冬の間、葉を落した木々が立つ山はひっそりとして、まるで眠っているようである。それが春を迎える頃になると、雪が溶けて、せせらぎが元気な音を立てて流れ下るようになり、木々はゆっくりと芽吹き始める。枝先についた茶色の皮をかぶった芽が徐々にふくらみ、やがてその中からおずおずと黄緑の若葉をのぞかせる。水蒸気が霞となって立ち昇り、山全体がぼおっとかすむようである。遠くの里から眺めると、この季節の山はあたかも笑っているように見える。
滝沢馬琴は「俳諧歳時記栞草」に春の季語として「山笑」を掲げ、宋時代の呂祖謙が編んだ「臥遊録」という書物からの詩を引用して説明している。それを再録するのが手っ取り早い。『春山、淡冶にして笑ふがごとし。夏山は、蒼翠にして滴るがごとし。秋山は、明浄にして粧ふがごとし。冬山は、惨淡として眠るがごとし』というのである。
季節ごとの山の様子をこれほど的確に表現した詩は無いように思われる。この詩の原作者は宋時代の禅宗の画僧郭煕という人だそうだが、このしばらく後、室町時代の1460年代に明に渡った雪舟は現地で宋時代の画を研究して、独特の画風を確立したと言われているから、この「山笑ふ」「山眠る」の気韻を体得したのかも知れない。
江戸時代にはこの詩でうたわれた四季の山の形容が俳人仲間にかなり知れ渡っていたらしく、季語として採用されている。春の「山笑ふ」、秋の「山粧ふ」、冬の「山眠る」である。不思議なことに夏の「山滴る」だけは採用されていない。「滴り」という、山際の崖や岩の割れ目からぽたぽたと垂れる雫を言う夏の季語があり、これとまぎらわしいからであろうか。しかし、夏の里山の緑滴る様子も十分に季語となる資格があるように思える。
「春山淡冶にして笑ふがごとし」の淡冶という言葉は、そこいらへんにある漢和辞典を引いても出ていない。どうもあまり一般的な熟語ではないようだが、淡く頼りないような感じの中に何とも言えない艶冶な風情をたたえているといった意味であろう。いかにも春の萌え出づる山を言うのにふさわしい形容である。
辛夷が咲き、桜が花開く、そして山全体が淡い黄緑色に萌え立つ、さあ春が来たという生気あふれる躍動感と共に、そこはかとない艶っぽさも感じられる。あまり高い山ではない、里人に普段から親しまれている近在の山々の春のたたずまいである。
筆とりてむかへば山の笑ひけり 大島蓼太
福来たる門や野山の笑ひ顔 小林一茶
故郷やどちらを見ても山笑ふ 正岡子規
山笑ひ大きな月をあげにけり 内藤双柿庵
一山の笑ひはじめの水の音 児玉南草
加賀の山能登の山見て笑ひけり 細川加賀
太陽を必ず画く子山笑ふ 高田風人子
山笑ふ木には戻れぬこけしかな 小林松風
生き死には人の世のこと山笑ふ 半田陽生
みちのくの山笑ひをり昼の酒 青柳志解樹