柏餅(かしわもち)

 米の粉(しん粉)に熱湯を注ぎ、練って蒸して丸形扁平に延ばし、真ん中に小豆餡や味噌餡をのせて包み、柏の葉で二ッ折にくるんで再び蒸すと柏餅の出来上がり。五月五日の端午の節句に供える餅菓子として長い間親しまれてきた。

 端午の節句には粽(ちまき)も供えられるが、どちらかと言うと関東地方は柏餅が多く、関西は粽が主体のようである。だが日本列島ほぼ日帰りできるようになった今ではこういう習慣も入り交じり、どこへ行っても柏餅も粽も同じようにお節句の菓子として食べられている。

 柏餅は餡が小豆なら外側の餅は純白、味噌餡の場合は黄色あるいは桃色に染めた餅でくるむ。昔は五月の節句が近づくとどこの家でも柏餅を作り、大人も子供もそれぞれの家に伝わる味を楽しんだ。しかし、最近は時期になるとデパートの食品売場や菓子屋、スーパー、コンビニなどが一斉に売り出すものだから、柏餅の作り方を知らない若い母親が多いという。もっとも自分で拵えようにも、昔のように近所に乾物屋が無いから、柏の葉を手に入れるのが一苦労である。

 しかし、出来上がったものを買うにせよ、柏餅が出回るようになると「ああ夏が来るな」という気持になる。大概の食べ物が一年中出回る昨今だが、柏餅だけは五月五日を中心とした季節限定食品である。今となっては季節感を味わえる数少ないお菓子の一つになった。

 柏は日本の山野に自生するブナ科コナラ属の樹木で、ブナ科の中では最も大きな葉をつける。食器が貴重品だった大昔、柏の葉は朴の木(ホオノキ)や飯桐(イイギリ)の葉やクマザサとともに、食物を載せる器として利用された。だから「かしわ」は「炊葉」が語源なのだという説もある。米や麦、あるいは雑穀の粉を水で練ったものを、こうした大きな葉でくるみ蒸したり焼いたりということもした。その名残が柏餅であり、朴葉味噌である。

 このようにカシワは大昔から日本人にはなじみの深い樹木だったのだが、中国から漢字が伝わって来た時に、どうして間違いが生じたのか、大昔からカシワと呼んでいた木に「柏」という漢字を当ててしまった。中国で「柏」と言えばヒノキ類の常緑樹を指す言葉で、日本に生えている樹木ではイブキ(カイヅカイブキなど)、ビャクシンに相当する。

 奈良時代の貴人が、付き従っていた渡来人あるいは中国から帰国した留学生に、カシワの木を指差して「あの木を唐では何と言う、どういう字を書くのか」と聞いた。聞かれた方は近くに繁っていたビャクシンについて訊ねられたものと勘違いして、「柏と書きます」と答えてしまった、ということかも知れない。

 中国の寺社の境内にはこの「柏」(ビャクシン)が必ず植えられている。鎌倉時代、建長寺開山のために北条時頼に招かれて来日した臨済宗の坊さん蘭渓道隆は、この「柏」の苗を中国からわざわざ携えて来て、正法を伝えるシンボルとして建長寺境内に植えた。道隆さんは当然のことだが、その木を「柏」と呼んだのだが、周囲の日本人は柏と言えばブナ科のドングリを実らせ、大きな葉っぱを繁らす樹木を思い浮べる。ここでとんだ誤解だったことに気がついて、道隆さんが持って来たビャクシンこそ本当の柏であるということで「真柏(シンパク)」なる名称が生れた。柏にはそんな話もある。建長寺の柏ならぬ真柏は七百六十年後の今も健在で、山門近くに枝を複雑にくねらせながら鬱蒼と繁っている。

 中国で柏(常緑樹のビャクシン)が神聖な木とされていたように、日本でも柏(落葉樹ブナ科の柏)は神木とされ、樹木を守る葉守神がこの木に宿るとされていた。柏木という姓も元々は神聖なる柏の木という意味から、皇居を守る兵衛、衛門の別称であった。こういうところから武士の紋所には柏の葉が図案化されて多用されるようになり、尚武の祭である端午の節句に供える餅にも柏の葉が使われるようになったのだと言われている。

 カシワの葉で包んだ餅は大昔からあったに違いないが、それが今あるようなアンコをくるんだ餅菓子になり、端午の節句に飾られるようになったのは江戸時代以降のことだという。今やチョコレートやクリームにくるまれた派手なケーキの陰に隠れて、柏餅は地味な存在になっているが、その素朴な味と風情を愛する人たちは相変わらず多い。

 一枚しかない蒲団を二つに折って、その間に身体をはさんで寝るのを柏餅と言ったが、これはもう今ではほとんど死語になりかけている。


  柏餅古葉を出づる白さかな       渡辺 水巴
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  柏餅口へ集まる老いの皺        田川飛旅子
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