雲の峰(くものみね)

 夏の空にもくもくと立ち上がる入道雲、気象用語で言えば雄大積雲、さらにそれが発達した積乱雲ということになる。江戸時代の俳人たちは、青空を背景に真っ白な峰々が連なる大景に感じ入り、「雲の峰」と呼んで俳諧の材料にした。元々は陶淵明の「夏雲多奇峯(夏雲奇峰多し)」という詩をはじめ、漢詩の影響で出来た季語とも言われている。

 夏の晴れた日に地上が温められると上昇気流が生まれ、高い湿度を含んだ空気が立ち上り上空で冷やされ雲になる。カリフラワーのような、高い塔のような形の雲がふくらみ垂直に昇る。これが積雲で、大きくふくらんだものが雄大積雲。それがさらに発達すると成層圏近くまで立ち上り、巨大な積乱雲となる。積乱雲の中は上昇気流と、上空で冷やされて急激に下る下降気流によって渦巻状の複雑な空気の流れが出来て、その摩擦によって電気が発生し、雷の原因となる。ふくれ切った積乱雲は頭が平らな鉄鈷(かなとこ)状になり、時には舌のような形になって横に延びる。そのてっぺん辺りは細かな氷の粒で、やがてそれが降ってきて烈しい夕立となり、時には雹(ひょう)となる。

 この積乱雲の中は乱気流の塊だから、飛行機のパイロットたちは大概は外側を迂回する。しかし、空港近くまでやって来たところで航路上に大きな積乱雲が立ちはだかり、どうしても突っ切らねばならない場合もある。そういう時にはベルト着用のサインが着きっぱなしで、機体は激しく揺すぶられ、乗客の悲鳴が上がる。機体に落雷することもある。

 このように積乱雲は恐いものなのだが、地上から見ている分にはいかにも壮快、雄大で「ああ夏だなあ」という感じがする。近くに山がある盆地状の地形でよく発生するから、積乱雲の出る場所はだいたい決まっている。これほど目立つ雲はないから、昔の人は空に出現した妖怪というわけで「入道雲」と呼び、秀でたものや一番という意味から「太郎雲」とも呼んだ。江戸では利根川と同じく「板東太郎」と呼び、大阪では「丹波太郎」、四国・讃岐では「阿波太郎」、九州では「比古(英彦)太郎」とも言った。

 夏空に湧き上がりどんどん膨らみながら形を変えて行く入道雲は豪快そのものである。やがてざあっと夕立がやって来るぞとは思うのだが、まだまだ空は真っ青で暑さも一入である。

 俳句の「雲の峰」は入道雲の奇観を素直に詠んだもの、そして雄大なものと身近な矮小なものを取り合わせたものとさまざまだが、とにかく昔から人気の高い季語である。


  雲の峰幾つ崩れて月の山        松尾 芭蕉
  船頭のはだかに笠や雲の峰       宝井 其角
  寝てくらす麓の嵯峨ぞ雲の峰      小西 来山
  雲の峰きのふに似たるけふもあり    加舎 白雄
  しづかさや湖水の底の雲のみね     小林 一茶
  投げ出した足の先也雲の峰         同
  雲の峰塵の都に立ちにけり       高浜 虚子
  雲の峰石伐る斧の光かな        泉  鏡花
  口開けて向き合ふ烏雲の峰       池内友次郎
  胸はりて水着の娘雲の峰        星野 立子
  雲の峰八方焦土とはなりぬ       加藤 楸邨
  雲の峰静臥の口に飴ほそり       石田 波郷
  わがゆくてわれにも知れず雲の峰    川山 梨屋
  雲の峰より自転車の僧衣くる      中山 一路

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