猫じゃらし(ねこじゃらし)

 本名はエノコログサという。歳時記には「狗尾草」と書いて「えのころぐさ」とルビが振ってある。しかし子供達はもちろんのこと、大概の大人も「ねこじゃらし」と呼んでいる。

 イネ科の一年草で、野原や道端、人家の庭先など至る所に生える雑草である。もの凄い成長力で、2、3月に芽生えたものが4月には青々と立ち上がり、6月頃になると高さ40センチから60センチほどになってしまう。6月下旬あたりから細かな毛をはやしたブラシ状の穂を出し始める。緑の穂はだんだんと黄褐色になり、毛の基部に直径1ミリくらいの顆粒を実らせる。それがばらばら散って、そこからまた芽を生やす。休耕田や畑は、一旦これが生え始めると手が付けられないほどに繁ってしまう。

 狗尾草というのは中国名で、エノコロは「犬っころ」ということであり、どちらも穂の形が子犬の尻尾に似ているというので付けられた名前らしい。確かにこれが風にそよいでいるところなど、子犬が喜んでしっぽを振っているように見える。しかし、じっと見つめていると、子犬のしっぽというよりは毛虫を連想してしまう。

 猫じゃらしというのは、この穂を抜き取って細い茎を持って猫の鼻先でふらふら揺らすと、虫と間違えてじゃれかかるので、こういう名前が生まれた。昔の子供たちはこうした遊びをよくやったものだが、近頃はどうであろうか。やはりニンテンドーの方が面白いと言うのではないか。あるいは道路は舗装され、狭い庭には猫じゃらしの生える余地もなく、そんな草は知らないという子が増えているかもしれない。

 イネ科植物だから馬や牛が好んで食べ、昔はこの青草を刈って飼料にしたが、今ではそんな風に利用されることもなく、無用の雑草である。大昔は飢饉の際には猫じゃらしの実も稗(ヒエ)などとともに食用にされたという。

 猫じゃらしの変種で大きな穂をつけるものをさらに改良・固定したのが粟(アワ)で、これは大切な穀物資源として古くから栽培された。稲や麦がよく育たない荒れた畑でも作れるから、重宝がられた。アワだけ炊いたのではぱらぱら、ぼそぼそして具合が悪いが、これを米にまぜて炊いたり、餅にしたりすると独特の風味が生まれて旨い。しかし今日ではアワなど作っても米と違っていろいろな補助金は出ないし、脱穀精製などに手間ばかりかかるので、栽培する農家がほとんど無くなってしまった。だからアワモチや粟ぜんざいなど、高級な食品用にわずかに作られているくらいである。というわけで今では田舎に行ってもほとんど見られなくなってしまったが、この粟畑というのは壮観で、20センチもあろうかという巨大な猫じゃらしがぶらぶらして、したたかな野良猫だって逃げ出しそうな様子であった。

 『増補俳諧歳時記栞草』(曲亭馬琴編・藍亭青藍補・堀切実校注 岩波文庫)には「犬子草」として三秋の季語として載っている。「……穂の象、狗尾。故に俗、狗尾と名く。原野・まがきに多く生ず、云々」と書いてある。さらに、エノコログサの穂を用いて子供が蛙釣をして遊んだとも述べており、昔はそんな遊び方があったようで微笑ましい。ともかく猫じゃらしは昔から子供と共にあった野草である。


  よい秋や犬ころ草もころころと   小林一茶
  猫じゃらし吾が手に持てば人じゃらし   山口誓子
  七草にもれて尾をふる猫じゃらし   富安風生
  猫じゃらし触れてけもののごと熱し   中村草田男
  猫じゃらし二人子の脛相似たり   石田波郷
  父の背に睡りて垂らすねこじゃらし   加藤楸邨
  ねこじゃらしこらへて重き露たもつ   篠田悌二郎
  城址とはゑのころ草の井戸一つ   西本一都
  ねこじゃらしあたまへ手やる癖いまも   新谷ひろし
  ゑのころの風の広さに吉野ヶ里   稲富義明

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