蛙の目借時

(かわずのめかりどき)

 晩春の眠気を催す季節を言う、俳句独特の言葉である。眠くなるのは蛙が人間の目を借りに来るからなのだという。曲亭馬琴編『俳諧歳時記栞草』には、「夫木和歌抄」(鎌倉後期の類題和歌集、1310年頃成立)巻五の藤原光俊朝臣の歌として「つとめすとねもせで夜をあかす身にめかる蛙の心なきこそ」を載せている。鎌倉時代に既に歌に詠まれていたことからすると、「蛙の目借時」という言葉はずいぶん古くからあったようである。

 さらに、栞草には「此のめかる蛙とは、目を借ると云心也。夜短く、眠を催すを、蛙の人の目を借よしにいへる俗の諺也」とある。しかし、その「俗の諺」つまり民間伝承なるものも、何故この時期に蛙が人間の目を必要とするのかはっきり説明していないから、意味がよく判らない。蛙がしきりに鳴き交わす晩春は昼も夜も何となく物憂い気分になり、眠気を感じる。「目がいくつあっても足りないくらい眠い」という気分を、蛙を引き合いにして云ったものなのであろう。

 「醒睡笑」(せいすいしょう)という小話を沢山載せた本がある。江戸初期の京都・誓願寺竹林院の住持で茶人でもあった安楽庵策伝が子供時代から聞き集めた面白い話を書き綴って、京都所司代板倉重宗に献呈した本で、寛永年間(1600年代前半)に刊行され、それ以後の落語、講談などの種本になった本である。その「巻之四」に「蛙の目借時」が出て来る。

 【大名の前にて座頭のひたものねぶるを見給ひ、「何の子細にそれほどねむるぞ」とあれば、「昔より『春は蛙が目をかりる』と申し伝へて候、それはよき目のことに候はんや、われ等のやうなるあしき目をも借り候は、よくよく蛙のよりあひに目のはやる子細御座候や」と申しける】

 「私らのような不自由な目まで借りに来るのですから、今日あたり蛙の寄り合いではさぞかし沢山の目玉が入り用なんでしょうな」と笑いを取ったちう頓知話である。この話からも、晩春の眠たさは蛙の目借りが原因だという俗説が行き渡っていたことが分かる。

 一説には「めかる」は「妻狩る」で、蛙が牝を求めて鳴く様なのだという。これに対して季語研究の先達山本健吉は「もとは『媾離り(めかり)』で、早春蛙が出現して交尾をすませ産卵してから、もう一度土中にもぐったり、木陰や草陰にかくれて、静止状態をつづけ、初夏になるまで出て来ないことである」という説を立てている。なるほど蟇もアカガエルも産卵後一時姿を消し、春眠をむさぼっている。

 「妻狩り」にせよ、あるいは「媾離り」にしても、そう言われれば確かにその方が理屈が通っているように思えるが、そんなのは理に落ちるというもので、ひとつも面白くない。やはり、蛙が人間の目を借りに来るという、突拍子もなく民話的な話の方が俳句にはふさわしい。

 とにかく春風駘蕩たる気分を漂わせる季語であり、このぎすぎすした現代の事物とうまく取り合わせることで、思ってもみなかった効果をもたらす句が生れるかも知れない。

 最近は妙に理屈っぽい句や、難解な独りよがりの句がはびこり、その反作用として型にはまったお行儀の良い句が可しとされる風潮がある。こうした動きは物事が流行のピークに達して、衰退に向かう時期に出て来る現象である。今や俳句人口500万人、いや1000万人などと言われて、ブームになっている。ブームはある種のマンネリ化をもたらす。そうしたマンネリ化を打ち破るために、こういう半ば死語と化した奇妙な季語を再発掘することが、新機軸を打ち出すきっかけにならないとも限らない。

 「カワズノメカリドキ」では、これだけで九音とってしまうので、句作の上で不便であることから、実作では単に「目借時」と五音で用いることが多い。

  怠け教師汽車を目送目借時   中村草田男
  目借時蒟蒻ちぎる爪をたて   石川桂郎
  膝に孫のせて蛙の目借時   清水基吉
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  顔拭いて顔細りけり目借どき   岸田稚魚
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  ちりめんを織る村は今目借時   加藤三七子
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