素麺(そうめん)

 極細の麺で、日本農林規格(JAS)で「素麺は直径一・三ミリ以下」と決められている。小麦粉に塩水を入れて捏ね、油(胡麻油、菜種油、綿実油など)をつけて手で引き伸ばす。ある程度引き伸ばしたものを二本の棒にかけてさらに引っ張って、折り畳んではさらに細く長く伸ばす。これを物干し竿のようなものに掛けて乾かす。これが本当の「手延べ素麺」で、寒中に作られたものが良いと言われる。しかし近ごろは機械製麺で打ち、乾燥機で乾かした物が多く出回っている。

 素麺の両横綱は奈良県の三輪素麺と兵庫県の播州素麺。さらに、香川県小豆島、長崎県島原、愛媛県松山市の五色素麺などが有名である。

 全国一の生産量を誇る播州地方では兵庫県手延素麺協同組合が「揖保乃糸」という統一ブランドで手延べ素麺を全国出荷している。これに対して、屈指のブランド力を持っているのが奈良県桜井市を中心とした三輪素麺で、この地域特有の真冬の寒風に晒して引き締まった素麺を売り物にしている。島原素麺は生産量こそ全国第二位だが、知名度が低かったため、一旦、三輪に「輸出」し三輪素麺となって再出荷される境遇に甘んじていた。しかし最近は独自ブランドによる販売を伸ばしている。松山の五色素麺は白の他に赤(梅肉)、緑(抹茶)、黄(鶏卵)、茶(蕎麦粉)と彩りが美しい。鯛のあらと骨からとった出汁をベースに醤油仕立ての温かい汁を五色素麺にかけ、鯛の切り身をのせた伊予名物の鯛そうめんは絶品である。

 素麺の名産地はこの他にも各地にあるが、概ねは関西地方から九州である。そのような中で、宮城県白石市の白石温麺は独自色を出して気を吐いている。これは三輪素麺などと比べると心持ち太く、短く切ってある。味と食感が良く、その名の通り暖かな汁物にすると美味しい。

 素麺もやはり中国からの伝来である。奈良時代に唐からもたらされたと言われている。当時は「索餅」と言い、小麦粉を練って細長く伸ばした紐状のものをより合わせて揚げたり蒸したりしたものだったらしい。これに蜜などをつけて食べる、いわば菓子の類である。やがてこれがさらに細く伸ばされて汁物に入れられたり、醤(ひしお=醤油や味噌の先祖)をつけて食べられるようになった。これが「索麺」と呼ばれるもので、「サクメン」あるいは音便形の「サウメン」と発音されていたようである。

 室町時代には、捏ねた小麦粉を平らに伸ばして包丁で細く切った「うどん」と、手で細く伸ばした「さうめん」がそれぞれ現代と同じような形で定着した。その頃、索麺は「素麺」とも書かれるようになり、「ソウメン」という発音が生れた。鎌倉時代以降、武士階級と結びついて勢力を増した禅宗の寺院で素麺がよく食べられ、朝廷や足利御所を中心に大流行し、女房詞で素麺を言う「ぞろぞろ」なる言葉も生れた。余談だが、今日レストランや喫茶店で使われる「おひや」という言葉も、この当時の宮廷女官が水をこう呼んだことに由来している。

 夏場、食欲が衰えた時にすする素麺の喉越しは何とも言えない嬉しさである。ぐらぐら煮えたぎったたっぷりの湯の中に素麺を入れて二、三分、茹で過ぎないように注意してさっと笊に取り、すぐに冷水に浸し、もみ洗いしてぬめりと塩気を洗い流す。器にぶっ欠き氷を入れて、その上に素麺をのせて食膳に。あらかじめ用意しておいた刻み葱、紫蘇、おろし生姜、ミョウガ、七味唐辛子、ワサビ、ちょっと擂った煎りゴマなど好みの薬味を適宜つゆに入れて、冷たい素麺をちょっと浸けてすすり込む。これでは体力消耗の夏場には栄養不良になると心配する向きは、錦糸卵や、油揚げを細かく刻んで少し濃いめの味付けで甘辛く煮しめたものを、薬味と一緒につゆに入れて食べればいい。

 素麺は何と言っても涼味が一番である。そのために「流し素麺」という趣向も昔から好まれた。清らかな谷川や泉の冷水を竹樋で邸内に引き込み、そこへ素麺を一口分ずつ流す。薬味を入れた器を持って待ちかまえる人の前に素麺が流れて来たら、さっと箸でつまんで食べる。昔は上流階級の夏の園遊会の景物だったものが、今日では至るところの観光地で見られるようになった。

 しかし暑い時に冷たいものを食べ過ぎるのは身体にはあまり良くない。暑い時には熱いものを食べたり飲んだりした方がかえって暑さが治まるともいう。そこで考え出されたのがニュウメン(煮麺)である。地方によって入れる具には違いがあるが、松山のように鯛の切り身の場合もあるし、鶏肉もある。これに葱など野菜を入れた熱々の汁に素麺を入れたものが煮麺である。

 水牛流特製梅干煮麺のレシピを伝授しよう。まず昆布と鰹節で出汁をとっておく。それが面倒ならパックの出汁の素でもいい。それに梅干を一人一個ずつほぐして種ごと人数分入れて煮立たせる。梅干から出る塩気をみながら、醤油を少し入れて風味を増し、整えて置く。

 それをやりながら片方で素麺を茹でる。ちょっと堅めかなという頃合いに素麺を金網ざるなどで掬い上げ、熱いまま傍らに出来ている梅干入りつゆの鍋にぶち込む。一煮立ちしたら丼に盛り、つゆもたっぷり入れて上に刻み葱を振りかける。これをふうふう言いながら汗をかきかき食べる。何よりの暑気払いになる。

 これは夏場だけではない。ちょっと風邪気味だなと感じた時、あるいは二日酔いの翌日にこれを食べればいっぺんに気分爽快になる。何よりものの五分で出来るのがいい。栄養不足が心配ならつゆを作る時に鶏肉を少し入れ、上り際に小松菜か三つ葉を入れれば申し分ない。コクが出てさらに旨くなる。

 素麺は昔から婚礼などの祝い事や仏事の膳に供され、夏場に限らず年中食べていたせいであろう、本来は「冷素麺」「索麺冷やす」「流し索麺」などとしないと季語(夏期)にならない。しかし、食感から言ってもやはり夏のものなので、現代俳句では「素麺」だけで夏の季語として詠まれることが多い。


  ざぶざぶと索麺さます小桶かな     村上 鬼城
  素麺のつひにいっぽんただよへる    松澤  昭
  流し索麺箸をのがれて落ちにけり    平松 荻雨
  左利き目立つさうめん流しかな     出口 孤城
  さうめんの淡き昼餉や街の音      草間 時彦
  素麺や昼の文楽見て戻り        阿片 瓢郎
  うまうまと独り暮しや冷索麺      山田みづえ
  素麺やいま十二時のバスが行く     皆川 白陀
  婆とゐて素麺好きに育ちけり      平野 彩霞
  のど過ぐる渓流の音冷素麺       鈴木 光子

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