牡丹(ぼたん)

 中国西北部原産の落葉低木で、大昔から中国では「花の王」と尊ばれ、王侯貴族の花として長安や洛陽の宮廷の庭園に植られた。日本には奈良時代に伝わり、皇居や寺院の庭に牡丹園が作られ、平安時代になるとかなり普及して和歌にも盛んに取り上げられた。室町時代あたりはまだ寺院や高級武士の屋敷などに限られていたようだが、江戸時代になると富裕な町人を中心に一般民家の庭でも栽培され始めた。こうして牡丹は初夏の庭を華やかにする花の王者として俳諧にも盛んに取り上げられるようになった。

 今日、牡丹の名所として有名なのは、大和の長谷寺、当麻寺、鎌倉の長谷寺、福島県須賀川の牡丹園である。須賀川市は中国の牡丹の名所洛陽市と姉妹都市になっている。

 似たような花を咲かせる芍薬が草本であるのに対して、牡丹は高さ50センチから最大2メートルになる木で、老木になると仙人のような風情をたたえてなかなかの趣である。4月末から5月に、その梢のところに直径10センチから時には20センチもの豪華な花を咲かせる。五弁一重のものから数十の花びらをつける重弁まであり、いずれも花心には黄色い蕊が無数にかたまっている。花弁の色はもっとも一般的な薄紅、白や黄色、濃い赤、紫などさまざまある。

 牡丹は栽培されるようになってからでも2000年の歴史があるだけに、いろいろ改良されて、今日では200種類以上もある。どういうわけか紺色と黒が出ず、紫と紅の極端に濃いものがそれに近いので黒牡丹と呼ばれ珍重されたりもする。

 豪華で気品のある姿から富貴草、廿日草、深見草などという呼び名もある。「ぼうたん」と引き延ばした言い方で詠まれることもあるが、どうしてそうなったのかよく分からない。日常、牡丹を「ぼうたん」と呼ぶようなことは京都でも江戸でもほとんどなかったようなのだが、何故か俳句の世界ではよく「ぼうたん」が現れる。正岡子規もこれには首を傾げたようで、『墨汁一滴』の中で、「或人いふ蕪村既にこの語を用ゐたれば何の差支もあるまじと思ひて我らも平気に使ひ居たるなり云々。……しかしながら蕪村は牡丹の句二十もある中に『ぼうたん』と読みたるはただ一句あるのみ。しかもその句は『ぼうたんやしろがねの猫こがねの蝶』といふ風変りの句なり。これを見れば蕪村も特にこの句にのみ用ゐたるが如く、決して普通に用ゐたるにあらず。それを蕪村が常に用ゐたるが如く思ひて、蕪村がこの語を用ゐたりなどいふ口実を設けこれを濫用すること蕪村は定めて迷惑に思ふなるべし、……」と述べている。「ぼうたん」と四音に引き延ばし、これに「や」をつければ格好がつくから、安易に用いてしまうということもあるようだ。とにかく「ぼうたん」などと間延びした詠み方の句にはろくなものがないことは確かである。

 それはともかく、牡丹はいかにも花の王者という感じで、満開の牡丹は一枝でも十分見応えがある。まして牡丹園で百花咲き揃えば、見る者を圧倒する力を湛えている。咲き初めの時の含羞ある気品も好ましいが、完全に開ききって堂々たる貫録を見せているところ、やがて崩れるように散り始める頃も、いずれも「牡丹だなあ」という雰囲気を漂わせる。

 こうした牡丹の特徴をしっかりとつかんで名句をものしたのは、やはり蕪村を措いて他には無いであろう。誰でも知っている「牡丹散りてうちかさなりぬ二三片」はもとより、「金屏のかくやくとしてぼたんかな」「閻王の口や牡丹を吐かんとす」という句も、実におおらかで牡丹の豪華絢爛たるさまを十二分に描き出している。

 現代俳句で牡丹の名句とされているものに、高浜虚子の「白牡丹といふといへども紅ほのか」という句がある。確かにこの句は白牡丹の上品なたたずまいをうたい上げた美しい句だと思う。しかし私は何度読み返してみても、この句はそれ以上のものではないように思う。虚子の高弟たちや、その後の日本俳壇の大家たちが、「……といふといへども、という言い回しが何とも言えない」とか「白牡丹の優雅なさまをこれほど的確に表現した句はない」だとか、「虚子の代表的な作品」と称揚しているのに、私のような者がケチをつけるのはまさに蟷螂の斧だが、この句には蕪村のおおらかさが無い。

 「白い牡丹と言うけれど紅がほんのり差していますよ」と言っているだけである。そこに何とも言えない面白さがあって、ああいい句だなとは思うのだが、これを以て牡丹の名句とするには、いささか軽すぎる。それに少々理に勝ち過ぎたところがあるように思うのだが、どうであろうか。牡丹の句はもっとのびのびと大きく詠んだ方が良いのではないか。


  はなやかにしづかなるものは牡丹かな   加藤暁台
  牡丹折りし父の怒りぞなつかしき   吉分大魯
  牡丹百二百三百門一つ   阿波野青畝
  夜の色に沈みゆくなり大牡丹   高野素十
  火の奥に牡丹崩るるさまを見つ   加藤楸邨
  天つ日に身を盛りあげて牡丹咲く   相馬遷子
  白牡丹ほのかな紅も許さざる   吉田静子
  牡丹見てそれからゴリラ見て帰る   鳴戸奈菜
  胎の子に話しかけをり白牡丹   内山えみ
  クレヨンの歩き出したる牡丹園   中川順子

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