立春の後、最初に吹く南寄りの強い風。発達した低気圧が日本海を通過する時に、そこを目がけて南風が吹き込む。壱岐対馬あたりの漁師の言葉がもとだと言われている。装備が十分ではない昔の漁船だとひっくり返される危険があり、おおいに恐れられた。だからこそ響きの強い「ハルイチバン」という言葉で、お互いに用心し合っていたのであろう。しかし今日では、もっぱら「これで本格的な春になる」というのどかな気分で使われ、新聞の社会面にコートの裾をおさえて交差点を渡る美人の写真などが載り、全国に通用する言葉になった。
もちろん春一番の吹く日取りは年によって異なるが、おおむね2月末か3月早々である。これが吹くと気温が上昇し、木の芽がふき始め、山では雪が溶け、時には雪崩を起す。その昔は漁船を転覆させたほどだから、春一番はかなり凶暴な風でもある。一般的に俳句では春の強風を「春嵐」という季語で詠むが、中でも強い印象を与える吹き始めの南風として、「春一番」が特に大きな季語として定着した。もちろん季語として定着したのは、この言葉が気象用語になって人口に膾炙するようになった戦後のことである。
春一番の後で、彼岸を過ぎる頃同じような強風が吹くのを「春二番」と言う。この風で桜が咲き始める。さらにそれに続いて春三番、年によっては春四番まで吹くことがあるが、これは最早、季語にはならない。
春一番武蔵野の池波あげて 水原秋櫻子
声散って春一番の雀たち 清水基吉
胸ぐらに母受けとむる春一番 岸田稚魚
春一番珊瑚の海をゆさぶりて 稲荷島人
呼ぶ声も吹き散る島の春一番 中村苑子
春一番競馬新聞空を行く 水原春郎
春二番一番よりも激しかり 牧野寥々
春一番過ぎし凪なり壱岐対馬 龍頭美紀子
呼鈴は空耳なりし春一番 田中湖葉
春一番椿の首を狩りに来る 川崎益太郎