たとえば柿の木。空に突き出していた枯れ枝に、四月初め頃小さな芽が吹き出す。それがだんだんと、いかにも柿の葉らしい形を整えて大きくなってゆき、五月の声を聞く頃には枝を覆い尽すほどに茂る。けれどもまだ真夏の柿の葉のような濃緑の照りは無くて、浅い緑色で柔らかい感じである。このように、若々しい薄緑で全体を覆われた立木を「新樹」と言う。詩歌独特の言葉である。
初夏の「葉」だけに焦点を合わせるならば「若葉」という季語があるし、林や森全体が浅い緑に包まれた様子を表現するには「新緑」がある。
山本健吉は「日本大歳時記」(講談社)の中の解説で、「初夏のみずみずしい緑の立木を言う。新鮮な語感を持っている。ただし題目としては古く、『夫木抄』巻七、夏部に見えている。……俳諧時代に入って、『新樹』は、『白雲を吹尽したる新樹かな』(才麿)、『伊勢船を招く新樹の透間かな』(素堂)、『新樹高く吉田の橋もすぐるなり』(巴人)などの例句が見えるが、好んで詠まれるようになったのは大正期以降である。音感もよい『新樹』の語に、あたかも新題目であるかのような、新鮮さを感じたのである」と述べている。
新樹の説明はこれに尽きていると思うが、あえて付け加えれば、「五月」の気分を一本の木に代表させたのが「新樹」という季語である。青空に薄緑の葉をつけた枝が伸び、爽やかな初夏の風が渡る。大きく深呼吸すると力が湧いてくるような気がする。また、夜空の新樹もなかなかのものである。
空暗くなり来新樹に風騒ぎ 高浜虚子
この新樹月光さへも重しとす 山口青邨
わが恋は失せぬ新樹の夜の雨 石塚友二
月光菩薩の臍かくふかく新樹光 能村登四郎
みはるかす塔も新樹も雨の中 八幡城太郎
息合はせ漕ぎ出す舟や新樹光 小島由理