胡瓜(きゅうり)

 インド北西部原産のウリ科の果菜で、非常に古くから栽培されていたようである。前漢時代(西暦前202─後8)の外交官張騫が西域から種子を持ち帰って、それをもとに中国各地で育種栽培された。そのため「胡(えびす)の瓜」と名付けられたが、隋の時代になって皇帝の諱を避けて黄瓜と改名され、本名の「胡瓜」は日本だけに生き残ったという。日本には遣隋使の飛鳥時代に伝わったと言われているが、「胡瓜」という古名が生き残っているところから見ると、隋時代もかなり早い時代、公式の遣隋使が派遣されるより前にやって来たのかも知れない。とにかくそれ以来、夏には欠かせない野菜として連綿と受け継がれてきた。

 今日ではビニールハウスの普及と品種改良、栽培法の進化によって、胡瓜は1年中出回るようになり、あまり季節感を呼ぶ野菜とは言えなくなってしまった。しかし、胡瓜が本当に旨いのは、5月末頃から7月にかけてである。あまり太くならないうちにもいだものを、俎板の上で擂粉木か包丁の峰で軽く叩き割り、味噌をつけて食べる。あるいは薄く小口切りして塩で揉んで軽く絞り、しらす干しをぱらりと振って二杯酢をかけた胡瓜揉み、あるいは4、5時間糠漬けにしたもの。どれも冷酒にはこの上ない肴である。

 3月末から4月初め、種を蒔いてフレームや温室で苗を育てる。4月末から5月初めのゴールデンウイークに本葉3、4枚の苗を畑に植え付ける。添え木を立ててやるとそれに添ってぐんぐん立ち上がり、5月下旬には次々に黄色い雄花雌花を咲かせる。6月早々にはもう収穫が始る。マンションのベランダでも、やや大型のプランターやスーパーの裏に捨ててある発泡スチロールの箱を拾って来れば胡瓜は栽培できる。ただしコンクリートの照り返しによる高温が苗を弱らせてしまうから、そのあたりの工夫と水やりを十分にすることが肝要である。

 小指ほどの大きさで、まだ尻尾に黄色の花をつけた小さなものを花胡瓜と言って、江戸の文化爛熟時代、高級料亭では最高の酒肴とした。今でも料理屋の刺身盛り合わせなどに添えられていたりする。こんなものもベランダ園芸では簡単にできる。しかしこれは胡瓜本来の旨味は無い。やはり12、3センチくらいのところが一番旨いようである。

 インド原産の胡瓜は中国経由で日本に伝わり、改良されて美味な品種が生まれる一方、西へも伝わって西欧、アメリカ大陸と地球をあまねく覆った。ところが人間の味覚の違いというのは恐ろしいもので、ヨーロッパやアメリカの胡瓜は恐ろしく太くて長い。ヘチマと見紛うばかりのものである。中には少し黄色く色づいているものまで売っている。

 要するにいつまでも蔓に成らせ過ぎなのだが、西洋人はこういうのが胡瓜だと思っているのだから仕方がない。長年の間に西洋の胡瓜は日本のものとは違って、すぐに大きくなり、皮がやや厚く、肉質が柔らかいものになってしまったようでもある。とにかく彼らは、それをかなり分厚く5ミリ厚くらいにスライスして、パンの間にハムやベーコンと一緒にはさんで食べたり、サラダにしたりする。

 胡瓜の値打ちである歯切れの良さなど微塵も無い。ぷよぷよふかふかした感じである。ぱりぱりした胡瓜が食いたいとは思っても、向うの八百屋にはキリギリスも避けて通るようなヘチマキュウリしか売っていない。昔、チェコのプラハに住んでいた頃、夏場になるとやはりこうした偉大なるキュウリが出回り、懐かしくなって買い求めて胡瓜揉みなど作っては、「ああ日本のモロキュウが食いたい」とますます欲求不満を募らせたものである。しかし無いものねだりをしても仕方がない。こういうのを買って来て、縦半割りにしてワタを抜き、半月形の小口切りにして塩で揉み、しばらくしてからさっと水をくぐらせ、強く絞って水気を抜く。そうしてから、あらためて三杯酢などで味付けすると、しゃきしゃき感が戻って来るのであった。

 ある時、こういうお化けキュウリにはそれなりの喰い方があるはずだと思った。冬瓜の煮物というのがある。その応用をやってみればいいのではないか。そこで、それまではなるべく小さく細いものを選んでいたのを、今度は半ばヤケ気味に飛びきり太くて大きいのを買って来た。まず鶏ガラのスープを作っておき、その中に、皮を縞目残しにむいて乱切りにした胡瓜と、ころころに刻んだハムを入れて煮込む。胡瓜が柔らかくなったところで塩胡椒で味付けをして、仕上げにコーンスターチでとろみをつけた。これはなかなかいける。日本に帰ってからも、自家菜園で採り忘れバットのように大きくなってしまった胡瓜が採れた時にやっている。


  胡瓜いでて市四五日のみどりかな   大江丸
  斗酒ありや日暮れて胡瓜刻む音   尾崎紅葉
  胡瓜生るしたかげふかき花のかず   飯田蛇笏
  胡瓜もみ蛙の匂ひしてあはれ   川端茅舎
  胡瓜刻んで麺麭に添へ食ふまたよしや   安住敦
  瓜きざむやめたく思ふまで刻む   山口波津女
  新墾筑波胡瓜はりはりと噛めば別れ   金子兜太
  胡瓜にもある晩節や曲がりけり   佐々木とみ子
  いま買ひし花付胡瓜今かじる   小澤實
  うかうかと胡瓜の育ち過ぎしかな   石山耶舟

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