晩秋の夜分、ふと寒さを覚えることがある。これを「夜寒」と言い、平安時代から使われていた古い言葉である。もちろん和歌にも、俳諧にもさかんに用いられた。いよいよ秋も終り、きびしい冬が迫ってきたなあという感慨を抱かせる。
夜寒に対して「朝寒」という言葉もあるが、どちらも日中の暖かさに対してぐんと気温が下がる晩秋ならではの現象を言ったものである。「夜寒」「朝寒」とも晩秋の季語とされているが、「寒き夜(あるいは朝)」「夜寒し」と言った場合は冬の季語になってしまう。このあたりの微妙なニュアンスの違いが「夜寒」という季語には込められている。
とにかく10月末から11月初めともなると日中と夜間の気温変化は激しく、関東地方でも10数度の開きがめずらしくない。この気温の日較差の激しさが木々の葉を色づかせもする。北国では初雪の便りや白鳥の飛来が盛んに報じられ、山々は赤や黄に彩られる。東京近辺でもそろそろ木枯らしが吹き、時雨があり、木の葉が舞い始める。かと思えば、よく晴れて暑いくらいの日があったりする。こういう晴天の日は陽が沈むと途端に温度が下がり、肌寒さを感じる。このように目まぐるしく変る日ごとの天気や気温変化、それによって四囲の景色が日を追って変ってゆくのが、この時期の特徴である。
自然環境のこうした変化は人をして何か物思わせることとなり、「もののあはれ」を抱かせる。夜寒という季語にはそういった気分がつきまとう。
病雁の夜さむに落ちて旅寝かな 松尾芭蕉
欠け欠けて月もなくなる夜寒かな 与謝蕪村
椎の実の板屋を走る夜寒かな 加藤暁台
咳く人に素湯まゐらする夜寒かな 高井几董
次の間の灯で飯を喰ふ夜寒哉 小林一茶
母と二人妹を待つ夜寒かな 正岡子規
掻きあはす夜寒の膝や机下 杉田久女
鯛の骨たたみにひらふ夜寒かな 室生犀星
あはれ子の夜寒の床の引けば寄る 中村汀女
山の薯つるりと夜寒はじまりぬ 鷲谷七菜子