花火(はなび)

 今日では夏の季語とされているが、江戸時代は秋の季語だった。花火はもともとお盆(盂蘭盆会)の行事として始ったのだという。先祖の御霊を迎えたり、また天上へ送り返したりするのに、花火はその合図だったのだろうか、それとも花火がご先祖様の乗物になったのだろうか。昔のお盆はもちろん旧暦だから、秋である。従って花火も秋のものとされた。しかし、明治以降、都会地では新暦で盆行事をやることが多くなり、また川開きをはじめ、夏休みの景気付けに各地で七月に打上げ花火大会が開催されるようになって、夏の季語になった。

 打上げ花火は何と言っても日本のお家芸である。何しろ三百年ほども昔の享保十七年(一七三二年)に、両国の川開きで花火が打上げられた。両国橋の上流側には玉屋、下流側には鍵屋が陣取り、交互に打上げるのが決まりだった。隅田川の両岸は花火見物で埋まり、武士や裕福な町人は船を仕立てて楽しんだ。

 今でも盛んに楽しまれている家庭用の線香花火や筒形の小型打ち上げ花火など、いわゆる手花火も既にその頃生れていたようだ。しかし江戸の町は武家の屋敷や大きな商家を除きほとんどが板葺屋根だから火災の危険がある。あまりにも花火が流行るのにたまりかねたか、幕府は元文三年(一七三八年)、江戸市街地での打ち上げ花火の禁止令を出した。

 その後も両国の川開きの花火は隆盛を続け、安政三年(一八五六年)に刊行され始めた歌川広重の「名所江戸百景」の中にも両国花火の図が描かれている。この頃、玉屋が失火事件を起してお取り潰しになり、鍵屋の一手専売になって幕末動乱の時代まで続いた。

 明治維新のどさくさがおさまると、派手好き、お祭り好きの江戸っ子気質でまた復活、その後は年々賑やかさを増して昭和の初めまで続いた。戦中戦後の物資不足、遊興制限で長い中断があったが、また復活した。このように何度も中断しながら復活するのは、夏と言えば打上げ花火という日本人の花火好きを現している。

 かなり以前のことになるが、三多摩の花火製造の職人、といっても「○○煙火製造株式会社社長」といういかめしい名刺を差し出されたが、その人に話を聞いたことがある。それによると江戸時代の花火は黒色火薬だけだったので、オレンジ色一色しか無かった。それに星が散らばるようにほどこすのがせいぜいの、今の花火と比べれば地味なものだったという。色彩の変化に頼れないから、空中で花を開く、その開き方に工夫が凝らされ、花火技術が進歩した。現在の花火の形はほとんど江戸時代にできあがっていたという。そして明治以降、昭和の初めまでに、いろいろな鉱物、化学薬品を加えて複雑な色を出す技術が発達し、戦前の日本の貴重な外貨獲得源にもなった。

 火薬を和紙で包んだものを詳細な設計図通りに球形の玉の中に詰め込んでいく。それが秘伝である。空中で見事に開き、千変万化の模様を描き出すのも、この詰め方にかかっている。そのデザイン力と寸分の狂いなく詰め込む技術が外国にはなかなか真似のできないものなのだということであった。しかしご他聞にもれず、近ごろは危険と背中合わせの花火職人になろうなどという若者は極めて少なくなり、代って中国などの追い上げが激しくなっている。

 俳句では「花火」と言えば川開きなど専門の花火師が揚げる打上げ花火を指し、一般家庭で夏の夜に楽しむものは「手花火」「線香花火」「庭花火」などと言って区別している。


  花火尽きて美人は酒に身投げけん     高井 几董
  川面や花火のあとの櫂の音        加舎 白雄
  川舟や花火の夜も花火売         小林 一茶
  木の末に遠く花火の開きけり       正岡 子規
  なかなかに暮れぬ人出や花火まつ     高野 素十
  ねむりても旅の花火の胸にひらく     大野 林火
  黒き川花火の夜を流れずに        平畑 静塔
  霧の中しまひ花火のつづけさま      清崎 敏郎
  一瞬の命はげしき大花火         上野 章子
  花火師の闇より黒く走りけり       廣末 榮子
  橋で逢ひ橋で別るる花火の夜       藤田 信子

手花火(てはなび)

 「花火」とだけ言うと打上げ花火のことになる。庭や路地裏で大人も子供も一緒になってわいわいやるのは「手花火」あるいは「庭花火」「線香花火」「ねずみ花火」などとしなければいけないようである。歳時記では別建ての独立した季語になっている。打上げ花火とは違って身近な夏の風物であり、親しみやすいせいか、ほのぼのとした句やしみじみとした句がたくさん詠まれている。


  手花火を命継ぐごと燃やすなり      石田 波郷
  線香花火玉頑張って又咲きぬ       島田摩耶子
  鼠花火くらがりの子の笑ひかな      原田 種茅
  舟に舟寄せて手花火わかちけり      永井 龍男
  手花火のおさなきかひな闇に触れ     高千穂峯女

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