広辞苑によると、(1)鳥がしきりに鳴くこと。特に繁殖期の雄鳥の鳴き声(2)やかましいおしゃべり。また、地方の人や外国人などの聞き分けにくい言葉(3)舞楽で舞人が漢文の詞句を朗詠すること(4)鯨の舌、などとある。大昔は「さひづり」と言い、「からさひづり(韓語)」などと分からない外国語などを指したらしい。どうやら広辞苑の二番目の解釈が元になって、鳥の鳴き交わす声に転用されたもののようである。そう言えば、ひどい訛りやわけのわからない外国語を「鳥語(ちょうご)」と言うから、昔から鳥とガイジンは仲間扱いにされて来たようである。
「囀り」に対して「地鳴き」がある。前者は主として繁殖期の雄が縄張り宣言と同時に雌を呼ぶために鳴く独特の鳴き方であり、後者は普段の仲間同士の呼び交わしや警戒のために出す単純な鳴き方である。鴬を例にとれば、ホーホケキョが「囀り」で、薮のなかを枝移りしながらキョッキョッなどというのが「地鳴き」である。
鴬、頬白、雲雀などが囀りの名人で、春になると一斉に歌合戦を始める。私の家は横浜市内の住宅街にあるが、地形が階段状なのでそこかしこに崖があり、潅木や笹竹が茂る小さな薮になっている。そんなせせこましい薮にも鴬が住みついていて、毎年美しい声を聞かせてくれたのだが、平成十年頃、ついに途絶えた。その数年前から、ご近所のお年寄が次々に亡くなり、そうした家は相続の問題から敷地を分割したり、売却を余儀なくされたりするようになった。それまでの一戸建てが壊され、その後に小さな住宅が四、五軒も庇を接するように作られたり、マンションがでんと居座るようになった。当然、鴬の薮は跡形も無くなり、のっぺらぼうのコンクリート擁壁に変った。付近の人口密度は急激に高まり、辻々に出されるゴミの量が増加し、それを目当ての烏とハトが無闇に増えた。鴬はそれでも数年間、次の避難先を捜しては健気に生き続けていたのだが、ついに見切りをつけてしまった。
小鳥の囀りを聞くと、いかにも春が来たという実感がわき、のどかで明るい気分になる。俳句ももちろんこの気分を素直に詠んだものが多い。また、いろいろな鳥が春の野山で一斉に囀る様子を「百千鳥(ももちどり)」と言い、これもほぼ同じ意味合いの季語である。
囀の高まり終り静まりぬ 高浜虚子
紺青の乗鞍の上に囀れり 前田普羅
囀や二羽ゐるらしき枝移り 水原秋櫻子
囀やピアノの上の薄埃 島村元
囀やあはれなるほど喉ふくれ 原石鼎
雨晴れぬさへづりの枝まだぬれて 及川貞
囀りを聴く切株の自由席 本宮鼎三
留守電に川の流れと百千鳥 永田陽子