風光る(かぜひかる)

 冬の弱々しい日光が春になると力を増し、ものみな輝いて見えるようになる。そこに吹く風はまだいくぶん冷たさを残してはいるものの柔らかな感じで、草木の芽吹きを促し、きらきらと輝かしい。草木ばかりではない、人も物もすべてがまばゆい。そのような春の日に吹く風の様子を、俳人は「風光る」という季語に言い止めた。

 春に吹く風を表す季語としては「春風」と「東風(こち)」が代表的である。春風は「春風駘蕩」の言葉もあるように、あくまでもおだやかでうららかな気分を表す季語であり、東風は春の到来を告げる風という側面が強調される季語である。これに対して「風光る」は、万物生動する季節に吹く風の特質を示す言葉と言えば良いだろうか。この意味では、夏の季語である「南風」に対する「風薫る」という組合せと似ている。

 立春を過ぎて二月後半から三月になると、西高東低の冬型の気圧配置が弱まり、台湾近海や東シナ海にできた低気圧が日本列島を北上し、これに向かって東風、南風が吹き込むようになる。うらうらとした春風の場合もあるし、時には「春一番」という強風を見舞うこともある。

 低気圧が通り過ぎて移動性高気圧におおわれると、それこそ春眠暁を覚えずの麗かな日和となる。またこの南風は湿った空気を運んで来るから、しとしとと春雨を降らせることにもなる。こうして寒い日、暖かい日を交互にしながら、本格的な春になる。この間を吹く風は、それまで縮こまっていた動物、植物、そして人間に生気を吹き込む。まさに「輝く風」である。

 「風光る」が季語として立てられたのは江戸時代も末になってからのことで、実際にたくさん詠まれるようになったのは明治以降である。風が「光る」という、ことばの響きが新鮮な感じであり、近ごろとみに人気が高まっている季語でもある。「光る風」「光風」「風かがやく」「風眩し」などとも詠まれる。

  風光る杉山かひに村一つ   芥川龍之介
  風光る入江のぽんぽん蒸気かな   内田百間
  風光る閃めきのふと鋭どけれ   池内友次郎
  生れて十日生命が赤し風がまぶし   中村草田男
  野の鳩の塔掠めしよ風光る   五十崎朗
  海女潜る間も一湾の風ひかる   針呆介
  風光るエアロビクスの大鏡   宮脇良子
  一点を揺れるヨットや風光る   鈴木智子
  なつかしきくねくね道や風光る   市野沢弘子
  風光るやや大きめの園服に   賀谷祐一

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