春の訪れを感じさせる花である。早春に濃い緑色の松葉のような葉が出て、その中心に4、5センチの小さな六弁花をつける。黄色、紫が多いが、白や斑入りもある。公園の花壇に群植されて一斉に咲いたところは、いかにも春が来た感じがする。また庭の片隅に二輪、三輪顔をのぞかせたところも可憐である。
アルプス地方や地中海沿岸が原産のアヤメ科の球根植物で、秋に咲くサフランと同じ仲間である。サフランの方は薬用、染料になるので珍重され、江戸時代に長崎経由で入って来たが、花を見るだけのクロッカスは明治になってからヨーロッパからもたらされた。従って日本ではサフランの方が有名だったから、クロッカスは戦前は「花サフラン」とも呼ばれていた。
とても丈夫な植物で、球根を一度植え付ければ毎年春先に花を咲かせてくれる。三年に一度くらい、茎が枯れる秋に掘り上げると子供の球根が増えているので、分球して植えると増える。ガラス鉢やぐい呑みに入れて腰のあたりまで水が来るようにして窓辺に置いておくだけでも花が咲く。
ただし、丈夫な植物ではあるが日光が足りないと花付きが極端に悪くなる。こんなところもいかにも光を待ちわびる春の花らしい。
クロッカスが俳句に登場するのはもちろん新しく、昭和に入ってからである。それも往々にしてサフランと混同されることもあった。例えば、『サフランや雪解雫の音戸樋に 星野立子』というのは、あきらかにクロッカスの花である。それはさておき、クロッカスが句に詠まれる場合には、春を告げる花、可憐さ、寒さにもめげずに咲く健気さ、清楚な感じといったところに焦点を合わせているようである。
日が射してもうクロッカス咲く時分 高野素十
クロッカス天円くして微風みつ 柴田白葉女
クロッカスときめきに似し脈数ふ 石田波郷
髭に似ておどけ細葉のクロッカス 上村占魚
クロッカス咲かせ山住みの老夫婦 見学玄
クロッカス光を貯めて咲けりけり 草間時彦
忘れゐし地より湧く花クロッカス 手島靖一
クロッカス苑に咲き満つ朝の弥撒 羽田岳水
朝礼の列はみ出す子クロッカス 指澤紀子
膝に乗せ遊ぶ子が慾しクロッカス 安藤三保子