春愁(しゅんしゅう)

 春の物憂い気分を言う。梅が咲き、菜の花が咲き、やがて桜が咲く。鴬が鳴き、雲雀が囀る。冬の寒さから解放されて、丸まっていた背筋も伸びるようだ。春はこのように華やかで人の心を明るくするものではあるが、時としてふと何とも言いようの無い物憂い感じにとらわれることがある。春のもの思いであり、哀愁である。

 春愁は初春から晩春まで通して用いられる季語だが、まだ寒さの残っている二月よりは三月、四月の春たけなわの頃に感じる愁いであろう。

 春は天気が変わりやすく、気温の変化もかなり激しい。急に初夏の気温になったり、ぐんと冷え込んだりする。これが体調を狂わせて、物憂い気分を誘発するのかも知れない。また春は年度末と新年度、新学期の始まりで、身の回りがなんとなく落着かない。これまたいろいろなもの思いの種になることもあろう。

 春に「春愁」があるように、秋には「秋思」という季語がある。どちらも「もの思い」という点で共通している。春も秋も気象状態が不安定な季節であり、自然界の変化も急激である。こういう環境の下では誰しも知らずしらず考え事をしたりするようになるらしい。そんなところから春愁、秋思という季語が定着していったのではないか。

 もちろん、同じもの思いでも両者の趣にははっきりした違いがある。秋思の方は、木の葉が色づき、やがて散り、風も寒さを増して、いよいよ厳しい冬を迎えるという寂寥感が根底にある。対するに春愁は万物萌え出づる華やかさの裏にひそむある種の暗さ、倦怠感を伴った「もの思い」である。

 春愁は比較的新しい季語である。季語研究の第一人者山本健吉によると、大正十四年八月発行の『新校俳諧歳時記』(今井柏浦著)に出てから広まったという。もしかしたらもっと前に春愁を詠んだ句があるかも知れないが、それほど遠く遡る言葉ではないようである。

 これは単なる憶測に過ぎないが、「シュンシュウ」という響きからして明治期の詩の革新となった新体詩の雰囲気をまとっており、新体詩に触発されて俳句に取入れられた言葉のような気がする。一世風靡した島崎藤村の『若菜集』が世に出たのが明治三十年で、これが大きな反響を呼んで大正ロマンへとつながってゆく。こうした雰囲気が定型詩である俳句にもいろいろな影響をもたらし、大正から昭和初期にかけて新しい季語がたくさん生れた。「春愁」もそういう流れのなかで生れたものではなかろうか。

 春愁は第二次大戦後に定着した新季語の秋思と共に、現代俳句ではとても人気のある季語である。「シュンシュウ」という音読みではなく「春うれひ」と柔らかく大和言葉風に用いられるようにもなり、さらに発展して「春恨」「春怨」「春かなし」という傍題も生れた。さらには秋思と対応して「春思」とも詠まれるようになった。

 もの思いにふけるということは、半面恵まれた世の中に生きているということでもある。戦乱の巷ではもの思いにふける余裕などはとても生れない。こういう季語が好まれる今という時代は、いろいろ不満もあるけれど、まあまあ可とすべき時代なのであろうか。

  春愁や冷えたる足を打ち重ね   高浜虚子
  縁とは絆とは春の愁かな   富安風生
  玉川をみにゆくことも春うれひ   久保田万太郎
  春愁の笑みをつくりし鏡かな   吉田すばる
  春愁の昨日死にたく今日生きたく   加藤三七子
  春愁のしづかなる瞳とあひにけり   轡田進
  春愁の渡れば長き葛西橋   結城昌治
  ナフキンで口拭き春愁の図星さす   丸山佳子
  春愁や心通はぬ子の寡黙   佐野とし子
  春愁や金の眼の深海魚   山下かず子

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