山吹(やまぶき)

 日本原産のバラ科の植物で、渓流沿いや山野の落葉樹林の中などに自生する。春もやや深まった頃、若々しい緑の茎葉に鮮やかな黄色の五弁花を咲かせる。もともとは晩春の花だが、温暖化の影響であろうか最近は花期が早まり、暖かい庭園などに植えられたものは3月中から花をつける。

 八重咲きのものもあり、これは八重山吹と言われ、結実しない。大田道灌が狩の帰り、雨に降られて農家に駆け込んで蓑を所望したところ、そこの娘が山吹の花を一枝差し出した。『七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞかなしき』。この話で山吹は一層有名になった。八重山吹の特に黄色が鮮やかなものを「濃山吹(こやまぶき)」と言う。

 桜や桃と違ってそれほど華やかではないが、春たけなわの風情を醸し出す花として、万葉集の時代から日本人に親しまれてきた。『やまぶきの立ちよそひたる山清水酌みに行かめど道の知らなく』(高市皇子)。

 丈は1メートルくらいだが、濃緑の茎が何本も群がり立ち、茂った緑の葉の中に咲く黄色の花はとても目立つ。鄙に稀な美人に出会った気分である。面影草という別名があるのも首肯ける。山野に咲いていても、庭に植えられていても、主役にはならないが、独特の存在感を漂わせる名バイプレーヤーの味わいがある植物である。花が白いシロヤマブキというのもあるが、これは花びらが四弁である。

 山吹の緑色の茎の中には真っ白な綿のような芯がある。それを一旦抜いて空洞にして、そこに小さくちぎった芯を弾として込め、細い木の枝を差し込んで勢いよく押すと、ぽんという音とともに弾が飛び出す。山吹鉄砲と言って、昔は子供がこれでよく遊んだ。鉄砲の方は別に細い篠竹で作って、これに山吹の芯を弾として込めるやり方もあった。どちらにせよ、今ではこんな遊びを知っている大人も子供もほとんどいなくなった。

  ほろほろと山吹散るか滝の音   松尾芭蕉
  山吹のほどけかかるや水の幅   加賀千代女
  山吹や井手を流るる鉋屑     与謝蕪村
    (井手は山城国=京都府南部にある歌枕。山吹の名所)
  山吹や釣瓶に雨の水たまり     夏目成美
  山吹にぶらりと牛のふぐりかな   小林一茶
  山仕事山吹がくれして居りぬ   高浜虚子
  山吹の中に傾く万座径   前田普羅
  山吹やひとへ瞼の木曾女   橋本鶏二
  濃山吹俄に天のくらき時   川端茅舎
  不安の夜山吹は目をあけつづけ   田川飛旅子

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