鰻(うなぎ)

 日本人がこれほど好む魚は無いのではないか。とりわけ江戸っ子の大好物で、その流れを汲んでか、今日でも関西地方よりは東京近辺の方が蒲焼好きが多いようである。

 単純な料理でありながら、蒲焼ほど焼き方やタレの具合でお国自慢が染みついているものも珍しい。それだけ日本人に好まれ、全国津々浦々に行き渡っている証拠であろう。

 脂っこいものをあまり好まなかった江戸っ子は、蒲焼も鰻を一旦蒸して余分な脂肪を落としてから焼いた。こうすると身も皮も柔らかくなり、タレがしっとりとのって上品な味わいとなる。これに対して関西や地方都市の多くは、蒸さずに焼く。当然、江戸前よりは脂っこくなるが、これはこれで鰻の旨さが濃厚に残り、やや歯応えのある野趣を感じさせる蒲焼になる。

 ところが江戸っ子はこれを非常に馬鹿にした。深川佐賀町育ちで白寿で亡くなった老母は「蒲焼をマムシだなんて、大阪の人って嫌ね。いきなり焼いちゃうんだそうねえ。そんなもの、たべたくないわよねえ」と軽蔑の響きを込めて言っていた。ところが、ある日、大阪の老舗の蒲焼をみやげにもらった折りに、黙って食べさせたところ美味しそうにぺろりと平らげた。どのような方法で拵えようと、一流の職人の手になるものなら蒲焼は旨いのである。

 外国でも東欧や南欧にはウナギ料理がある。薫製にしてサラダを添えて前菜にしたり、野菜と煮込んでスープにしたりすることが多い。一九七〇年代初め、仕事で東欧に住んでいた頃、ワルシャワの一流ホテルのレストランでメニューにウナギの何とかサラダというのがあるのを見つけた。

 当時、日本料理店は西欧ですら数えるほどしか無く、東欧諸国には無論一軒も無かった。真空パックの蒲焼などというものの無い時代なので、東欧で蒲焼を食べることは不可能だった。夢に見るのは蒲焼とタラコ茶漬けというありさまだったから、大喜びでウナギサラダを注文した。

 期待に胸ふくらませ待つことしばし。やがて出て来たものを見て驚いた。大きな皿に酢漬けのキャベツと胡瓜と人参を刻んだものが敷いてあり、その上に油光りした真っ黒な炭のようなものがごろんと転がっている。大鰻を一尾丸ごと薫製にしてぶつ切りにしたものであった。

 女性の腕くらいの太さがあって、鰻というよりは大蛇を寸胴切りにしたような感じである。皮は固く、ナイフを入れようとするとゴロンとすべる。左手のフォークを刺そうとするのだが強い弾力ではじき返される。焦ればあせるほどごろごろ回転するばかりである。ついに手で抑えて皮をはいだ。薄いピンク色がかった白身が美しい。骨をはずして適当に切って食べてみると、ぷりぷりしこしこして、これはこれで乙なものと知ったが、夢に出て来た蒲焼とは似ても似つかぬ食物であった。

 しかし、「杖のごとき永良部鰻の黒焼よ 高木良多」という句があるから、日本にもこういう焼き方が残っているようである。蒲焼についてうるさいことを言う人が多いが、現在のような素晴らしい蒲焼になったのは江戸時代も後半になってからで、それまではワルシャワのウナギサラダと同じように、筒切りにしたものを串に指して焼いていた。その形が蒲の穂に似ているところから蒲焼と呼ばれ、調理法が進化して平べったい焼き物になっても、蒲焼という名前だけは残ったのである。

 鰻という季語の解説なのに、蒲焼のことばかり書いたが、実は「蒲焼」そのものは季語とされていない。蒲焼は一年中食べられるせいだろうか。

 それならば、何故「鰻」が夏の季語になっているのか。いろいろ調べてみたがはっきりしない。どうやら夏場にもっとも脂が乗って美味しくなり、大伴家持が「石麻呂に吾物申す夏痩に良しといふものぞ鰻漁り召せ」(万葉集巻十六)と詠んだように、古来夏の滋養強精食とされてきたためではなかろうか。さらに江戸時代以降、「土用の丑の日」を中心に蒲焼がもてはやされ、鰻の需要が夏に集中したせいもあろう。

 鰻の傍題に「鰻掻き」「鰻筒」という鰻捕獲についての言葉がある。夏場の鰻取りである。しかし今では鉤をつけた長い棒でウナギをかき取る「鰻掻き」の風景など滅多に無い。現在一般に出回っている歳時記で「鰻」の項を見ると、昔ながらの鰻獲りの句が載せられ、それに交じって「鰻食ふ」などという句が見られる。

 「鰻」は蒲焼のお陰で歳時記の夏の部に載せられながら、例句は鰻を獲るとか裂くとか食うとかいう妙な具合になっている。平賀源内を引張り出すまでもなく、蒲焼は昔から夏場の元気の素としてもてはやされて来たのだし、今日でも土用の丑の日が近づくと「鰻でも食うか」という会話が交わされる。「蒲焼」を夏の季語として立てた方がすっきりするし、面白い句が登場するだろう。


  うなぎやの大小すてし氏素性       富安 風生
  うなぎ食ふことを思へり雲白く      稲垣 晩童
  独り居の折りのうなぎを焙りけり     永井東門居
  いのち今日うなぎ肝たべ虔めり      籏  こと
  土用鰻店ぢゅう水を流しをり       阿波野青畝
  みちのくの月夜の鰻あそびをり      加藤 楸邨
  あかつきの湯町を帰る鰻捕り       飯田 龍太
  鰻食ふための行列ひん曲る        尾関 乱舌
  うなぎ焼くにほひの風の長廊下      きくちつねこ
  鰻裂くを一心に見ていぶかしむ      細見 綾子

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