躑躅(つつじ)

 ツツジ科に属する低木花木で、全世界に50属約1500種もある。ツツジ、シャクナゲの群、アセビの群、コケモモの群、エリカの群などに大別されている。しかし、一般にツツジとして観賞されているのは、ツツジ属の中のヤマツツジの類である。これにもまたキリシマツツジ、ミヤマキリシマ、サツキ、コメツツジなど何種類もある。ヤマツツジが改良されて園芸品種として固定されたものには、クルメツツジ、オオムラサキ、リュウキュウツツジ、セキデラなど500種類もある。

 ヤマツツジは真っ赤で、北海道南部から九州まで、日本全国の山に自生する。多くは低木だが中には五メートルもの高さになるものもある。中部地方の高原に群生するレンゲツツジはやや桃色がかった赤い花で、これが5、6月に一斉に開花すると、いよいよ山にも春がやって来た感じがする。群馬県の県花になっている。

 ミヤマキリシマは九州の高山、霧島山、阿蘇山、雲仙岳などに自生し、5、6月にやはり赤色のツツジを一斉に咲かせる。水原秋櫻子は雲仙岳で咲き誇るミヤマキリシマを『躑躅わけ親仔の馬が牧に来る』と詠んでいる。雲仙岳中腹の牧場に明るい日差を浴びて満開のミヤマキリシマの群落を押し分けるようにして馬の母子が現れたという、いかにも晩春初夏の伸びやかな雰囲気が感じられる。ただし、ミヤマキリシマやレンゲツツジは山の花だけに開花期が遅くて5、6月になり、俳句では夏の季語になっている。

 これらの自生種が江戸時代以降改良されて、さまざまな園芸品種が生れた。ミヤマキリシマからはキリシマツツジやクルメツツジができた。花の色も赤や紅、白、絞りなどいろいろあり、二重咲き、八重咲きもある。各地のツツジの名所とされている寺や庭園では、このキリシマあるいはクルメツツジが主役である。リュウキュウツツジからは、漏斗型の直径六、七センチもの大輪で紫色の花を咲かせるオオムラサキが生れた。これは花が美しくて立派なだけでなく、公害に強いので、都会の公園や庭園、道路の脇などに盛んに植えられるようになり、今ではツツジと言えばこの花を思い浮かべる人も多い。これらの園芸品種のツツジは四月に開花するので、晩春の季語になっている。

 さらに近ごろは西洋ツツジともオランダツツジとも呼ばれるアザレアが人気になっている。元々は雲南省原産のシャクナゲに近いツツジだが、オランダで品種改良され、赤、白、ピンクなど鮮やかな八重咲きで、いかにも西洋人好みの派手なツツジである。しかも鉢植えに向くように改良され、室内観賞に適しているところから、マンション住まいが多くなった昨今では、都会の花屋では日本産ツツジよりももてはやされる。

 また、ヤマツツジの一種であるサツキ(皐月)は江戸時代に大流行し盆栽用に改良され、色とりどりの花を咲かせるようになったものだが、その名の通り、開花期が五、六月なので、夏の季語とされている。

 ところでツツジをなぜ「躑躅」という難しい漢字で書くのかが分からない。大昔に日本に伝わった字なのだろうが、「躑(てき)」とは短い距離をつつっと進むという意味らしく、「躅(ちょく)」とは立ち止まる意味だそうである。そして「躑躅(てきちょく)」という熟語は「つまずく、じっと立ち止まる、ためらう」といった意味の言葉らしい。それがどうしてツツジを意味するようになったのか、どうもはっきりしない。現代中国語ではツツジは「杜鵑花」「映山紅」と言うようである。

 とにかく大昔から日本の山野に咲いていたツツジは、桜の終った後、山吹や藤と並んで晩春を彩る印象的な花木とされてきた。そのため万葉集、古今集の時代から数多く詠まれている。若緑の中に鮮やかな緋紅色の花を咲かせるから、とても目立つ。そこから「躑躅花(つつじはな)」は「匂う」の枕詞にもなった。ちなみに古代の「匂う」は、現代の嗅覚による匂いとは別に、色が美しく映えること、華やかに美しいこと、気品のあることを言う言葉であった。また、岩を割るようにして躑躅の木が生え、美しい花を咲かせることから、耐え忍ぶ恋心を詠む題材としても取り上げられ、「岩躑躅」は「言はぬ、言はで、言はねば」などの枕詞にもなった。

 こうした和歌の伝統を受けて、躑躅は俳諧にも盛んに詠まれ、現代俳句にもつながっている。

  さしのぞく窓につつじの日あしかな   内藤丈草
  つゝじ咲て石移したるうれしさよ   与謝蕪村
  死ぬものは死にゆく躑躅燃えてをり   臼田亜浪
  真向ひて恵那山は観るべしつつじ原   松本たかし
  仔の牛の躑躅がくれに垂乳追ふ   石橋辰之助
  毛野はいま遠霞みつつ山つつじ   野澤節子
  真っ白き船の浮める躑躅かな   中村汀女
  白つつじこころのいたむことばかり   安住敦
  遠き過去霧島躑躅火がつきて   篠田悌二郎
  牛放つ蓮華つつじの火の海へ   青柳志解樹

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