クリスマス」「降誕祭」、イヴを「聖夜」、クリスマスツリーを「聖樹」、クリスマスケーキを「聖菓」とも詠む。しかし、昭和に入ってしばらくすると、軍国主義、国粋主義の台頭につれて、キリスト教は迫害とまではいかないが何となく遠慮せざるを得ないような雰囲気になった。ことに第2次大戦に突入するころには、クリスマスなどとんでもないという感じであった。当然、これを俳句に詠む人も影を潜めた。

 戦後はその反動で、また、アメリカのものは何でも素晴らしいという風潮に乗って、街にはジングルベルの曲が流れ、信者でもない人間がツリーを飾り、子供たちにサンタさんのプレゼントを買い与え、男たちはどんちゃん騒ぎにうつつを抜かした。俳人たちもクリスマスや聖夜の句を盛んに作るようになった。

 こういう流れをたどってみると、クリスマスが季語として定着したのは、昭和20年以降と言った方がいいかも知れない。

 イエスが生れたのは紀元前7年頃と言われているが、生れた日にちも正確には分かっていない。ヘロデ王治政下のユダヤのベツレヘムで、ガリラヤの大工ヨセフとマリアとの間に生れた。ちょうどこの頃、ローマ皇帝アウグストスが支配地域全住民に登録を強制する勅令を下したため、ヨセフとマリアは生れ故郷のベツレヘムへ行った所で産気づき、イエスが生れたという。

 クリスマスを祝う習慣が定着したのは4世紀半ば頃で、ゲルマンの冬至祭ユールやローマのサトゥルヌス祭はじめ、各地のいろいろな祭りが混合して出来上がったものだと言われている。

 冬至というのは1年で最も日が短く暗い季節だが、逆にこの日からまただんだんと日が伸び始める「再生の日」でもある。これを祝う習俗は日本にもあり、欧州にもある。クリスマスもこういう土俗と結びついた、静かで素朴な祭りであっただろう。それが、教会権力が増すにつれ、教会が自らを権威づける手段として、クリスマスをきらびやかに、荘厳なものにする動きが出てきた。そして時代が下るにつれてますます派手になり、町中を飾り付けたり、サンタクロースが登場したり、贈り物をし合ったりと、お祭り騒ぎの要素が付け加わっていった。

 日本におけるキリスト教は、欧米のキリスト教国の人たちの、生活に根差しているキリスト教とちょっと雰囲気が違うような感じがする。明治維新で禁教が解かれ、以来百数十年たっているのに、まだ何となく借り物のような、お行儀の良さを残している。新教、旧教を問わず、日本人のキリスト教信者はおおむね真面目で、信仰活動はもちろん、いろいろな社会活動に奉仕すること、他宗教の信者の比ではない。そこがまた、非信者には何となく近づき難い感じを抱かせたり、そこまでいかなくとも、何か自分とは違う世界に生きている人たちだという感じを与えてしまう。このあたりが、生れると同時にキリスト教という欧米諸国民と違うようである。

 俳句でクリスマスや聖夜が詠まれる場合にも、そうしたことが現れて来るようである。信仰に基ずいてクリスマスを讚えるという句は少ない。洞察力の鋭い俳人は、たとえクリスチャンではなくとも、クリスマスの雰囲気を十分汲み取ることが可能で、その気持を詠み込んだ佳句はかなり見受けられるのだが、やはり傍観者の作品である。クリスマスというものが俳句に溶け込んでいないということなのであろう。ほとんどの句が、クリスマスを単に季節を感じさせる言葉として用い、観察者としての感懐を託すという形である。

 また、クリスマスの句には「雪」を伴うものがしばしば見受けられる。絶妙な形で雪を配すれば、なるほどいかにも聖夜の気分が溢れ出す。しかし、雪の助けを借りないとクリスマスの感じが出ないということであれば、それは季語としての「クリスマス」が全然働いていないことになり、雪の句ということになってしまうであろう。さらに、異教徒どもの救い難き馬鹿騒ぎを素材にした句も少なくないが、これは一種の紋切り型に陥ってしまうことが多く、あまり上等の句にはならないようである。


  聖樹灯り水のごとくに月夜かな   飯田蛇笏
  雪の戸の堅きを押しぬクリスマス   水原秋櫻子
  胡桃など割ってひとりゐクリスマス   山口青邨
  陳氏来て家去れといふクリスマス   西東三鬼
  クリスマスゆき交ひて船相照らす   加藤楸邨
  天に星地に反吐クリスマス前夜   西島麦南
  雪を来し靴と踊りぬクリスマス   山口波津女
  裏町の泥かがやけりクリスマス   桂信子
  ヴェール着てすぐに天使や聖夜劇   津田清子
  往診や聖夜の雪につつまれて   新明紫明
  地下道を迷ひて出づる聖夜かな   土橋たかを
  掃除機に聖樹の星のつまりけり   神谷美枝子

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