十薬(じゅうやく)

 「どくだみ」のことである。古くから民間薬としていろいろな病に効く薬として用いられていたところから、万能薬を意味する十薬という名前がついた。どくだみというのも、「毒矯め」あるいは「毒止め」が訛ったものだという。

 北海道南部から沖縄、東南アジア一帯に分布するドクダミ科の多年草で、日蔭でも育ち、地下茎がのびて旺盛に繁茂する雑草である。紅色がかった茎が二、三十センチほど立ち上がり、表は緑、裏が薄紅のハート型の葉が対生し、六月から七月の梅雨時になると茎頂に十字形の白い花をつける。この花と見えるのは実は葉の変形した苞(ほう)で、本当の花は十字花の中心に立った黄色の穂である。

 葉や茎に独特の強烈な臭いがあるため嫌う人が多い。昭和四〇年代初めまで、東京の郊外住宅地には汲み取り式便所がたくさん残っていた。便所はどこの家でも北側のじめじめとした所と決まっており、その汲み取り口のあたりにどくだみが盛んに生えていた。こんなところも十薬という草が印象を悪くした所以であろう。しかし、梅雨時の裏庭や薮陰にひっそりと白い十字花を咲かせているのを見ると、なかなかの風情が感じられる。紅色の茎と濃緑の葉、それに黄色の花穂を立てた純白の十字花は、地味だが実に美しい。

 曲亭馬琴編、藍亭青藍増補の「俳諧歳時記栞草」には「?菜(しゅうさい)の花」として五月の項に載っている。解説には「花四ひらにして白し。葉の臭、甚だわろし。家圃に植れば、繁茂して後は除きがたし。篤信翁曰く、駿州、甲州の山中の村民、どくだみの根を掘り、飯の上におき、むして食す。甘しといふ」とある。篤信翁とは「養生訓」で有名な貝原益軒のことである。これはどくだみの根を食べることになっているが、昔は葉も食用にしていたらしい。

 現代の日本でどくだみを食べる人はほとんど見当たらないが、東南アジアの人たちは常食している。特にベトナム料理には香菜(コリアンダー)、バジル、レモングラスなどと共にドクダミが欠かせない食材となっている。ベトナムの生春巻にはどくだみの葉を生のまま巻き込み、麺類にもよく使われている。ただ、野菜として栽培されているせいか、日本の野生のものにくらべて臭いもややマイルドで、色も鮮やかな緑で上品な感じである。

 昔の日本の家庭では、どくだみはゲンノショウコ、センブリと並んで、薬として重宝されていた。根っこごと掘り取って干したものが生薬の「蕺菜(しゅうさい)」で、これを煎じたものは消炎、利尿剤、便秘薬、駆虫剤(虫下し)として用いられた。また生の葉を腫物(おでき)や傷に貼ったり、揉んだ葉を痔に当てたりもした。蚊に刺された時にはどくだみの葉を揉んでこすりつければ痒みがたちまち消えるとも言われている。

 私たちの先祖は「臭甚だわろし」などと言いながらも、ドクダミの利用すべき所をちゃんと知って、いたずらに目の敵にするばかりではなかったのである。第二次大戦前後の食料難時代には結構食べられたという話も聞く。昔の人の知恵で、ヒガンバナなどと同じように飢饉の際の救荒食として、荒れ地や神社仏閣の境内、墓地の隅などに生えるに任せておいたということもあったのかも知れない。さらに最近では、いわゆる健康ブームに乗って、どくだみに再度スポットライトが当たり、「健康茶」などとして利用され始めた。


  さからはず十薬をさへ茂らしむ      富安 風生
  十薬の雨にうたれてゐるばかり      久保田万太郎
  どくだみの花の白さに夜風あり      高橋淡路女
  十薬や石五つ積み湯女の墓        本田 一杉
  どくだみや真昼の闇に白十字       川端 茅舎
  どくだみの十字に目覚め誕生日      西東 三鬼
  十薬の今日詠はねば悔残す        斉藤 空華
  悪友に似て十薬の花点々         鈴木 鷹夫
  葉畳となり十薬の深緑          飯村 周子
  みちのくの汽車どくだみへ停まりけり   下田  稔

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