2月4日頃が立春で、この日から「春」ということになる。しかしまだしばらくは寒い日が続く。「春は名のみの」候である。とは言っても、地面には草の芽が萌え出し、梅の花が咲き、どことなく春の感じが漂い始める。ちょうどその頃を言う季語である。
「早春」とほぼ同じ時期で、2月上旬から半ば頃までを表わす。音読みの「早春」がやや固い感じを与えるのに対して、「春浅し」は柔かな響きである。この二つの季語は、句の内容によって使い分けられている。「春めく」という季語もあるが、これは「春浅し」よりほんの少し遅めの、万象春の装いを始めた頃合いである。
「春浅し」の頃はまだ風が冷たく、時には雪が降ったり、氷が張る朝もある。温度計の目盛りからすれば、まだまだ冬の名残と言った方がいいくらいなのだが、気持の上で春が来たということなのである。
「春めく」が春の到来を素直に喜ぶ気持が強いのに対して、「春浅し」の方は、春にはなったものの、ぴりりとした寒さを残している感じである。作例を鑑賞しても、そういう気分を詠んだものが多い。「春めく」が春にやや重心を移した感じで、「春浅し」は軸足をまだ半分冬に置いているようなニュアンスがある、とも言えようか。
つまり、寒が明けて春になり、やれやれという気分はあるけれど、相変わらず身の引き締まる思いも抱かせる。そういうニュアンスが「春浅し」にはある。
しかし、とにかく冬は去った。地面には冷たさをこらえながら下萌えの緑が見え、木々の芽もふくらんでいる。若々しい生命の息吹きが伝わってくる。人の心も自ずからはずんで来る。気温は未だ冬同然だが、気分はかなり前向きになっている。
「浅き春」「浅春」「淡き春」とも用いられている。
病牀の匂袋や浅き春 正岡子規
春浅き水を渡るや鷺一つ 河東碧梧桐
それ以来誰にも逢はず春浅し 鈴木花蓑
春浅し空また月をそだてそめ 久保田万太郎
春浅く火酒したたらす紅茶かな 杉田久女
春浅し相見て癒えし同病者 石田波郷
春浅き峠とのみの停留所 八木林之助
猛獣にまだ春浅き園の樹々 本田あふひ
春浅し日向薬師の藪の道 星野麦丘人
春浅し海女小屋にあるランドセル 河西ふじ子