10月になると北方から鳥たちが続々と日本列島にやって来る。渡り鳥である。鶴や雁、鴨など大きな鳥の場合は、「渡り鳥」とも言うが、「鶴来る」「雁渡る」「鴨渡る」「初鴨」などと、それぞれの名を冠した独立の季語にもなっている。一方、ヒワ(鶸)、ツグミ(鶫)、ジョウビタキ(常鶲)、レンジャク(連雀)など小さな渡り鳥はひとまとめにして「小鳥来る」という季語になっている。「小鳥来る」は「鳥渡る」「鳥雲(ちょううん・とりぐも)」とともに「渡り鳥」の傍題としている歳時記が多い。
ちなみに俳句では「小鳥」も秋の季語とされているが、これも秋に大群で北国から渡って来る様子が印象的だったからであろう。ただし最近は春、夏、冬の句に「小鳥」という言葉がしばしば使われており、「小鳥は秋の季語」という定説はほとんど無視されたかたちである。同様に、小鳥たちが大群を作り、まるで雲のようになって渡って来るさまを言う「鳥雲」という秋の季語も、春になって小鳥たちが帰るさまを詠む「鳥雲に入る(鳥雲に)」という大きな季語があって、この方が盛んに詠まれるようになったため、「鳥雲」はすっかり廃れてしまった。
「渡り鳥」というのは季節によって生息地を変える鳥を言うのだが、それにもいろいろある。シベリアやカムチャツカ、中国北部などで繁殖し、日本で越冬するガン(雁)、カモ(鴨)、ハクチョウ(白鳥)、ナベヅル(鍋鶴)、ユリカモメ(都鳥)などを冬鳥と言い、反対に寒い間は南方で過ごし春になると日本に来て繁殖するツバメ(燕)、ホトトギス(時鳥・杜鵑・不如帰)、ツツドリ(筒鳥)などは夏鳥と言う。生物学では冬鳥、夏鳥のように、季節になると必ず遠方からやって来る鳥を「渡り鳥」という一般化した名称で言うこともあるが、正式には「候鳥」と名付けている。ただし俳句では「渡り鳥」と言えば、秋に日本に渡って来て春に帰る冬鳥だけを指している。
渡り鳥ではあるが、北から南へ長距離を渡り、日本を一時的な休息地とするシギ(鴫)、チドリ(千鳥)の類は「旅鳥」。1年中日本にいるのだが夏と秋は山地に棲み、冬になると平地や市街地に下りて来るモズ(百舌)、ムクドリ(椋鳥)、ウグイス(鴬)、メジロ(目白)といった、国内旅行しかしないのを「漂鳥」と言う。雀、烏、雉鳩、カルガモ、鷺、鵜、ウミネコなどは「留鳥」である。
「渡り鳥」は雁、鴨など大型の鳥も小鳥も含めて言い、ツグミやレンジャクなどの候鳥、ムクドリ、ヒヨドリなどの漂鳥をひっくるめて、秋もかなり深まった頃に群れをなして飛んで来る小鳥類は「小鳥来る」と分けて詠むことも多い。
昔は東京近辺の郊外にも渡り鳥の大群がやってきた。八王子の山に鳥山というのがあって、焼鳥を食べさせる茶店があった。粗末な小屋掛けのような店で、大きな囲炉裏があり、二合ほど入る尻のとがった徳利を熱い灰に埋めて燗をつけ、炙り焼きの串刺しの小鳥を頭からむしゃむしゃやるというような野趣溢れる焼鳥屋であった。
あの辺はツグミがたくさん獲れたのである。それを霞網で獲った。目に見えないほどの細い糸で編んだ縦横5、6メートルの網で、小鳥の通り道に立てて置く。はるばると北の国から飛んで来て、ようやく避寒地にたどりついた小鳥たちは一網打尽である。戦後世の中が落着いた頃、ツグミは禁猟になったから、雀の焼鳥に変った。私が行った頃も既に雀の焼鳥になっており、常連の年寄りたちが「ツグミを食わしてやりてえな」などと若者をうらやましがらせる昔話をしていた。それからもう半世紀もたっている。今では霞網も禁止されている。それより何より、渡り鳥の数が減ってしまい、空をおおうほどの大群などは見られなくなった。八王子の山も切り崩されて住宅地になり、大学まで引っ越して来たから、小鳥も寄りつかない。焼鳥屋だけは昔より一段と立派になっているが、食わせるものはもっぱらブロイラーと雀である。それもどうやら中国、朝鮮半島あたりから輸入した雀らしい。
そのもっと昔、江戸時代には東京近郊に鶴や雁、鴨が盛んに飛来し、将軍家の新年の雑煮には鶴の肉が入っていたという。明治以降、昭和も戦後間もなくまでは、さすがに鶴は見られなくなったものの、雁や鴨は大量に渡って来て、そのうちのかなりの数が捕獲され人々の口に入っていた。今では上野不忍池などが鴨でにぎわうが、飛来総数はぐんと減っているようである。シベリヤや中国奥地にも資源開発の手が伸び、渡り鳥の繁殖地が狭められ、公害がひどくなっているためらしい。
渡り鳥が来る頃の日本の空は美しい。野山も美しい。梢越しに広がる高空を夕陽を受けてシルエットになった鳥たちの群れ飛ぶさまは、まさに秋である。時にはひんやりとした冷気を感じる朝まだきの小鳥たちも、おやもう来たのかと軽い驚きと喜びを感じさせてくれる。
故郷も今はかり寝や渡り鳥 向井去来
小鳥来る音うれしさよ板庇 与謝蕪村
雀らも真似して飛ぶや渡り鳥 小林一茶
木曽川の今こそ光れ渡り鳥 高浜虚子
吹きあがる落葉にまじり鳥渡る 前田普羅
小鳥来て午後の紅茶のほしきころ 富安風生
竹河岸の竹のしづかや渡り鳥 長谷川春草
鳥渡る大空や杖ふり歩く 大谷碧雲居
渡鳥仰ぎ仰いでよろめきぬ 松本たかし
鳥わたるこきこきこきと罐切れば 秋元不死男
渡り鳥消えて欅の空残す 石塚友二