枝豆(えだまめ)

 大豆がまだ熟さず青いうちに枝ごと刈取り、小枝に莢を2つ3つつけて塩ゆでする。枝つきのまま茹でて供するのでこの名前がついた。

 昔は農家が田圃や畑の畦道に蒔き、適当に実が入った頃を見計らって引っこ抜き、葉をむしり取って、実のついた枝を適当に切って熱湯にぶち込んで、ゆで上がったものに塩を振って食べた。農耕時のおやつである。田の畦道に植えるものだから「田畔豆(たのくろまめ)」とも呼ばれていた、ごくごく素朴な食べ物であった。

 これが都会の好事家の眼に止まり、鄙びた味わいが好まれて町場にも広まった。十五夜(旧暦8月15日)から十三夜(旧暦9月13日)の頃、現在の暦で言えば9月半ばからが枝豆の旬で、お月さまに供えたことから「月見豆」とも呼ばれるようになった。盛んに食されるようになったのは江戸時代のことである。と言っても、今ほどどこに行ってもあるというものではなかった。

 現在はチェーン展開の飲み屋の突き出しにまでなるほどの浸透ぶりで、全国に枝豆を専門に作る農家が現れるようになった。それでも足りなくて、台湾や中国本土で栽培したものが盛んに輸入されている。品種改良が進んで特に枝豆用の早生大豆などが生まれ、また冷凍技術も進歩したから、枝豆は年中食べられる。月見豆だけでなく、花見豆、雪見豆にもなる。枝は流通上邪魔だから、収穫したそばから莢をひとつずつ切り離してパック詰めにしたものが都会の店頭に並ぶ。莢だけになったものを茹でることが多いから、何で枝豆と言うのかはっきりしなくなった。そのせいか若い人の中には「枝豆」という種類の豆だと思っている人も少なくない。

 月見豆と呼んで賞味したように、本来は枝豆は季節感を味わう食物だった。高度成長が始る頃、昭和40年代まではそうだった。莢をぷちゅっと噛むと、淡い塩味の実がぴょこんと口の中に飛込んで来る。少し青臭く、甘い味もする。ビールにこれほど合うつまみは無い、と言う人もいる。冷酒にもいい。枝豆がビヤホールや小料理屋に出回る頃になると、しみじみ秋の到来を感じたものであった。しかし、こう年中出回ってしまっては、感激することもなくなってしまった。贅沢が極まると幸せは逃げて行くようである。


  枝豆や三寸飛んで口に入る   正岡子規
  枝豆や莢噛んで豆ほのかなる   松根東洋城
  枝豆にみちのくの旅続けたる   鈴鹿野風呂
  枝豆や雨の厨に届けあり   富安風生
  枝豆やモーゼの戒に拘泥し   西東三鬼
  枝豆に藍色の猪口好みけり   長谷川かな女
  枝豆の葉の落つる日の千枚田   細見綾子
  枝豆や芸うすき妓の爪化粧   村上喜己
  枝豆や音立ててきし宵の雨   皆川盤水
  枝豆や夜空に近く座りをり   金子秀子

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