新年、年立つ、年明くる、年改まる、年来る、年迎ふ、年始め、春立つ  上記・新年以外の季語の「年」は新年のこと。陰暦では「春立つ」も新年になったことを言うが、陽暦になった後は、立春(二月四日ごろ)の意味に用いられるので、ややこしいいことになった。なお「今朝の春」「今日の春」は、現在では元日の意味に用いられている。かつて新年は、は年の花、年の端、新玉(あらたま)などともいわれた。「あらたまの年」はいまでもテレビ、ラジオなどでよく用いられている。

ふじのねも年はこえける霞哉   飯尾宗祇
霞さへまだらに立つやとらの年   松永貞徳
十二支の枝にひらくやとしの花   松永貞室
立ちやすしこんな事なら百年も   西山宗因
年の来てあまねく至る春日哉   西山宗因
来る年のをも湯につなぐ命哉   安原貞室
立帰る年のはしるし松の色   里村紹巴
春立つや新年古き米五升   松尾芭蕉
春立ちてまだ九日の野山かな   松尾芭蕉
入り船や年立ち帰る和田の原   池西言水
お茶壷や朝日が嵩(かさ)を年始   池西言水
年すでに明けて達磨の尻目かな   服部嵐雪
掛盤(かけばん)に顔見て年の新たなり   小西来山
(注)掛盤は、正月の祝いの場などに使う食事の膳。家族が顔をそろえて新年となる。
里富めり奈良の初年禄寿神   小西来山
立帰る春や此の身の大直し   小西来山
鳥のこゑ雨あら玉の年立ちかへる   上島鬼貫
はつ年や百の赤子の老ひとつ   志太野坡
人先に何によらばや年明けて   志太野坡
(訳)元旦に人は神、仏、初日などに心を寄せる。人に先立ち、何に頼ろうか。
人顔を覗くや年の明けかかり   浪化
としつむや年々に年の美しき   井上士朗
何ごともなくて春たつあしたかな   井上士朗
年立つや雨落ちの石に凹むまで   小林一茶
年立つやもとの愚が又愚にかへる   小林一茶
捥ぎ残る柚子に年立つ旦(あした)かな   山県瓜青
迎へねど年は来にけり七十九   内藤鳴雪
年立(ち)て外山の里に焚く火哉   松瀬青々
故人全集年を迎へてめでたけれ   石井露月
年改まり人改まり行くのみぞ   高浜虚子
先ず女房の顔を見て年改まる   高浜虚子
炬燵に酔ひて目覚めたる初年の昼   大谷句仏
ふるさとのころ柿食(た)うべ年迎ふ   臼田亜浪
花屋いでて満月に年立ちにけり   渡辺水巴
年立つや夫婦の中の膳ひとつ   吉田冬葉
年あけぬネオンサインのなきがらに   篠原鳳作
ひそやかに枯菊に年改る   松本たかし
新年の言(こと)云はず背と旅にゐる   石橋秀野
(注)背は女性が夫や恋人を親しみ深く言う言葉。

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