木の芽和(きのめあへ)

 山椒の若芽を細かく切って擂り鉢で味噌にすり込み、砂糖、みりん、酒などで味を調え、タケノコやイカ、タコを和えたものが「木の芽和」。この山椒味噌を豆腐に塗り付けて火にあぶったものが「木の芽田楽」である。また少しゆるく溶いた山椒味噌をヤマメ、イワナ、ニジマスなどにかけたものを魚の田楽、すなわち「魚田」と言う。いずれもかなり昔からあった調理法で、室町時代には御膳の一品として定着したようだが、江戸時代中期頃からさらに大流行して、今日でも春の味覚を伝える代表的な料理の一つになっている。

 山椒は山葵と並んで日本古来の香辛料であり、万葉の時代から「はじかみ」と呼ばれて香辛料、薬用として用いられてきた。欧米でも山椒の実の干したものの粉末を「ジャパニーズ・ペパー」と呼んでいる。日本では山椒の木は山野に自生しており、庭に植えておけばよく茂るのだが、どういうわけか外国ではなかなか育たないようである。従って「ジャパニーズ・ペパー」と言っても、胡椒のように一般に普及しているわけではなく、よほどの好事家でない限り通じない。

 山椒はミカン科の木なのでアゲハ蝶がよく卵を産みつける。木の芽が出て来ると間もなく卵から孵った緑色の幼虫が、葉をすべて舐め尽くし丸坊主にしてしまう。

 関東から関西あたりまでは三月頃に芽を吹き、四月から五月にかけて葉の付け根に粉のように細かい黄色い花を咲かせる。これを花山椒と言い、佃煮のように煮るととても美味しい。しかし花山椒は少ししか採れないから、大方は若葉を佃煮にしたものが売られている。結実したものが実山椒で、これも熟し切っていない青いものを塩漬けにしたり、煮たりしたものが料理の付け合わせとして珍重される。すっかり熟した実は粉山椒になり、鰻の蒲焼や焼鳥には欠かせない。また、若い枝の樹皮を剥いでアク抜きして醤油で煮染めると絶好の茶漬けの友になる。これは「辛皮」と言って鞍馬の名物にもなっている。最後に大きく育った山椒の丈夫な幹は上等なスリコギになる。このように最初から最後まで利用し尽される木もめずらしい。

 薬用としては、健胃、発汗、下痢止めなどの作用のほかに駆虫効果もあるという。そのため寄生虫が心配される生魚の刺身、酢の物などに山椒の葉が添えられた。

 さて木の芽和え。やはり筍と烏賊を和えたものが最高であろう。山椒の若芽を刻んで擂鉢に入れ、白味噌2に赤味噌1くらいの合わせ味噌を入れてよく擂り混ぜる。これに砂糖と酒、みりんを少々加えて擂りのばす。一方、新筍を糠を加えた水から茹でて、柔らかくなったら水に取って糠を洗い流し、賽の目に切る。烏賊も肉厚の紋甲烏賊など甲烏賊がいいのだが、皮をむいた烏賊をさっと湯がいてやはり賽の目に切る。これを作っておいた山椒味噌で和えて、赤絵の小鉢にでも天盛りにして木の芽を一枚飾れば出来上がり。上等の淡麗辛口に良く合う。これを肴に朧月でも眺めながら一杯やっていると、いかにも春を独り占めしたような気分になる。


  木の芽和に雨意ひえびえと到りけり    嶋田 青峰
  雨雲のからむを摘みて木の芽和      山口 青邨
  旧友は故山に似たり木の芽和       石塚 友二
  木の芽和へ女楽しむ事多き        及川  貞
  ぐい呑みを小鉢代りの木の芽和      草間 時彦
  アパートがつひの棲家か木の芽和     鈴木真砂女
  木の芽和この頃朝の食すゝむ       上村 占魚
  鞍馬への雨やはらかし木の芽和      鈴木 道子
  木の芽和真底老いしとは思はず      今枝 茘枝
  木の芽和女人高野は谿へだて       近本 雪枝

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