柿若葉(かきわかば)

 若葉は美しい。初夏の陽射しを浴びて萌黄の葉面がきらきら輝き、見つめていると「さあこれからだ」という活力が湧いて来る。若葉はまだ柔らかくて半透明で、日の光を完全に遮るようなことはせず、地面に温かい陽射しを降りそそぐ。微風にそよぐ若葉を通してちらちらと射して来る陽光は人の心をなごませる。

 若葉はどんな樹木の若葉でもきれいなものだが、特に素晴らしいものがいくつかある。楓(かえでもみじ)、椎、樟、樫、そして柿である。楓は秋の紅葉を最も称揚するが、この若葉も独特の美しさがあるというので、古くから和歌にうたわれ、特に「若楓」という季語になっている。いわば若葉の別格である。柿、椎、樟、樫の若葉もそれぞれ独特の趣があるので、「柿若葉」とか「椎若葉」というようにその名を特定して、独立の季語に立てられている。

 古い神社の境内に鬱蒼と茂る樟や樫が、細かな葉をみっしりとつけて新緑に照り映えるさまは壮観で神々しい感じがする。遥か向こうの山の中腹あたりに、こういう老樹があれば、そこだけ明るく輝いて見える。これに対して、人家の庭先などでは、柿若葉こそふさわしい。楕円形の大型の葉をおおらかに広げて、満面に陽光を受けている景色はいかにも初夏のさわやかな気分を感じさせてくれる。読書やパソコン画面を見詰めて疲れた目をふと窓外に転じると、初夏の微風に柿若葉が揺れている。ふっと一息つく時である。そう言えば、「窓若葉」という季語もあった。

 若葉という季語は、何と言っても、その新鮮な気分を伝えるものである。みずみずしさ、躍動感をうたい、さらには心地よい季節の中に身を置く幸福感、やすらぎの静けさなどを盛り込んだ句を仕立てる役割を担っている言葉のようである。「柿若葉」は、さらにそこに柿の若葉ならではの感じが込められる。


  七時まだ日の落ちきらず柿若葉   久保田万太郎
  柿若葉重なりもして透くみどり   富安風生
  柿若葉雨後の濡富士雲間より   渡辺水巴
  しんしんと月の夜空へ柿若葉   中村汀女
  日のおもて日の裏側の柿若葉   中西舗土
  柿若葉素手にて触るる神獣鏡   図師みずき
  柿若葉巻尾きりりと秋田犬   長谷川耿子
  どっと落つ柿の若葉の雨しづく   島田鈴子

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