萩(はぎ)

 萩は山上憶良が詠んだ「秋の七種」の歌にも筆頭に置かれ、古来日本人がこよなく愛した秋の花の代表である。今日でも向島百花園をはじめ名園には必ず萩が植えられ、中には萩の枝を大きく伸ばしてトンネル状に仕立てたものもあり、大勢の見物客が押し寄せる。

 マメ科ハギ属の灌木の総称で、主な種類としてはヤマハギ、シラハギ、キハギ、ミヤギノハギ、マルバハギ、ツクシハギなどがある。木とは言っても年々幹を太らせることはなく、冬になると黒褐色になり枯れてしまうか、せいぜい翌年までもつかといったところである。大概は春になると根元からたくさんの新芽を生やし、楕円形の緑の葉を旺盛に茂らせながらしなやかな枝を1、2メートルほど伸ばす。木と草の中間といったところであろうか。昔の人はこれを草の仲間として「秋の七種」のひとつに数えた。

 夏の終わり頃になると枝の先の方に多数の花枝を出し、赤紫の花房を着ける。花の形はマメ科特有のいわゆる蝶型で、緑の葉とともに風に揺れる様はとても美しく可憐である。花が散る風情もまた見もので、叢状に茂った萩の株の周囲は紅紫色の毛氈を敷いたようになる。大きな屋敷や別荘の裏木戸あたりには萩が植えられることが多く、そこに萩の散りこぼれた様子が風趣豊かであるところから「萩の戸」という歌語、季語が生まれた。

 もともと日本の山野に自生する植物であり、そのなよなよとした姿に似合わぬ頑健さを持っている。マメ科植物だから根には根粒菌を持っており、自分で栄養補給できるせいであろう、どんな荒れ地にも育つ。動物が好んで食べるから耕作に適さない原野などに種を蒔いて放牧地にしたり、道路脇の斜面に種を吹き付けて生やし、土留めの役割も担う。

 秋の七種は萩、芒(尾花)、桔梗、おみなえし、藤袴、なでしこ、葛の花と、いずれもよく見ればそれぞれ特徴があって、とても美しいが、なんとなく寂しい感じである。そんな中では萩は群生してしかも一斉に紅紫の花を咲かせるから、まずまず目立つ方である。それが秋の花の筆頭に挙げられた理由かも知れない。とにかく万葉集、古今集の時代から和歌の素材としてもてはやされ、連歌に俳諧に、さらには現代俳句へと詠み継がれてきた。

 万葉集には「秋萩ににほへるわが裳ぬれぬとも君が御船の綱し取りてば」「秋の野をにほはす萩は咲けれども見るしるしなし旅にしあれば」(巻15・柿本人麻呂)、「秋の野に露負へる萩を手折らずてあたら盛りを過ぐしてむとか」(巻20・大伴家持)、「吾が待ちし秋は来たりぬ然れども萩が花ぞもいまだ咲かずける」(巻10・作者不詳)などたくさんある。また萩は「宇陀の野の秋萩しのぎ鳴く鹿も妻に恋ふらく我にはまさじ」(巻8・丹比真人)のように、妻を呼ぶ牡鹿との取り合わせとして詠まれることが多かった。そのため萩のことを「鹿鳴草(しかなきぐさ)」「鹿妻草(しかつまぐさ)」と詠むようにもなった。

 それが江戸時代後期になると萩に取り合わせる動物として猪が登場する。積極財政を取って破綻を来した老中田沼意次に変わって政権を担った松平定信は、天明7年(1787年)から寛政5年(1793年)にかけての足掛け6年にわたり、徹底的な緊縮財政を取り綱紀粛正を図った。いわゆる寛政改革である。この時、博打も徹底的に取り締まられ、その道具になっていた天正カルタや双六などの出版販売が禁止され、市中に出回っているものは没収され焼却処分になった。ところが庶民はしたたかである。「花かるた(花札)」というものを考え出した。季節の花と鳥獣を取り合わせ、四季の動植物を教える教育カルタを作ったのである。1月はめでたい「松に鶴」、2月は「梅に鶯」、12月は「桐に鳳凰」という具合である。これが爆発的人気を呼んだ。子供向けの教材とは名ばかりで、実は一(ピン)から十二(キリ)まで各4枚ずつを揃えた、天正カルタの作り替えである。男どもはたちまちこれをオイチョカブ、コイコイなどの博打道具として活用し始め、大家の奥様連中までが花合わせなどの遊びに夢中になった。

 さてその花札の7月(新暦では8月から9月に当たる)の花は萩だが、それに配する動物には猪が選ばれた。伝統に従えば鹿になるのだが、なんと言っても鹿に似合う植物は紅葉で、これは10月と決まっている。そこで考え出されたのが大和絵の円山派、森派などに伝わる画題「臥猪(ふすい)」だった。猪は岩穴や灌木の生い茂った中に枯れ草でねぐらを作る、これを「猪の座(ししのざ)」と言い、当時の画家はねぐらに寝そべる猪に萩をあしらう図柄を描くことをよくやった。これで「萩に猪」の組み合わせが決まった。もしかしたら花カルタの図柄もこうした一派の売れない画家の知恵から出たのかも知れない。こうして花札と共に「萩と猪」の組み合わせが定着し、同時に花札の“教育効果”によって「萩は秋の花の代表」であることが庶民に強く印象づけられ、一層持てはやされるようにもなった。


  一つ家に遊女も寝たり萩と月   松尾芭蕉
  行々て倒れふすとも萩の原   河合曾良
  起こされて起きて物うし萩の花   各務支考
  黄昏や萩に鼬の高台寺   与謝蕪村
  萩ちりぬ祭も過ぎぬ立仏   小林一茶
  萩咲いて家賃五円の家に住む   正岡子規
  雨の庭萩起し行く女かな   尾崎紅葉
  萩の風なにか急かるる何ならむ   水原秋櫻子
  低く垂れその上に垂れ萩の花   高野素十
  おとろへし父の酒量や萩白し   福永耕二

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