薮入(やぶいり)、養父(やぶ)入、里下がり、宿入り

 薮入りは惜しまれつつ消えて行く季語の代表と言えるだろう。一月の十六日、奉公人は久しぶりに家に帰ることが出来た。各句には、奉公中の少年少女が親や家族に会えた日の情感が色濃く詠まれている。薮入はもう一度、お盆にあり、俳句では「後の薮入」という季語になっているが、実作例は少ない。

やぶいりや五条あたりの扇折   椎本才麿
(注)扇折は扇に使う用紙を折る人。
破(やぶいり)や見憎い銀を父のため   宝井其角
(注)見憎いは、醜いと同じ。
やぶ入りや親なき里の春の雨   河野李由
養父入に饂飩打とて借着哉   各務支考
やぶ入の寝るやひとりの親の側(そば)   炭太祇
やぶ入や琴かき鳴らす親の前   炭太祇
養父入りの顔けばけばし草の宿   炭太祇
薮入の太りを母へ土産かな   溝口素丸
やぶ入りや罪つくりたる文ひとつ   溝口素丸
やぶ入の夢や小豆の煮えるうち   与謝蕪村
やぶ入りや浪花(なにわ)を出でて長柄川   与謝蕪村
(注)俳詩「春風馬堤曲」の最初の句。摂津・長柄川毛馬堤の春を描いている。
やぶ入のまたいで過ぎぬ凧の糸   与謝蕪村
やぶ入りの二日になりし夕日かな   大伴大江丸
やぶ入りの二人になつて来たりけり   高桑闌更
養父入や行灯(あんどん)の下の物語   黒柳召波
薮入の枕うれしき姉妹(あねいもと)   黒柳召波
養父入りや獅子の口より見初めけり   加藤暁台
(訳)獅子舞の若者が、薮入りの娘を獅子の口から見初めてしまった。
やぶ入りや桃の小道の雨にあふ   加舎白雄
薮入やついたち安き中二日   高井几董
やぶ入や命の恩の医師の門   高井几董
やぶ入りや去年(こぞ)の厄(えやみ)の物語   高井几董
養父入りの我に遅しや親の足   高井几董
やぶ入りの宵から替る日和かな   宮紫暁
薮入やついでに古き墓参り   松岡青蘿
やぶ入の撫でて通るや古榎   成田蒼虬
薮入に言はれて拝む持仏かな   成田蒼虬
薮入りのあと連(つれ)待つや小原道   田川鳳朗
薮入や連(つれ)に別れて櫛仕舞ふ   小林一茶
薮入や三組一処に成田道   小林一茶
薮入や犬も見送るかすむ迄   小林一茶
やぶ入りやきのふ過ぎたる山神楽   小林一茶
薮入の登つてみるや裏の山   塩坪鶯笠
薮入やははその森のあけ近く   内藤鳴雪
(注)ははそ(柞)はクヌギ、コナラなどの総称。母にかけて詠まれる。
薮入の悲し子一人母一人   内藤鳴雪
薮入や二尺ばかりの露地に入る   角田竹冷
薮入にまじりて市を歩きけり   村上鬼城
薮入や思ひは同じ姉妹   正岡子規
薮入の二人落ちあふ渡し哉   正岡子規
薮入や浪華の春は旧に似て   安藤橡面坊
母と寝て母を夢みる薮入かな   松瀬青々
薮入や覚えの膳に塩肴   松瀬青々
薮入の母に小銭を貰ひ得つ   佐藤紅緑
薮入の里なつかしき木の間哉   島田五空
薮入の田舎の月の明るさよ   高浜虚子
薮入や母なる人と芝居見に   大谷繞石
薮入や京もの語りしたり顔   大谷繞石
薮入の名残りを雪の鎖(とざ)しけり   大谷句仏
薮入や一と梭(ひ)入れし母の機(はた)   永田青嵐
薮入の里なつかしき木の間哉   島田五空
薮入や母の病の長とまり   岡本松浜
薮入や山にかかりて雪一里   青木月斗
薮入の帰れば母の灯しけり   篠原温亭
薮入の流行(はやり)目にさす薬哉   石井露月
薮入や山にかかりて雪一里   青木月斗
薮入の袖に野山の匂ひかな   塚本虚明
薮入の落合語る渡船かな   長野蘇南
薮入や家興さんと誓ひける   横山蜃楼
薮入に餅花古りて懸りけり   前田普羅

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