生物分類学上ではスズメ目ヒタキ科ウグイス亜科に属す小鳥となっている。大きさは雀と同じくらいで、背中はオリーブ色がかった褐色、いわゆる鴬色で、腹側は白い。日本から朝鮮半島、中国東南部、フィリピンに分布している。
外洋を飛んで遠くまで行く渡り鳥ではないが、夏は山地で過ごし、冬は平地に下りて来るという狭い範囲の渡りをする。こういうのを漂鳥という。
秋も深まると人里近くのやぶなどにやって来て巣くい、「チャッ、チャッ」と笹鳴きし、春先になると雄がホーホケキョと鳴いて雌を呼ぶ。「ケキョ、ケキョ、ケキョ・・」と長く続けて鳴くのを「谷渡り」と言う。そうした鳴声があまりにも可愛らしいので、万葉時代から日本人に愛され、盛んに歌に詠まれた。
「梅に鴬ホーホケキョ」という文句は子供まで知っている。梅に鴬は付き物とされ花札の絵柄にもなっている。梅が咲く頃盛んに鳴き始めるから「春告鳥」「花見鳥」とも呼ばれ、待ちかねた春を真っ先に知らせる鳥として喜ばれた。また「法、法華経」と鳴くというので「経読み鳥」とも言う。
悪い大人たちの軽口には「鴬鳴かせたこともある」というのもある。「盛んに花を咲かせてた時分には鴬が次々に寄って来て啼いたもんだ、それがさあ、今じゃあんな婆さんになっちゃって」、というわけである。
江戸後期の文化爛熟期には「鴬呑み」というゲームもあったらしい。二人が向い合って座り、それぞれの前に湯呑を五つ、梅の花の形に並べて酒をなみなみと注ぎ、合図と共に次々に飲み干し、早く呑み終えた方が勝ちという、実に単純で馬鹿馬鹿しいものだが、茶碗を梅花に見立てて鴬呑みというネーミングは洒落ている。
「鴬餅」は餡を入れた餅を鴬の形に作り青黄な粉をまぶした春の餅菓子、「鴬豆」はアオエンドウを甘く煮たもの。「鴬張り」は知恩院で有名だが、歩くと鴬のような鳴声を立てるように張った廊下、「鴬糠」は鴬の糞を集めた洗顔料。という具合に鴬を冠した言葉は枚挙にいとまがない。
とにかくこんな風に鴬は大人から子供まで、日本人をことごとく魅了して来た小鳥である。室町時代になると鴬の飼育が盛んになり、鳴声の良いのを育てては、声比べする「鴬合わせ」という競技が始まった。江戸時代になるとますます流行し、大名から旗本、富裕な町人の間で鴬合わせが盛んに行われた。飼育鑑賞用の鳥籠には、漆に金銀象眼、螺鈿をちりばめた豪華なものまで現れた。
明治時代に根岸に住んでいた正岡子規には「雀より鴬多き根岸哉」という句がある。上野の山からこのあたり一帯は江戸時代からの鴬の名所で、早春その初音を聞きに大勢の人たちが集まった。子規の頃もまだ盛んに鳴いていたに違いない。
鴬谷という地名は、東叡山寛永寺(東京国立博物館がその本坊跡)の門跡を楽しませようと京都から鴬をたくさん持って来て放し、繁殖させたというところから出たと言われている。安永五年(一七七六年)に出版された江戸名所案内「四時遊観録」に「鴬谷の鴬」が挙げられており、「谷中三崎の大通、法住寺の向ふ、寺院七ヶ所ある谷也。東叡御門主様より京都の鴬を放しおかる。関東は諸鳥の囀り訛りあれども、当所の鴬はなまらずといへり。根岸、入谷の辺すべて初音早し」とある。京都弁の鴬だから素晴らしいという無茶苦茶な論法が面白い。
それはさておき、人里に平気で近寄って来て営巣する鴬は、都会地の乱開発の影響を手ひどく蒙った。住むべき薮がどんどん失われて、今では鴬谷や根岸、谷中では鴬の声などほとんど聞けなくなってしまった。私の住んでいる横浜市神奈川区も昭和の終わり頃までは住宅地で鶯がしきりに鳴いていた。ところが地価が上がって相続税が払えなくなった二代目、三代目が宅地を手放す。すると一軒しか建っていなかった所にマンションが建ち、あるいは四軒も五軒ものマッチ箱住宅が並ぶ。当然、崖は切り崩され、樹木は切り払われ、藪は消滅した。鶯どころか、エアコン屋外機の無粋なうなり声が響き、近寄って来るのは烏ばかりである。
鴬の句は江戸時代以来、無数に詠まれている。特に蕪村は梅とともに鴬が大好きだったらしく、鴬の句がたくさんある。「うぐひすの麁相がましき初音哉」「鴬の枝ふみはづすはつねかな」というまだ下手糞な鳴声の若い鴬から、「春もやゝあなうぐひすよむかし声」と老鴬まで、克明に鴬を観察している。「鴬の啼やあちらむきこちら向」「うぐひすの啼くやちいさき口明いて」という句もある。鴬は普通は薮の中に潜み、鳴声は聞こえるが姿を見せることは滅多にないのだが、蕪村邸の鴬は平気で人前に出てきたようだ。人と小鳥が話を交わせるよき時代があったのだ。
鴬や下駄の歯につく小田の土 野沢 凡兆
鴬に手もと休めむながしもと 河合 智月
うぐいすのはまり過ぎたる山家哉 立花 北枝
鴬のあちこちとするや小家がち 与謝 蕪村
鴬やとのより先へ朝御飯 小林 一茶
鴬や前山いよゝ雨の中 水原秋櫻子
いくさやみぬやぶ鴬も啼きいでよ 吉川 英治
鴬や明けはなれたる海の色 中川 宋淵
うぐひすの次の声待つ吉祥天 加藤知世子
尾根を行く夫鴬のまねしつつ 一ノ木文子