銀杏(ぎんなん)

 イチョウの実である。俳句では秋に黄落するイチョウの葉の方が印象的で、人気が高いかも知れない。しかし、実の方も捨て難い。

 秋も深まってイチョウの葉が黄色くなり始める頃、サクランボかオリーブのような形をした銀杏が鈴なりになり、やがてばらばら落ち始める。果肉の中には丸くて白い種子がある。その固い殻の中に薄緑色の実(胚乳)が入っている。炒った実を割って口に含むと、少し甘く、ねっとりした感じがあり、実に旨い。ほんの少し塩をまぶした炒り銀杏は酒の肴にいいし、茶碗蒸しの底の方からこれがひょっこり出て来たりすると嬉しくなる。

 ところが、木から落ちた銀杏の果肉の汁がくせ者で、皮膚の弱い人はかぶれるし、非常に臭い。特に腐り始めたらもう、あたり一面に悪臭が漂い、鼻がもげるほどである。だから、並木にしたり公園に植える場合は、実が成らない雄の苗木を植えることになっているのだが、時には雌木がまぎれ込む。

 明治神宮外苑や上野公園にも雌木が何本かあって、実の熟す頃になるとギンナン拾いが早朝から待ち構える。臭いのを我慢して拾い集め、土の中に埋めたり、水に漬けたりして果肉をふやかして取り去り、水に晒して悪臭を去り、乾かす。ここまでが大変な作業で、従って銀杏は昔から木の実にしてはかなり高いものだった。ところが最近は大抵の飲屋にあり、比較的安価で提供されている。どうやら人件費の安い中国産が入って来るようになったかららしい。

 イチョウもギンナンもどちらも「銀杏」と書くのでまぎらわしい。銀杏の木は中国原産と言われるが、日本にも大昔からあり、神社や寺院の境内につきもののお馴染の樹木であった。鎌倉の鶴ケ岡八幡の大石段の脇に銀杏の老木があり、源実朝を討った公暁がその木の蔭にひそんでいたことで有名である。

 銀杏の葉は独特の扇形をしており、中国では唐時代にその形からイチョウを「鴨脚樹」とも言った。また老樹にならないと実を付けず、孫の時代にようやく実る木というところから公孫樹とも言い、それを日本でも使っている。


  銀杏が落ちたる後の風の音   中村汀女
  法話きく目は銀杏を拾ふ子に   田端比古
  童女と同じ響きさかんに銀杏割る   加藤知世子
  銀杏得む風待ち婆と座を共に   角川照子
  銀杏のぽたりと不治の病なる   辻田克己
  ぎんなん焼き夜の怒濤を聞きをれり   大田一陽

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