鵙(もず)

 日本全国にいる留鳥で1年中平野部にいるものと、秋になると山から里へ降りて来る漂鳥とがある。ヒヨドリくらいの大きさで、やはり尾が長い。頭は茶褐色、背や腰は灰色を帯びた褐色。嘴の付け根から目を通してまなじりにかけて黒い筋がある。秋の澄んだ空を背景に、高い木の枝のてっぺんにとまって、尾を上下に振りながらキキキキーッと鋭い声で鳴くのが印象的である。けたたましく、しょっちゅう鳴くので、百舌鳥とも書く。他の鳥の鳴き声を真似したりする愛嬌も持ち合わせている。

 小林一茶は「鵙の声かんにん袋破れたか」と詠んだ。澄みきった空気を切り裂くように鳴く声が、いかにも秋を感じさせるところから、江戸時代の俳人も好んで句材として取り上げた。東京あたりでも昭和40年頃まではごく普通に見られたが、都市化がどんどん進んで、今では郊外に行かなくてはお目にかかれなくなってしまった。

 小鳥のくせに鵙はかなり獰猛である。普段は昆虫やみみずなどを食べているのだが、蛙、鼠、トカゲ、時には他の小鳥まで襲う。自分より体重が重いような蛙などをつつき殺して、高い木の枝まで運び、それを枝に突き刺す。これを「百舌の速贄」と言う。秋になって初めての収穫物を神に捧げているのだという、古人の見立てである。恐らく、非常食としての備蓄なのだろうが、鵙はそれを大抵忘れてしまい、春が来てもまだ枝先に突き刺さったままになっているのを見かける。せっせとハヤニエを作っては、冬場食料不足になった時のために、他の鳥に餌を作ってやっているようなものである。

 「百舌勘定」という言葉もある。百舌が鳩と鴫と連れ立って買い食いし、15文の勘定を支払う段になると、いろいろうまいことを言って鳩に8文、鴫に7文出させ、自分は1文も出さずにすませたという昔話から出た諺で、うまく立ち回って得することを言う。しかし、ハヤニエなどを見ていると、モズはかなりお人よしのようにも思える。

 鵙の声が通る秋晴れの空が非常に印象的なところから、「鵙日和」「鵙の晴れ」という季語もある。


  百舌鳥なくや入日さし込む女松原   野澤凡兆
  汐風の中より鵙の高音かな   広瀬惟然
  百舌鳥鳴くや雲みだれ寄る槍ケ岳   水原秋櫻子
  夕鵙の雀のまねをして去りぬ   山口青邨
  夕鵙のうしろ髪引き鳴きわたる   星野立子
  かなしめば鵙金色の日を追ひ来   加藤楸邨
  鵙の贄かくも光りて忘らるる   熊谷静石
  鵙日和寺の障子の両開き   宇陀草子

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