時鳥(ほととぎす)

 時鳥は万葉の時代から盛んにうたわれている。「暁に名告り鳴くなるほととぎすいや珍しく思ほゆるかも」(万葉集巻18・大伴家持)にあるように、時鳥はまだ夜の明けやらぬ頃に、名乗りを上げるように鳴くものとされ、同時にその鳴声(とりわけその初声)を聞けることは幸運なのだとの気持をこめて詠むものとされていた。

 しかし実際には、時鳥は卯月(旧暦4月)に入ると本州各地に飛来し、晩秋まで里近くにいて、夜も昼も鳴き続けていた。だから、ブッポウソウなどと異なり、深山幽谷深く分け入らなければ聞けないわけではなく、昔は林や茂みがあれば町場まで降りて来る庶民的な鳥だったのである。「君はいま駒形あたりほととぎす」を引き合いに出すまでもなく、江戸っ子にはなじみの深い鳥であった。それを「稀に聞き、めずらしく鳴き、待ちかねた」という心で詠むべきだというのだから、詩歌の約束事というのは面白い。

 ところが近ごろの東京近辺では、時鳥は本当に「稀に聞く」鳥になってしまった。おそらく時鳥を見たことはもちろん聞いたこともないという人の方が圧倒的に多いだろう。野鳥の生態に詳しい人に聞くと、今でも東京郊外や埼玉、千葉、神奈川の、いわゆる「里山」と言われるこんもりした森や林の近くでは聞けるという。ただし「特許許可局」とは鳴かないようで、ケケケケケーッとかキョキョキョキョーッなどと聞こえるそうである。かく言う筆者も子供の頃に父親から、あれが時鳥だと教えられて耳を澄ませた記憶があるくらいで、近ごろはさっぱり聞かない。

 ツツドリ(筒鳥)、カッコウ(郭公)、時鳥は身体の大きさと日本にやって来る順番が上記の順で、同じ仲間の鳥である。万葉集では時鳥のことを霍公鳥と書き、江戸時代の俳句には郭公と書いてホトトギスと読ませる句があるから、時鳥も郭公もかなり混同されていたのかも知れない。

 とにかく古今集の時代には既に春の「花」、秋の「月」、冬の「雪」と並んで、夏は「時鳥」とされるようになっていた。終には時鳥を詠んだこともなくては歌人俳人とは呼べないという不文律みたいなものが出来上がってしまったから、時鳥の句は無数にある。

 ホトトギスの表記にもいろいろある。一般的には「時鳥」だが、「子規」「子鵑」「不如帰」と書く場合もあるし、漢語の「杜鵑」「杜宇」「杜魂」「蜀魂」などを使用している句もある。世の中にあまりにもたくさんあるホトトギスの句の中で、自作を何とか差別化したいという先人たちの、涙ぐましく、いささか滑稽な苦心惨憺のあとが伺える。

 漢語で時鳥を「杜宇の魂」とか「蜀魂」と言うについては面白い伝説がある。蜀は成都のある四川省の古名だが、大昔、天から下った杜宇という人が蜀の王(望帝)となった。蜀の国は長江(揚子江)の源流地帯で、しばしば洪水に見舞われる地域だったので、望帝杜宇は大臣の鼈令(べつれい)に大規模な治水工事を命じた。ところが望帝は鼈令が工事のために長期出張している間に、鼈令のカミさんとわりない仲になってしまった。望帝はこのことを深く悔い、みごと難工事を仕上げて凱旋して来た鼈令に国を譲って去った。しかし、どうにも鼈令夫人への未練断ち難く、魂魄この世に止まって鳥と化し、悲痛極まりない声で鳴くようになったのだという。

 時鳥の鳴声は派手であり、鳴くときにはのどちんこが見えるほど口を大きく開けて、まるで血を吐くように見える。一見悲痛そのものの様子からこんな伝説が生まれたのだろう。

 「泣いて血を吐くほととぎす」というのは日本でも古くから言い慣わしてきた文句であり、香具師の啖呵にも取り込まれている。正岡子規も結核で喀血したことから俳号を「子規」としたと言われている。壮絶なユーモア精神である。

 明治の大ベストセラー徳富蘆花の「不如帰」という題名もヒロイン川島浪子が「泣いて血を吐く」業病に取り憑かれたが故の命名であった。その浪子さんのモデルは大山信子。陸軍大臣大山巌侯爵と日本最初の女子米国留学生であった山川捨松との間に生まれ、鹿鳴館の花とされた令嬢であった。16歳で子爵三島弥太郎と結婚、人もうらやむ新婚家庭を営んだのもつかの間、結核に冒された。薬石効なく信子さんは20歳の若さで青山北町の大山別邸で息を引き取った。明治21年5月21日、時あたかも時鳥鳴きさかる頃合いであった。


  ほとゝぎす消行方や島一ツ       松尾芭蕉
  蜀魂待つや柳の小くらがり       杉山杉風
  ほとゝぎす鳴くやひばりと十文字    向井去来
  ほとゝぎす平安城を筋違に       与謝蕪村
  杉谷や山三方にほととぎす       正岡子規
  時鳥厠半ばに出かねたり        夏目漱石
  ほととぎす女はものゝ文秘めて     長谷川かな女
  谺して山ほとゝぎすほしいまゝ     杉田久女
  ほととぎすすでに遺児めく二人子よ   石田波郷
  ほととぎす非武装平和まぼろしか    鈴木弘

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