糸瓜(へちま)

 いまさら「熱帯アジア原産のウリ科つる性一年草」などと言う必要はないかも知れないが、今どきの都会地では糸瓜が悠々と蔓を伸ばした棚などそうそうお目にかかれなくなった。ヘチマがぶらんと垂れ下がった、実際の光景を見たことがない人も多いのではなかろうか。そのくせ、年輩者はもちろん、かなり若い人でも糸瓜棚のある縁先を頭に浮かべることができるようだ。それだけ日本人には懐かしい風景として染み込んでいるのかも知れない。

 日本には一六〇〇年代初め頃もたらされたらしいが、夏の日除けにうってつけであり、黄色の花も美しく、実は垢すりやタワシになり、茎から採るヘチマ水は婦人の化粧水や咳止めになると言うことから、たちまち全国的に栽培されるようになった。

 夏になると大いに茂った葉の間から雄花、雌花が次々に咲き始め、やがて小さな実ができる。初秋にはそれが徐々に大きくなって、棚からぶら下がるようになり、しまいには長さ五、六〇センチになる。小さな実は炒めて甘辛く味噌をからめたりするとなかなか美味しいが、大きくなって来ると繊維が固くなってとても噛み切れない。

 完全に熟した実は水につけておくと醗酵して猛烈な悪臭を放つ。その頃には果肉や皮がどろどろに溶けて、中の繊維だけになるから、取り出して流水にさらし、臭気を抜いてから乾し上げる。浴用にはスポンジなどより洗い上がりがさっぱりして気持が良い。しかし、柔らかなスポンジなどに馴れた現代女性や子供たちは「痛い」と言って敬遠する。

 昔はこの糸瓜を平らに切り伸ばして重ねて糸瓜草履にしたり、靴の中敷などにもしたが、今ではもっと便利で安い工業製品に取って代られ、姿を消した。

 糸瓜の蔓が威勢よく伸びて棚の上に届き、花咲かせる時分に、根元から三〇センチばかりの所で切る。根元の方の蔓を一升瓶の口に差し込んで置くと一昼夜でほぼ一杯の少しぬるぬるする水が溜まる。ヘチマ水である。美肌を作るというので江戸時代から昭和の初め頃までは、日本女性に愛用された化粧水であった。そのままでは幾日も持たないので、ほう酸やエチルアルコールを入れて保存性を高めた化粧水が市販されていた。

 またヘチマ水は咳止め、去痰の薬としても用いられた。正岡子規が根岸の子規庵に糸瓜棚を作らせて病床からそれを眺め、咳の薬としていたことがいくつもの糸瓜の句にうかがえる。それで子規の忌日(九月十九日)を糸瓜忌とも言う。今日でも根岸の子規庵には、保存会の人たちが昔と同じ場所に糸瓜棚を作り、秋になると立派な糸瓜がたくさんぶら下がっているのが見られる。

 糸瓜は大きく長い実をぶらんとぶら下げている様子が面白いので南画や俳画の材料にもなっている。それと同時に、あまりにも野放図なぶら下がりようなので、ぶらぶらしているばかりの男を「へちま野郎」と言ったり、何の役にも立たないものを「へちまの皮」とか、馬耳東風全く意に介さない様子を「何のへちまとも思わない」などと言った。しかし本物の糸瓜がこう少なくなっては、こうした譬えも通じにくくなっているに違いない。


  堂守の植ゑわすれたる糸瓜かな      与謝 蕪村
  糸瓜咲て痰のつまりし仏かな       正岡 子規
  痰一斗糸瓜の水も間に合はず         同
  取りもせぬ糸瓜垂らして書屋かな     高浜 虚子
  長けれど何の糸瓜とさがりけり      夏目 漱石
  引落す糸瓜に思ふ我家慾し        石田 波郷
  へちま引きておどろく露のつめたさに   及川  貞
  糸瓜屋根に寝そべり下に二世帯      香西 照雄
  糸瓜やや曲り此の世は面白く       下村 非文
  糸瓜棚をこごみ癖して出勤す       小川 千賀

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