朝寝坊ほど気持の良いものはない。「旨い酒を人肌の燗で二合ほど飲み陶然となった時と朝寝坊と、どっちが気持が良いか」と問われると、これは答えるのが難しい。
どちらも無上の心地良さだが、微酔の方は精神が高揚して、何事にも肯定的に、積極的に取り組もうとするような、空を舞うような心地良さがある。これに対して朝寝の方は、消極的な、何もしないことに身を置く心地良さとでも言えばいいだろうか。自堕落の楽しさと言ってもいい。
このあたりの感触が男と女とでは異なるようだ。女性には決まり切ったことを決められた通りに処理しなければ気が済まないといったところがあるように思われる。朝だって何時に起きると決めたら起きるのだ。ことに古女房という別種の生き物に進化してしまった存在からみれば、亭主の朝寝坊などはとても信じられない行為と映る。
5ところが歳時記を繰っていると、女性の詠んだ春眠の句になかなか良いのがある。俳句の情趣を解する女性は春の朝寝坊の心地良さが分かっているらしい。さらに最近では若い女性に朝寝坊が増えているという。男に伍して、というより若い男をあごで使うようなキャリアウーマンも珍しくなく、結婚して子どもを産んで子育てしながら仕事をする女性も多くなった。たまの休日の朝寝坊の心地良さを知った女性が急増するのも自然である。
とにかく朝寝坊は季節にかかわらず気持の良いものだが、唐時代の詩人孟浩然の「春暁」という詩によって、春の物と確定してしまった。
春暁 孟浩然
春眠不覚暁 春の眠りは夜明もままよ
處處聞啼鳥 あちらこちらに鳥の声
夜来風雨聲 そう言やゆうべは雨風の音
花落知多少 花はどれほど散ったやら
孟浩然という人はどうもこの詩の通りの人生を送ったようである。西暦六八九年、現在の湖北省襄樊市に生まれた。大唐帝国が隆盛を極め、則天武后が帝位に就く前年である。
この頃の日本は飛鳥時代。天武天皇が亡くなった(六八六年)あと、皇后が持統天皇となり、飛鳥浄御原令を発令、太政大臣以下の官制を定めたり、中国暦を正式採用したりして、律令国家の体制づくりに邁進していた。宮廷歌人柿本人麻呂が活躍していた頃でもあった。
若いころの孟浩然は受験勉強が嫌いだったのだろう、いくらやっても科挙に及第せず、諸国を放浪した挙句、故郷の鹿門山という所に籠ってしまった。もしかしたら孟青年は、現代社会に多い、朝起きられない体質の人間だったのかも知れない。
それでも四十歳になって一念発起、また長安(西安)に出て科挙の試験を受けたがまたまた失敗。親交を結んだ名士の家を転々とするような暮らしを送った。その時、有名な詩人であり文官でもある王維や張九齢と仲良くなった。
その後、中書令(宰相)にまでなっていた張九齢が讒言によって湖北省江陵の知事に左遷された時に、土地っ子の孟浩然は部下の一人に加えられ、ようやく定職についた。しかし、やはり官の水が合わなかったのだろう、辞めて郷里に帰ってしまい、心ゆくまで春眠をむさぼった。
この隠棲中に、昔の文人仲間の王昌齢の訪問を受けた。昌齢という人も名うての酔っ払いで、江寧(南京)の知事までやりながら、素行修まらずということで何度も追放されたりしている。浩然先生はこの時、病気療養中だったのに、旧友がはるばるやって来てくれたというので、酒盛りを開き、大いに酔っぱらったらしい。これが病気を悪化させて、死んでしまった。五十一歳だった。
「春暁」の詩は明代に編まれた「唐詩選」に採られ、中国はもちろん、江戸時代の日本の文人にもこよなく愛誦されるようになった。しかし、江戸時代の俳人は有名な漢詩の文言を取り入れて盛んに句を作っているのに、どういうわけか春眠も春暁もほとんど句に取り入れられず、これが季語として確立したのは大正時代に入ってからのようである。「春眠」が俗っぽく崩されて「朝寝」という季語が生まれ、春眠とともに盛んに詠まれるようになったのはさらにその後、昭和に入ってからになる。
俳句というのは、人情の機微を平俗な言葉を用いて表現しながら、俗に堕ちず、芸術的な感興を醸し出すところに特質がある。このような独特の短詩表現を補強するための中心部材が季語である。だから季語は森羅万象、古今東西あらゆる事物の中から、季節を代表し、詩語としての含蓄を備えたものが選ばれている。時代を重ねるにつれて季語はどんどん増えて、「こんなものまで」と首を傾げるような、さして含蓄の感じられないものまでが季語に取り立てられたりしている。
そのような中で、この「春眠」「朝寝」は今や歳時記の中に確固たる居場所を占めている。重要な季語、あるいは良い季語というのは、それを用いて作った句にどれほど佳句があるかで決まると言えるのではないか。その点から言うと、各種の歳時記に載っている春眠や朝寝の例句にはなかなかのものが多い。古今の俳人は「春眠」と言い、「朝寝」と言い、春の駘蕩たる気分を十分楽しんでいるような句を作っている。
春眠は朝寝だけに限らず、昼寝も電車の中のうたた寝にも使われ、「春睡」とも詠まれている。春は一日中眠いのである。
金の輪の春の眠りにはひりけり 高浜 虚子
春眠をむさぼりて悔なかりけり 久保田万太郎
春眠のわが身をくぐる浪の音 山口 誓子
春眠の覚めつゝありて雨の音 星野 立子
春眠の身の閂を皆外し 上野 泰
春眠の大き国よりかへりきし 森 澄雄
覚めてよりなほ春眠の羽根枕 向笠千鶴子
春眠の奈落といふは明るくて 長山 あや
春眠に大和魂なき電車 安田 直子
「朝寝」
朝寝せり孟浩然を始祖として 水原秋櫻子
カーテンの透けて紅来る朝寝かな 山口 青邨
朝寝して犬に鳴かるる幾たびも 臼田 亜浪
子の親のつとめをへにし朝寝かな 麻田 椎花
朝寝して吾には吾のはかりごと 星野 立子
点滴の枷を解かれし朝寝かな 松村 英子